なんとかトライアングル。

 私がこまめに爪を切るのは、傷付けたくないからである。そんなに器用じゃないから、どうにも爪の先は綺麗に弧を描かないけど、指の腹で撫でた時に、引っかかりが無かったり、痛くないようにヤスリをかけるのである。どんなに不格好でも、攻撃性が無ければ、それで良いのだ。
 何故、そんなに気を付けているのかって、それは私の日課に関係がある。ほぼ毎朝、登校したら下駄箱で逢う人がいる。明るい茶色の髪の、隣のクラスの男の子である。彼の肩を軽くたたいて、それに反応した振り向き様に、その人の頬を指でつつく事。それが私の、毎朝の日課なのだ。その人は、振り返ると自然と、私の指によって頬をつつかれ首の動きが止まる。ぐに、と凹んだ頬と、これ以上行けませんと止まった首の動きと一緒に、彼の全身の動きもピタリと止まる。前髪が長いから、目がいつも片方しか見えないし(たまにふわっと両目を拝めたら、その日は良い日に決まってる。)、斜め後ろからの攻撃じゃあ表情は伺えないけど、彼は過去に一度も拒否をしないので、私はそれに甘えてる。いつも成功して、いつも朝からニヤニヤとしてしまうのだ。
 上履きに履き替える為に靴を下駄箱にしまおうとしてる男の子の肩をポンポンと軽いリズムでたたき、音もなく振り返ろうとするところを、人差し指をピンと立てて待ち構える。したら、彼は何の疑いもなく振り返るので、しめたとばかりに待機。ぐに。隣のクラスの青八木くんの頬は、今日も私の人差し指の餌食となった!頬から指を離して対面すると、見える片目と無表情。対して私はニヤニヤニヨニヨ。

「おはよう青八木くん。今日も引っかかったね青八木くん」
「…………」
「頷いたって事は そうだね って事かな青八木くん。ちょっと うん って云ってみて?」
「……うん。」
「おぉ!思ったより声高いよね青八木くん!あ、ごめん、気にしてたりするのかな青八木くん」
「…………」
「首を振ったって事は大丈夫なのかな?良かったー、気にしてたりしたなら朝から悪い事したと思ったよ」
「……純太は、低い。」
「え?あぁ、うん。手嶋は声低いね。むかつくね」
「……?」
「……声が低い人みんなをむかついてるわけじゃないよ、青八木くん」
「おぉ」
「そうだったのか!みたいな表情だね、青八木くん」

 今日も青八木くんは可愛い!と心の中で叫ぶ。この、朝の会話中は大体心の中で青八木くんを猫可愛がりしている。もしかしたら表情に滲み出ているかもしれないけれど、なるべく我慢するのだ。悟られてはいけない。彼に気持ち悪がられたくないのです。顔の筋肉が自然ととろけそうになるのを必死で引き締めていると、後ろから「何やってんだ」と声をかけられる。先程むかつくと云ってしまった低い声に、意識が切り替わる。猫可愛がりの時間は終わりだ……後ろを見やると黒いパーマがかった髪の男が見下ろしていて。

「……出たな、パーマ先輩」
「お前、青八木を青八木青八木呼び過ぎ。青八木がゲシュタルト崩壊するだろ」
「青八木くんはいくら呼んでも私の中ではゲシュタルト崩壊しないもん」
「パーマ先輩云うな。後輩で訊き飽きてんだよ」
「それ地毛なの?」
「……地毛だよ。なんだよ」
「……ふーん。」

 手嶋はつり目がちな目でこちらを見下ろしてハァと溜息をつくと、かったるそうに下駄箱に靴をしまい、上履きをぞんざいに床に落として、履いた。青八木くんを見習えと思う。彼は上履きをぞんざいに床に落としたりしない。だって毎日見てるからわかるもの。

「……何ドヤ顔してるか知らねーけど、お前、俺にそんな態度で良いの?」
「……なんで」
「えー?説明欲しい?……良いのか?今此処で、云って、良いのか?」
「…………」

 手嶋は腕を組みながら下駄箱に寄りかかると、途端ニヤニヤとし出す。「今此処で」のところで青八木くんをチラリと見て、私を見下ろす。その表情が顔面ぶん殴りたくなるくらいにいやらしかったのだけど、流石に此処でおっぴろげにされても非常に困るので奥歯を噛み締めながら首を横に振る。ゆっくり、オイルの切れたブリキのオモチャのように、ギギギと音が出そうな動きだった。私こんなにぎこちない人間だったっけ。盗み見た青八木くんは真顔だったけど手嶋を見つめている。多分、何の事だと云いたいのだと思う。悪いパーマ先輩は満足げに私に笑いかけた。

「だったら身の程弁えて、俺に対する態度を改めな。そうだなぁ、とりあえず今日の昼飯奢れよ」
「!? 態度と昼飯!何の関係もない!楽しんでるだけでしょ!?」
「ほーら青八木が良くわからなくて置いてけぼり食らってんぞ〜。」
「…………純太。」
「……ハイハイ。なんだよー、俺だけ悪モンかよー」

 私が内心小さくパニックになっていると、青八木くんが手嶋の名前を呼んだ。すると手嶋は、彼とアイコンタクトを取ると呆れたような・微笑んだような表情をして寄りかかっていた下駄箱から身体を離す。そのまま教室の方向へと歩き出してしまう。自然と追いかけるかたちで私も歩き出すと、青八木くんも続いて歩き出す。しばらくすると、後ろから小さな声がした。

「昼飯は、奢らなくて良い」

 歩きながら小さく振り返ると、青八木くんがこちらを見下ろしている。

「……え」
「純太は本気じゃない。」
「あー……うん、有難う」
「…………」
「あお、あおやぎくんあの教室が、」
「おい青八木、通り過ぎてるって」
「あ」

 私のクラスのドアに入るか入らないかで、青八木くんは立ち止まった。先にも述べた通り、青八木くんと私はクラスが違う、隣だ。手嶋が自分のクラスに入ったのを素通りして、私と話していたらこちらのクラスまで来てしまったのだ。手嶋に声をかけられて、それで気付きました・という顔をして声を零した彼にトキメキとともに、自分のクラスを通り過ぎてまで伝えようとしてくれた事に感動しつつも、そこまで意識して誤解を解こうとしてる事に、このパーマ先輩様がとても羨ましかったりする。このパーマ先輩様が!
 青八木くんの肩にポンと手を置いて「行くぞ」と呟くパーマ先輩様を見上げて、私は今、心に誓う。

「手嶋純太、私、負けんからな!」
「……おい、なんか勘違いしてねぇ?」
「青八木くん、またね!」
「……うん」
「無視かよ!」

 青八木くんに笑いかけてから手嶋に対して表情を消して見つめる攻撃を与えて、私は自分の席へと歩を進めた。今に見てろよ、手嶋!と心の中で叫びながら!



「…………」
「そんな目で見て来ても、俺、何もねーから!いやいやいや、ねぇって!何もねぇってば青八木!!」



なんとかトライアングル。
(2014.4.15)
青八木くん可愛い可愛いヒロインと、毎朝の頬ツンを楽しみにしてる青八木くんと、「パーマ先輩」別に訊き飽きてないけど、ヒロインにはなんとなく云われたくない手嶋。恋なのかなんなのか。
弱ペダではチーム2人が好きです。あと鳴子くん。
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