匪口さんまた19歳。企画
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まだ暑さの残る9月末、と思っていたら、なんだか今日は冷えていて、透かしたら向こう側がうっすら見えるような薄手のカーディガンしか手近になかった私はちょっとふるえてる。別に逢いたくて逢いたくてなわけでもない、と強がって、実は逢いたい人がいる。実はここしばらく顔を見ていない。実はここしばらくっていうか、先月くらいから、逢ってない。実は、実は、実は。実は、とんと連絡を、とっていないのです。
自転車と徒歩の人がたまに通る、知る人ぞ知る・みたいな、裏道のような陸橋の錆び付いた欄干に腕を重ねて乗せてみる。そうしてそこに顎を置く。猫背で、幸薄そうな顔して、ため息をつく。幸せ逃げるらしいよ、とか思ってもいない事を言ってくれちゃうあの丸眼鏡は隣にいない。薄暮時の少し薄暗い、なんだか胸騒ぎのする視界の中、少し強めの風を感じる。結わえていない髪が、風にさらわれて後ろにたなびく。そのままわたしの鬱々した気分を持ってってくれよ。なんて願っても、なんにも起きやしないのだ。願ったところで、私が動かなきゃ、なんにも起きやしない。そんなことは、知ってるのだ。
少し前から匪口結也の様子がちょっとおかしかった。何処か上の空で、話しかけても何やら生返事。こちらが何かしてしまったかと冷や汗をかいていたけど、そういうわけでもないらしい。彼はこちらが傍を離れなくても、距離を置くことは暫くなかった。それが先月から、ぱったりと連絡が途絶えることとなったのである。電話をしてもメールをしても反応はなく、心の準備をして・いざ!と匪口結也の自宅を訪ねても、留守なのか居留守なのか、動きはなく。……なるほど、これはこれは、顔すら声すら見聞きしたくないと!と開き直って(?)みても、虚しいだけですぐにしぼんだ私は友達に相談したら、こう言われてのだ。
「それは……距離を置きたいんじゃないの?」
「ですよねぇ……」
その時と同じ台詞を、ひとりぼっちの陸橋の上で呟いてしまった。私の灰色の独り言は風に飛ばされて遠く遠くに飛んで行く。その声、匪口結也の元に飛んで行ったりしないだろうか。なんちゃって。なんちゃって!「はあ……。」ため息をつく。欄干に体重をかけたまま、とうとう腕に顔をうずめる。視界は真っ暗、耳には風の音・遠くの電車の音と自転車の車輪の音・人の足音。肌寒い風。ひとりぼっち。全てが私に「諦めろ」と言っているように感じた。そういえば朝から何も食べていなかった。でも空腹感はそんなに感じていない。ご飯が要らないなんて、恋する乙女かよ、と笑いそうになる。そんなに好きだったっけ、匪口結也のこと。テレビで耳にするラブソングの歌詞のようなことを思う。こんなに辛いなら逢わなきゃ良かったのかな、とか。そもそも私ばかり好きだったような気がするのだ。私ばかり逢いに行って、私ばかり引っ付いたりしていたような。彼が幸せであるようにいつも願っていた。もしかしたら今、離れている今、彼は幸せなのではないだろうか?そう考えたら、なんだかこれで良い気がして来た。半分は、哀しいけれど、半分は、それで良いのかもしれないと、思えて来て、とうとう涙が溢れてくる。馬鹿馬鹿しい、何で泣くのだろう。匪口結也は幸せ(かもしれない)なのに!気分がむやみに高まって笑いまで込み上げて来る。涙と笑いでたいへん今の私は不審な人物である。「ふ、ふふふへへ、っく、うふふふ……、っうぇ」泣き笑いをしながら、それでも欄干から顔を上げずに気分を高まらせていた。
「なにやってんの」
風の音に挟まって、ジャリと砂を擦って踏む音と、良く知ってる声を片耳で感知して肩がビクついた。正直今はあまり逢いたくなかった。あれだけ逢いたくて逢いたくてふるえたりなんだりしていたくせに、本当はちょっと逢いたくなかった。だって、今は、心の準備が出来ていなかったのです。苦し紛れの聞こえていないフリを決め込んでみたら「聞こえてんのわかってるから」と逃げ場を潰されてしまった。なんでわかるの。「肩揺れたの見てたから。」あ、そう……。
「……今更、何。匪口結也」
「……何でそんな怒ってんの。あと何でフルネームなの」
「別になんだって良いでしょ。ちょっと待って。今、無になるから」
「なにそれ」
今私が無にならなければ、突然現れた匪口結也にパニックを起こしている私は何をしでかすかわからない。最悪この陸橋からアイキャンフライするかもしれない。それはちょっと色々駄目だから、ちょっと待って欲しい。待って下さい。待て。
「じゃあさ、その無になる間に俺独り言喋ってて良い?良いよね別に」
「…………」
「じゃあ早速」
また砂を擦って踏む音が聞こえて、私が突っ伏してる欄干の隣に、人の気配を感じた。おそらく、匪口結也も私と同じように欄干に寄りかかったのだろう。身体の片側が、寒くなくなってしまった。匪口結也はひとつ深呼吸をすると、別に返事は求めていないような声色で話し出す。
「俺さー、昔警察に捕まったんだよね」
「…………」
「捕まったっていうか、んー、あ、内容は警視庁のウェブサイトをちょっといろいろしただけなんだけど。それで、警察が俺の能力買って、今。なんだけどさ」
「…………」
「まーなんていうか、……その他も、いろいろ……、なんていうのかな」
「……云いたくないことは、云わなくていいんじゃないの」
「云いたくないんじゃなくて!ちょっと!今無になってんじゃないの!?」
匪口結也がこっちを向いて喋ってるのがわかる。何かキャイキャイ云ってるけど、私はそれをスルーして顔を上げる。あまり人に見せられる顔はしてないと思うからしっかりとは上げられないけど、目を瞬かせて、視界を調整して隣を見上げたら、久しぶりの匪口結也を見た。目と目が合う。
「眼鏡今日は上げてないんだね」
「久しぶりの感想がそれかよ」
「他に何があんの」
「……逢いたかった、とか。」
「…………」
「素直になっといた方が可愛いよ?」
ニヤニヤしながら匪口結也が云うものだから、カチンと来てしまった私は抑える間もなく口を開いてしまった。
「このひと月の間、逢わなくてせいせいしたとか、云うと思った?思ってると思った?」
大きくない声だったけど、いかにもチカラがこもっていて、真面目に返してしまったこちらは、だいぶ馬鹿らしい人だった。これは馬鹿にされるかもな、と思って目線をそらすと、匪口結也が息を吸うのがわかった。
「名前」
不意に名前を呼ばれて、目線を戻してしまう。上目で彼を見たら、眼鏡のレンズがすっかり夜の入り口の世界で少ない街灯の光を反射していて、目が合わない。合わないけど、合ってる気がする。今は私は口を開いてはいけない気がする。そうして黙っていたら、彼が口を開くのだ。まるで“良い子”と云われたような気分になった。
「俺さ、誰かを隣に置いたとしても、だからなんだって思ってんだよね。思ってるっていうか、思ってた。思ってたっていうか、実はまだ、思ってる。でもさァ、悪くないなとは思えてきた。偉そうに云うとね。うん。でもさァ、そうすると欲が出て来るんだよね。欲が出て来ると、怖くなる。いつか終わるんだろーな、とか。始まったら終わる。当たり前の話だよね。ゲームと一緒で、当たり前だけどさ、当たり前だけど、生身の話、怖いよね」
そこで匪口結也は間をあけて、再び口を開く。世界はすっかり夜になって、街灯の光を反射していた眼鏡のレンズは、片方だけ光を通した。匪口結也の目と、目が、合う。
「終わりが怖いけど、怖いから、きっと俺はあんたがそうとう好きなんだろうなと、思ったんだよ」
そこで空気を読まない自転車に乗った高校生男子がクシャミをしながら私たちの脇を通ったから、目の前の彼はかっこよく決まらない。ちょっと恥ずかしそうに目線をそらして頬なんぞ赤らめたから、優しい私はちょっとツッコミを入れて差し上げることにした。
「……匪口結也が私を好き?気付くの遅いよ何年かかってんの」
「…………いろいろあんの。俺、いろいろ、あんの」
「いろいろね。どんと来いよ。前から云ってるけど、わた、私匪口結也大好きだから、さ!」
「……あのさぁ!いつもはまるで照れないくせに何で今そこで照れんの!?やめてよ!恥ずかしい!」
「先に照れたのそっちでしょ!?ココ外なんだから人くらい通るわ!そこも加味してかっこつけなさいよ!」
「かっこつけるつもりないから!あーもう!だから!俺あんた隣に置いてこれからもよろしくしたいんだよねって云いたいんだよ!」
「よろしくしたいって卑猥」
「そこだけ抜き取らないでよ!」
ギャンギャン云い合いをしていたら、今度は犬の散歩のおばさんが脇を通って訝しげな表情だったもので、私がすっかり黙り込むと自然と匪口結也も黙り込む。微妙な空気になってこちらがそわそわしていたら、しびれを切らした匪口結也が私の手を取って歩き出して。前につんのめって慌てたら、取られた手をギュッと握り込まれたからまた恥ずかしくなる。匪口結也も恥ずかしいのか、見上げた彼の耳はほんのり赤かった。
実は、私は彼のことを名前で呼んだことがない。恥ずかしいから、が理由だけど、先程いつもいつもこちらを「あんた」とか呼ぶこの丸眼鏡が名前を呼んでくれたから、私も、そろそろ、その時が来ただろうか?なので、このあとココから近い私の家に着いて、玄関を開けて中に入って、ドアを閉めたら。「おかえり、」とともに名前を、呼んでみようと思う。
誓う未来、近いみたい
(2014.9.24)
匪口結也さんってば、また「19歳」。今年も参加出来て嬉しいです。遅くなってしまって申し訳ありませんでした。
今年もおめでとう、匪口結也!
(のちのち書き直しをしたいゴニョゴニョ)