答えの見えない自問自答。

※公式学パロとは設定が異なります。
※年齢操作→高校生のつもりですが固定はしていません。



 教室でミカサとアルミンと昼飯を食ってる時に聞こえて来た話が耳に入って脳で理解した瞬間に、箸を折りそうになった。

「水泳部の写真は高く売れるよなぁ」
「この間良いポイント見つけたんだよ。今日はそこにしようぜ」
「良い被写体がいると俺達も助かるよな」

 目が声のした方を向いて膝が机の脚にぶち当たりながらもそっちに向かった頃には、もうミカサがその声のやつらの横に立って「それはどういう事?」と声をかけていた。最近思うがミカサは忍者かなんかなんじゃないか。椅子を引く音とか、音という音一切立ってなかったぞ。アルミンが声を出さないままそっちに行くなと俺の肩を掴む。行かねぇよ、ミカサが冷気放ってる。寒い。
 俺とミカサがブチ切れそうになってる理由は、水泳部が関わってそうという事にある。しかもなんか、よくわからねぇが、完全に悪巧みしてそうな声で、卑しい笑い声だった。本能が、“あいつ”絶対なんかに巻き込まれてる、何とかしないと、と叫んでる。意識をさっきの悪巧みしてそうな声の方に向けると、そいつらの机に箸が直立して立っている。机に、箸が、刺さっていた。それを俺越しに見たアルミンが小さく「……さながら、花瓶にいけられた百合の花だ」と呟いた。



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 学年が違うだけでこうも廊下は歩きにくい。何故か緊張する。別に何をされてるわけではないが、上履きのラインの色が違う人ばかりがいる空間では何もしていなくても浮いてる気がして、お前は場違いだと云われている気がするのだ。けれどもそんな事云ってる場合じゃない。先程机に箸を立たされたふたりはそのままミカサに任せ、俺とアルミンはある人物に逢いに先輩学年の廊下を走っていた。

「エ、エレン!やっぱり、教室、戻ろうよ!まだ確証も、無いのに、伝えるのは、良くない、よ……!」
「じゃあアルミンは戻れよ!俺は行く!」
「だっ、だから、伝える事自体が、まずいんだって……!エレン脚速ッ……!」
「階段段飛ばしで走っただけで息切らしててどうすんだよ。もう着いたぞ!」

 目的の教室に着いて間髪いれずに扉をスライドさせると、一気に視線を集める事になった。後ろではぜぇはぁとアルミンの息切れ声が聞こえる。一瞬視線の束と静寂にうろたえたがそれは今は流す。俺の目的は“あいつ”だけだから。開け放った扉に手を添えたまま教室内を見渡すと、ひとり女子生徒が近付いて来る。それは俺達の目的の人物だったから、教室内を探し回る手間が省けた事になった。その女子生徒が完全にこっちに来て何か云う前に、俺はそいつの手首を掴んだ。

「えっ、エレンどうしたの急に来て早々、え?」
「ちょっと一緒に来てくれよ。話があるんだ」
「げほげほ、エレ、エレン待ってやっぱりぅわ名前!!」
「あ、アルミンこんにちは。御免ねエレンで見えなかったよ」

 俺の後ろを覗き込んでアルミンの姿を確認すると表情を明るくしたこいつ・名前は近所に住む年上の幼馴染、この学校では先輩である。どうにもアルミンがお気に入りらしく、俺には見せない柔らかい表情を見せている気がする、いつも。いつも。別に良いんだけど、なんとなく、むかむかする。別に良いんだけど。思わず名前の手首を掴んでいる手に力を込めたら、アルミンににこにこ笑いかけていた顔を俺に向ける。

「そういえばどうしたの?用事?何処か行くんだっけ」
「あぁ、ちょっと来てくれ。此処じゃ話しにくい」
「んん、わかった。友達に一言云ってくるね」

 そう云って俺の手が解放されると思ったらしい名前は振り返って元いた席に戻ろうとした、のだけど。俺は手を離さなかった。少し驚いたのか表情を無くして再びこっちを向いた彼女は自分の掴まれた手首を見た後、俺を見上げる。そうして少し見つめあった後、息を吸って、元いた席に向かって振り返って「ちょっと行ってくるね」その場から友達らしい人に声をかけていた。俺はそれを訊きながら、何で手を離さなかったのだろうと考えていた。自分の手じゃないみたいだ。ますます力は込められて、掴まれた手首の本人はカーディガンの上からとはいえ痛くないのかと表情をうかがったけど、再び目があった瞬間に微笑まれた。その余裕みたいなものにまた、むかむかする。むかむかの理由を探っていると、背中をポンと軽く押されて、振り返る。アルミンが少し焦った顔をしていた。

「エレン、行こう。伝えるんでしょ?」
「……あぁ、うん。悪いアルミン」
「……もう此処まで来たんだ。やらなきゃ意味がないよ。目的は果たさないと」

 此処に来た目的を忘れかけていた事に気が付いて、アルミンに諭された事にも気が付いた。何だか恥ずかしくなっていると、前から胸を押される。後ろにいるアルミンを巻き込みながら廊下の三分の一まで後退すると今まで居た教室の扉が閉まった。後ろ手で扉を閉めた名前が笑う。

「私が後輩の男の子ふたりもはべらしてるみたいで恥ずかしくなってきちゃったよ。此処じゃ話しにくいんだよね?屋上行く?あーでも、今お昼食べてる人いるかな。……あ、良い場所ある。そっちに行こう?」

 その“良い場所”を、アルミンは予測出来ていたみたいで、難しい顔をしていた。



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 塩素の匂いはわりと好きかもしれない。屋内プールは空気を循環させているらしく、思ったより気持ちの良い空間だった。体育ではプール締めされているから、今この屋内プールは水泳部のみが使用している状態だ。だから、この場に訪れるやつなんか、水泳部とその顧問くらいだろう。だから多分、俺とアルミンがプールサイドにいるなんて少し浮いてる。名前は飛び込み台の『2』に座った。そうして俺を見上げる。アルミンはキョロキョロとあたりを見回している。

「それで、何用かね。エレンくん、アルミンくん。あ、声ちょっと反響するね。更衣室行く?」
「声抑えたら問題ないだろ。それに更衣室って……やだよ女子の更衣室行くなんて」
「男子更衣室にする?」
「エレン、此処で問題ないよ。早くした方が良いと思うし……」

 アルミンが逸れてきた話の軸を元に戻す。俺は腕を組んでへらへらしている名前を見下ろした。なおも口元は笑ったままのその表情がどうなるのか、変化を見てみたいような怖いような、妙な感覚が意識に巡ったけど、口からは真っ直ぐに先程教室で聞こえた会話を話していた。

「お前が部活中の写真撮られてそれ売られてるかもしれない」
「……え?」
「あ、待って名前。補足すると、水泳部が部活動中の光景をカメラで撮られて、写真に価値を付けて売り買いされてる可能性がある。カメラは携帯電話なのか、 デジタルカメラなのか、カメラの種類はわからないけど“写真”だと云ってた。それから、撮影場所の事だと思うんだけど、良いポイントを見つけたと云っていた。もしかしたら外の植え込みとか、身を隠せる場所があやしいかもしれない。でもこれら全てはまだ確証がないんだ。今ミカサが、その写真を撮ってた男子に話を訊いて……る、と思う」
「えぇ!ミカサに男子任せちゃったの?ミカサ女の子なのに」
「ミカサが云ったんだ、というか、ミカサがまず動いたというか……」

 俺の言葉は言葉足らずだったようだ。即座にアルミンが補足に入った事で、実感する。同時に、虚しい。少し視線を落として考えていると、「うーん、そっかぁ」と軽い声が聞こえてくる。「そっかぁ」だと?

「……お前、嫌じゃ、ないのかよ」
「? 良い気分ではないよ」
「……だったら、でもなんか……」
「ここでさぁ、私が泣いて悔しがっても、何にもならないじゃない。それに、問題は私だけじゃない。水泳部全体でしょ?まずは、そのお写真撮られちゃったっていう事が明らかになったら、お灸を据えようと思うよ。ミカサが相手じゃ、明らかになるのは時間の問題だけどねぇ」
「……え、お灸?据える?」

 アルミンが不思議そうにそう云うと、名前はニヤリと笑って云った。

「顧問に報告の前に水泳部部員男女による制裁を加えるんだよ」
「……だ、男女って、写真撮られたのは女だけだろ」
「ちっちっち!甘いねエレンくん!世の中は男の子の写真だって欲しい人いるのだよ」
「……兎に角、以上の事を伝えたかったんだ。何か、訊きたい事あるかい?と云っても僕たちも答えられる事少ないと思うけど……」
「ううん、今のところ大丈夫。ふたりとも、有難うね」

 そう云って笑った名前の顔は、明るいものだった。これから先の事を、なんとなく楽しむような表情だ。なんで?なんでそんな表情?と思っていたのが顔に出ていたのだろう。名前が俺の顔を見て、飛び込み台から立ち上がる。そして、ふらりとこっちに近寄ったと思ったら、俺の左胸・心臓の上あたりに掌をポンと乗せた。ジンワリ、という音が合うように、彼女の掌のあたたかさが制服の上から伝わるような気がした。空調が効いてるからといって水場の近くはなんとなく冷える。余計にこいつの掌の熱を感じ取った気がして、急に恥ずかしくなる。なんだ、これ。わけがわからないまま戸惑っていたら、胸にあった手で頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。随分乱暴だったけど、嫌な気はしなくて。「有難うね」もう一度云われた礼は、自分自身にだけの言葉は、何とも嬉しかった。だけども。

「アルミンも、有難う。」

 アルミンの目の前に立った彼女は、俺の時と同じ様に心臓の上あたりに掌の乗せて、それから俺の時とは違う行動をした。手の隣、アルミンの胸に額を寄せた。アルミンは少し驚いた表情をしたけど、すぐに平静を取り戻すと、彼女を見下ろして微笑む。ほんの一瞬の出来事の中で見たものに、俺は、動揺する。でも何故、今自分が動揺して、そして「嫌だ」と思ったのか、どうにもよくわからない。身体の横でぶらんと垂れる腕の先の手に、グッと力を込めていた。



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 名前が屋内プールから去って男ふたりが残されて、アルミンが「僕らも戻ろうか。昼休み、もう少しで終わるし……」と喋っている途中で俺は口を開いた。

「なぁ、アルミンは……」

 云いかけて、言葉に詰まった。思い出す。さっきの、あの光景。自分の胸に掌と額を当てるあいつを見下ろすアルミンの表情と目。云い表すなら、多分“慈しむ”というやつだった気がする。だけどそれに対して、自分が何を問いたいのかよくわからない。でも訊きたい事がある。でも何をどう訊きたいのか、わからない。云いかけて、半開きの口から何も出て来ない俺を見て、何か感じ取ったのか、アルミンはこっちに向き直ると眉尻を下げた。

「エレン、僕が名前に写真の事を云う事を止めていたのは、僕自身が、確証がないまま名前に知らせたくなかっただけなんだ。今のままじゃ対応をどうするか話しにくかったから。でも、結果的に名前は前向きだったから、これは結果オーライだと思うよ。さっきのは、僕のワガママ。だから、エレンは、あまり気にしないで」

 アルミンは、名前の教室に向かうまでの会話について俺が気にしているように見えたのか、そう云って眉尻を下げたまま笑った。

「いや、そうじゃなくて……」
「……え、違った?……じゃあ、ええと、……」
「……俺も良くわかんねぇんだけど……」
「…………」

 右手で頭を抱えると、アルミンは落ち着いた声で呟いた。それで、さっきの、こいつのあいつに対する表情や目の意味を、なんとなく、理解する事になる。本当に、なんとなくだけど。

「……エレンと僕は、多分同じ。ほとんど、同じだよ。だから、問題は、これからだ」

 とりあえず、ちょっと寒いから、教室に戻ろうか。



答えの見えない自問自答。
(2014.3.12)
恋じゃない少しの贔屓をしてしまう人と、それをわかっていて嬉しいけど少しの悔しさを感じている人と、本能的に贔屓されたい人。
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