あなたのせいだ、でもわたしのせいだ

 正門が見える教室がある。そこで音楽端末機で好きな歌を聴きながら、学校から帰る人たちをぼんやり眺めるのが日課となっていた。ある日、その正門から赤がものすごい速さで駆け抜けていくのを目にした。それを目にする直前まであまりにぼんやりとしていたから、あれは幽霊か何かの未確認生命体X的なモノかなと、わりと本気でドキドキしていた。また見ることが出来るかな、とずっとその場で再び赤いモノを待っていたら、それはすぐに未確認生命体Xではないことを確認出来てしまった。それは人であった。それも、ちゃんと地に足着いた、私とは縁のない運動部の、どうやら男の子で。私は、謎の生き物の正体が早々に明るみに出たことにガッカリしつつ、けれども、ぼんやりとした人間が未確認生命体Xと見間違うほどのスピードを出せることに驚いていた。次の日、私はクラスメイトにそのことを話してみた。「ねえねえ、昨日ね、赤い自転車の人がすごく速くてね、私幽霊か何かよくわからないものと見間違えたんだ。」クラスメイトの答えは「またか〜」だった。何が?と返せば、私は注意力散漫らしい。「人間とよくわからないものを見間違えるとか、しっかりしなよ。ほんと、名前はひとりにしておくと心配」私は少しションボリする。私が云いたかったのはそこじゃないのだ。自分の注意力散漫さを語りたかったのではなく、その赤いモノが、とても速かったことを話したかった。注意力散漫だったことは認めるけれど、それにしても、人ではないと間違えてしまうくらい速かったこと。そこを、誰かに、。



「そいつはうちのスピードマンだよ」

 ぱちくり。そんな音が出そうなくらいの瞬きをした苗字は、俺の登場に驚いているように見えた。瞼を閉じて開いたときに星でも弾けるような瞬きをして、彼女は口ごもる。

「すぴ、す、え?」
「驚いたー……手嶋か」
「驚かせて悪かったって!そんでさ、そうスピードマン。浪速のスピードマンって、そいつは自分のこと云ってた」

 苗字の友達による俺の苗字の紹介を訊きとどけてから、再びあいつの自己紹介を思い出して伝える。浪速のスピードマン。そのまんまだ。特に捻りはない。そこがあいつらしいんだけど。
 苗字は再びぱちくりしたあと、俺の目を見る。こいつは目を見る。別にこっちを疑ってるわけではない。ただの癖のようだ。本人は、やっているときは気付いていない。云えばいつも「うわ、ごめん!」と謝って困った顔をするんだから。その彼女が、俺が云ったあいつの通り名(のようなもの)の一部を復唱する。

「スピードマン。」
「そう、スピードマン。」
「そのスピードマンさんが、私が……その、間違えた人、なんだ?」
「そーだぜ〜。……そいつ、知りたい?」
「……?」
「そいつの、名前とか、どんなやつかとか、知りたい?」

 問えば、またぱちくり。俺は、にっこり。なんで手嶋そんな笑ってんの、って、苗字の友達が突っ込んで来るけど今は「えー?別に?」スルーだ。別に悪いことなんて考えてない。俺はコレが楽しいだけだ。この、苗字の、この瞬きと会話が楽しいだけ。後輩ダシにしてて情けないけど、後ろから青八木のテレパシーがちくちく刺さるけど、俺はコレが楽しい。ただ、それだけ。

「手嶋くん」
「ん?」
「……いいや。」
「えっ?」
「赤いスピードマンは、私の中で、赤いスピードマンのままで良い」
「浪速のスピードマン、な」
「あぁごめん……その浪速のスピードマンは、私の中で、憧れの浪速のスピードマンのままで良いです。」
「えっ……あのさ、別にそいつすげえ悪いやつとかじゃな、」
「だぁあああだめだめだめ!しーっ!」



 ガタガタン!とか大きな音をたてて、私は親切にもその赤い……浪速の……赤の……?……スピードマンについて教えてくれようとした手嶋くんの口を勢い良く両の掌を重ねるようにして塞いでいた。私の必死さに引いたのか驚いたのか、手嶋くんは固まったまま動かなくなった。友達は見事に驚いて固まっていた。そういえば今は昼休みで、教室にもまばらだけどクラスメイトがいて、驚いていたり我関せずと寝ていたり、いろんなことをしている人がいて。あれあれあれ、恥ずかしいかもしれない。私も恥ずかしさに固まっていたら、手嶋くんの後ろからヌッソリと青八木くんが来て、手嶋くんの肩をポンとたたく。「……純太、しっかり。」そして何故か少しの笑顔で頷いて、私に向けて親指を立てた。グッ。……何故だろうか、まるでわからないけど、青八木くんは魔法使いのように手嶋くんの動けない呪いを解いた。動けるようになった手嶋くんはわたしの両手をやんわり掴んで口元から離す。

「……悪い」
「や、ちが、こちらこそ、ごめん、いろいろ」
「……調子乗ったわ。訊きたくないことは、云わなくて良いことだもんな」
「……訊きたくない、っていうか……ああでもそうなるのか……。……なんかね、憧れとかそういう類なんだと思うの。昨日見たばかりであれなんだけど。だから、なんていうか、そのままにしたいっていうか。……ごめん。せっかく、教えてくれようとしたのに」
「いや、……ちょっと楽しみ過ぎたわ」
「楽しみ過ぎた……?」
「あぁいや?こっちの話」

 そうして、また手嶋くんがにこにこし出して、私は手を離してくれるのはいつだろうかとその繋ぎ目を眺めていたときだった。教室の、前の扉が風を巻き起こすほどに勢い良く開き、それはそれは鮮烈な、あの日の私の視界と意識をジャックした赤色が、そこに、まさか、立っていた。

「パーマ先輩の教室はここですかー!?いやーもーこの浪速のスピードマンにかかれば先輩の教室への移動も最短距離で行けてまうねんなーほんまワイってば天才やって小野田くん褒めてくれてもええんやでー!カーッカッカッカッ!」
「なななな鳴子くん!ここ先輩の階だし教室だからあんまりおっきな声は……!」



あなたのせいだ、でもわたしのせいだ
(2015.2.16)
このあと手嶋は「まじかー」と云い、青八木くんは頷き、お友達は半目になり、名前さんはタイトルのようなことを、手嶋と浪速のスピードマンに思うのです。
title:深爪
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