「感化する赤い声」企画
※やや流血表現があります。赤羽カルマは、他人より喧嘩っ早いと云われているが、そもそもむやみやたらに喧嘩を売っていたわけではなく、さらに女に手をあげたことはない。そもそも女の場合、彼が何か行動しようとすれば、それが殴りかかろうとするなどの危害を加える素振りでないとしても、勝手に怯えるので手を出す前に解決するのだ。そもそも流石に、自分より力が弱いと見てわかる女に、実力行使をしようとは思ったことはないのだ。そのはず、なのだが。
「来ないでよ、乱暴者」
電気がついてるはずなのに、赤羽の視界は薄暗かった。それは、彼が俯き気味であるからだ。俯き気味なのは、本棚を支えるように両手を付いているからだ。その下には、本校舎で授業を受ける事を許されている女子生徒が、冷たい図書室の床に座り込んでいる。周りには散らばる本・本・本。幾つかは彼女の腕や足に落ちたようだった。本が乗っている事がそれを証明する。赤羽は少し細めた目でそれらを見やる。そして思う。「痛くなかったかな」と。
本人としてはちょっとした傷のつもりでいたら、周りはその“ちょっとした”という考えを許さなかった。短髪の野球少年は「うわカルマ!何それヤバイって!」と顔を青くし、三つ編みに眼鏡の大人しそうな少女は言葉を無くした。艶やかな緑色の髪を垂れた犬耳のようにしている少女は「ほほほ保健委員誰だっけ!?」と慌てて周りを見回し、水色の短いピッグテールの少年は「僕が着いて行くから保健室行こう」と赤羽の身体を教室の出入り口に向けようと、背中に手を添えた。今は美術の時間である。図画工作として、彫刻刀を扱っていたのだ。大抵の事は大体何でもやってのける赤羽は、鼻歌交じりに三角刀で木材を削っては余所見をしていた。そうして手元を狂わせ、滑った三角刀は彼の指に食い込んだ。ザックリと入った刃を、それなりに驚いた彼は見つめる。動きを止めジッと一箇所を見つめる彼に気付いたピッグテールの少年・潮田渚は、彼の顔を見た後その目線の先を見て驚いた。「カルマくん!?」その声に反応した周囲のクラスメイトに見つかり、先程のように保健室に今すぐ行けと背中を押されてしまった。潮田に背中を押されながら赤羽は気だるそうに口を開く。三つ編み眼鏡の少女・奥田愛美に云われ、切った手は心臓より上に挙げている。
「ねぇ、そんな一大事でもないよ。彫刻刀で切っただけじゃん」
「……出血量が凄いからみんな慌ててるんだよ。ほら、殺せんせーがネクタイやら触手やらで止血しようとして皆に止められてる」
廊下に出て少し歩いてから一度振り返ると、E組の教室の扉から黒い服を着た黄色い大きな生き物が出たり入ったりを繰り返していた。「にゅや!? 皆さん何で止めるんです!? 生徒の指から流れ出る血が! は、早く止血しなければ……!」「せんせーがやると大袈裟な事になるから……!」「せんせー戻って!」「この隙をついても暗殺を逃れてやがる……!」騒がしい。
「……ね。カルマくん」
「……渚くんは戻っていーよ。あのタコどうにかしといてよ」
そうして赤羽はひとり、本校舎の保健室へと片手を挙げて歩いて行くのだった。
彼が本校舎に入るのは久しぶりであった。空調の整った廊下をフラフラ歩いて、目的の保健室へは迷わず辿り着く。少し前まではコチラが学び舎だったからだ。空調に関して離れの校舎もどうにかならないかと考えながら保健室の扉をガラッと勢い良く開く。中はとても静かで、廊下より少し涼し気だ。窓が開いていて、外での体育授業の声が小さく聞こえる。どうやらサッカーらしい。
「(どーでもいいけど。)」
口先をとがらせて伏し目がちになりつまらなそうな顔をした赤羽は、保健室に入ると後ろ手で扉を閉める。ガラガラと音を立てて扉をスライドさせ、トン・と締め切ると、ザワッと室内の空気が動くのを感じた。窓から風が入ったようだ。おもむろに目を窓の方に向けると、窓に手を添えて今まさに閉めようとしている人がいる事に気が付いた。赤羽は驚く。室内に人がいる事に気が付かなかったからだ。目を見開いて、彼の瞳孔は小さくなる。風にたなびくカーテンが午後の光を遮ってくれないので、室内が異様に照らされているのだ。赤羽が腕を挙げるのも忘れて窓を閉める人間を凝視していると、その人は逆光の中、カラカラと静かに硝子の窓を閉めていく。スゥと音もなく閉められた窓は、風を外からシャットアウトした。たなびいていたカーテンは大人しくなり、その人間を赤羽の目から隠す。オフホワイトの布の向こうに人がいるのはわかっているので、赤羽はそこを見つめた。あの暗殺教室に身を置いている自分が部屋の中にいた人間に気付かないなんて、ましてや、この自分が。そう思っていると、その人はオフホワイトからスルリと抜け出した。すれば、向こうも赤羽の存在に気付く。その人は、少女だった。この学校で学んでいると見てわかる、制服を見にまとっていた。
お互いがお互いを特に表情もなく見つていると、少女は赤羽の手に目線を下ろした。そうして、眉間にシワを寄せる。そこで赤羽は思い出す。この表情は、良く知っている。これは、。
「床、血、垂れてる」
機嫌悪そうに云った少女は、ふらっと薬品の入っていそうな棚に近付き硝子の扉を開けると、中を漁り出した。彼女の行動を見ていようとしていたところ「血」と云われ、自分が手を切っていた事を思い出す。下ろしていた手の指からは血が滴り、床に点々を作っていた。スイッと挙げた手自体はそこまでだが、切った指全体は血濡れになっていた。はじめの頃に血が流れた場所は乾いて赤黒く変色している。ぼんやり眺めていると、突然その手の先の手首を掴まれ、引っ張られる。驚いた赤羽は手から目を離した。先程の少女が、彼の手首を握り、薬品の並んだテーブル近くへと誘導して行く。彼女が何をしようとしているのか、赤羽は察しがついた。なんとなく口の端が上がる。
「へぇ。あんたが手当てしてくれんの?」
そのわりには手荒だね。そう云うと、少女は赤羽をテーブル近くに足で寄せた丸椅子に座らせ、やはり機嫌悪そうに銀色の丸い入れ物の蓋を開け、ピンセットで真っ白の丸い綿を取り出し、そこで赤羽の指を見て、動きを止めた。ゼンマイ式のロボットの玩具が、ゼンマイを巻いた分の動きを終えてしまったかのように、ピタリと動かなくなった彼女を赤羽は覗き込もうする。すれば、彼女の眉間に寄っていたシワがさらに寄って、彼の透明な赤い目と、彼女の目が合う。
「一回、手を水で流して。それから消毒する。流しはあっち」
そこで赤羽はあるコトに気がつく。この少女が、保健室に入ったばかりのときに自分と、自分の傷を見て眉間にシワを寄せたのは、。
「あんた、ついさっきまで寝てた?」
少女の目がとても眠そうな目をしていた。しきりに瞬きを繰り返している。そして、意識と目がぼんやりとしている。加えて、自分の手首を握る体温があたたかい。
「……だったら、何」
「いや? なに、サボってた? だったら悪かったよ、邪魔して。……あぁそっか。寝てたから、俺があんなに勢い良くドア開けても気付かなかったんだ」
「……ドアの音を訊いたときには起きてた。」
「ふぅん。……ねぇ、なんでサボってんの? 成績に響くんじゃないの?」
「水道でそのダダ漏れの血流して来て。消毒出来ない。流しはあっち」
「……随分威勢が良いね。……俺の事知らないの?」
「貴方、有名人なの?」
「…………」
赤羽は返す言葉が見つからず、不機嫌な顔をした少女を見返すだけとなった。流石に今の「俺の事知らないの?」は、自意識過剰な云い方になっていた気がする。だけど、いや、まぁ。ほんの少し恥ずかしくなって、窓の外を見ようとしたらそこはオフホワイトに遮られていた。
「……もういいや。このまま血も拭き取るから、じっとしてて。」
少女は不機嫌さを少しゆるませて、濃い茶色の小瓶にピンセットでつまんだ真っ白の綿をひたし、それを赤羽の手に滑らせた。消毒液のキツイ匂いが嗅覚を刺激する中、彼女は黙々と少年の手の血を拭き取って行く。そうしてから、血を拭き取った綿は捨て、新しくつまんだ真っ白の綿を再び消毒液にひたし、今度はそれを傷口付近にそっと当てた。その動作はとても優しかった。そして、痛かった。
「ッて!」
「…………」
「……何か云ってよ。」
「なんで」
「何か云ってくれても良いんじゃない? たとえばー……」
「はい出来た。絆創膏はこの少し大きいやつ。自分で貼って。」
「人の話は最後まで訊きなよ」
「そこの貴方が落とした血、ちゃんと拭いてね。乾くと落ちにくいよ」
ふあーぁ。手の甲を口元に寄せて大きなあくびをした彼女はピンセットでつまんでいた赤茶色くなってぐったりと変化した綿をゴミ箱に投げて、ピンセットを使用済み入れにおさめた。後は着々と片付けを進めていく。赤羽はそれを、納得いかないながら絆創膏を指に貼りつつ眺めている。
授業がそろそろ終了する、そう壁にかけてある時計を見て少女が反応した事に気付いた赤羽は、少し慌てたように口を開いた。
「ねぇあんた名前は?」
少女は自分が寝ていたベッドを整えて、スルリと赤羽の前を通り過ぎると彼が落とした血の痕をよけて、ドアに手をかけ云った。
「3ーB」
そのまま振り返らずに、ドアは静かに閉められた。赤羽と、赤羽の血を残したまま。取り残された彼は独り言を呟く。
「それ名前じゃないって」
赤羽はこっそりと、放課後の本校舎へと脚を踏み入れていた。彼は廊下の窓から空を見ながら歩いていた。冬の夕方の空は痛々しい色をしているように思える。爽やかではない。濃厚な濃密な、重い赤色だ。そうしてから段々と紫になり、青になり、夜の黒が近付いていく。その変化の色を全て映している今、不気味にすら思える空を眺める。彼はそんなに、その不気味さが嫌いではなかった。脚を止めないまま強烈な色の流れを硝子越しにしばし見つめた後、前を向いてある場所へと歩を進めた。
着いた場所は、とても静かだった。保健室の時とは打って変わり、静かに・そっとスライド式のドアを開けた赤羽は、特に何も考えてなかった。周りの状況にあわせているつもりもなかったが、彼はどうにも、心が落ち着いていなかった。指先の神経が敏感になっているようで、ドアの指をかける部分の金属の冷たさが異様に伝わってくるように感じる。部屋の中には、沢山の本棚。此処は、図書室であった。
再び静かにドアを閉め、中を見回すと人っ子一人いない。放課後の図書室なのだから、この進学校ならばたくさんの参考書がある図書室で勉強していてもおかしくはないはずなのに、ペンの走る音や本をめくる音すらしない。遠くのグラウンドで部活をいそしむ声や、暖房の乾いた音だけが、耳に入る。無音ではないが、耳の奥が押されてるいるような圧迫感を感じる。静か過ぎるというのも、よろしくない。しかし彼には、目的があった。この図書室には、本当は人っ子一人いないわけではない事を知っていた。図書室の中、歩を進める。林のように一定間隔で並ぶ本棚の中に入って行く。強く射す夕陽が、図書室の中を塗り潰して、目をおかしくしている。視覚の調節が上手く出来ずに、視界が暗い。眩しい。目を細める。すれば、図書室の奥の奥、人がひとり居た。
「保健委員じゃなくて、図書委員だったんだね」
目が慣れて、細める必要のなくなった瞼を上げて真っ直ぐと見つめた先には、赤羽の指を消毒し手当てをしたあの少女が、本を数冊持ち棚を整理していた。声をかけられた彼女は動きを止め、小さく赤羽へと振り返る。だがすぐに前へと顔を戻して、持っていた本を棚へと差し込む作業を再開した。赤羽は無視をされたと思い、再び口を開く。
「……訊いてる? まだ眠い?」
「訊いてる。貴方暇なの? 勉強しに来たならテーブルはあっちだよ。今日、珍しく空いてるから使いたい放題のはず」
「みたいだね。あんた以外誰もいないみたいだし」
「……私に何か用? 本借りに来たなら選んでから呼んで。」
「急いでんの? この後何か用事でもあんの?」
「……ある。あるから急いでる。」
「他に当番の人いないの? 確か当番って複数人じゃなかった? あ、もしかしてすっぽかされた? あーあ、ひーどいねぇ」
周りを見回しながら赤羽が云うと、あからさまに少女の気分が落ち込むのが見て取れた。悲しむというより、苛立っているような。それに彼はニヤリと表情を変える。お互い、表情を隠そうとしなかった。少女が赤羽の発言を再び無視して作業を続けていると、彼が彼女に近付く。それも無視して手を動かしていると、赤羽はあともう一歩というところで足を止めた。
「あんたさ、俺の事知らないんだよね」
「……知らない。貴方校内で有名な人なの?」
「……割と?」
「そう。そんな有名な人が、私に何か用があるの? 図書委員って事までわざわざ調べたの?」
「クラスにあんたの事知ってる奴がいたんだ。頭に双葉生えてる奴なんだけど、わかる?」
「……さぁ。どうだろう」
はぐらかした、気がする。赤羽はそう思って首を傾げた。ずっと落ち着かない心を気にしないようにして、ポケットに手を入れて、続ける。
「この後の用事って重要?」
「……何で貴方にそんな事云わないといけないの」
「ちょっと話してみたいんだよね、あんたと」
「……何を話すの。今話してるでしょう」
「うわ、結構理屈っぽい。磯貝の前でもそうなの?」
彼女の手の動きが止まる。表情も固まる。手に持っていた残り1冊を、少女は本棚へとしまえずに中途半端に差し込んだまま、再びあの昼間の時のように、ゼンマイ式のロボットのごとく全ての動きを止めた。赤羽の方は見ずに、彼女は口をゆっくり開く。
「……磯貝くんが、何」
「へぇ、磯貝の事は“磯貝くん”て呼んでんだ」
「…………貴方が有名な理由、良い意味で有名ではないんでしょうね」
「“良い意味”、って何? それはあんたの中での“良い意味”でしょ。でもそれで良いと思うよ。俺は、俺が正しいから」
何の話?
そう思っているような顔で赤羽に振り返った彼女は驚いた。赤羽が近い距離で彼女の顔を覗き込んでいたからだ。反射的に身を引くと、中途半端に棚に差し込んだ本を手離してしまった。身を引いた自分に面白がっている表情で詰め寄った赤羽に、ギョッとした彼女は本棚へと背中をなかなか強かに打ち付ける。すれば、本棚が揺れた。赤羽は女子生徒がぶつかっただけで本棚が揺れた事に違和感を覚える。すれば、本棚の天辺に、いくつか本がおざなりに置かれており、本棚の脚にはストッパーなど留め具が設置されていなかった。本棚にはビッシリと本が詰め込まれている。頭が重い棚は、一度受けた衝撃を理由にグラリと揺れ、そうして傾いた。彼らの方に。赤羽は咄嗟にポケットから両手を出し倒れてくる棚へと掌を突き出した。棚を支えると支えのない本たちは頭上から降って来る。彼は頭を下ろしてうつむくようにする。そうして見えた先、自分の下には、彼女がいた。驚いて身をすくませた彼女は、身体を縮こませ丸めて図書室の床に尻餅をついていた。
本棚が揺れ傾きそれを支え、バサバサと本が棚や棚の上から滑り落ち、赤羽の肩や頭や背中に降り注いだのは一瞬の出来事だった。本の雨が止んだのを見計らって彼は棚をゆっくり押した。そうして、自分たちに向かって倒れて来た棚を元に戻して、ひとつ息をつく。自分は力仕事は専門外だ。そう思いながら、ふと両手をついたまま自分の下を見やる。すれば、彼女は赤羽を見上げていた。片手をもう片手で包み込んで握り締め、それをまるで暖をとるように口元に寄せている。そして彼を見上げている目には、ありありと恐怖と嫌悪が混ざっていた。この目を、赤羽は良く知っていて。彼は彼女の目がこう云っているように感じた。
「来ないでよ、乱暴者」
電気がついてるはずなのに、赤羽の視界は薄暗かった。それは、彼が俯き気味であるからだ。俯き気味なのは、本棚を支えるように両手を付いているからだ。その下には、本校舎で授業を受ける事を許されている女子生徒が、冷たい図書室の床に座り込んでいる。周りには散らばる本・本・本。幾つかは彼女の手や足に落ちたようだった。本が乗っている事がそれを証明する。赤羽は少し細めた目でそれらを見やる。そして思う。「痛くなかったかな」と。
赤羽は、ずっとざわついて落ち着かなかった心に従って、棚に手を付いたままズルズルとしゃがみ込んだ。そうして少女と同じ目の高さになり、彼女を囲うように腕を置いたまま、目の前の瞳を覗き込む。その中で彼は、何故か楽しそうで。
「怖かった?」
赤羽は、先程思った事とは違う事を口にした。それに彼女は答えず、赤羽から目を逸らす。彼女を囲っていた片手で、彼女の腕や脚に乗っていた本を退かす。腕はジャケットで隠れていて見えない。だからと云うように、赤羽は彼女のハイソックスを足首まで下ろした。驚いた彼女は彼の腕を掴むが、既に足首まで下ろされたハイソックスの下、彼女のふくらはぎの一部は本の角が当たったのか、薄赤くなっていた。これは、痣になるのか。赤羽は、彼女のふくらはぎの薄赤くなっている部分に掌を当てがう。気のせいか、わずかに熱を持っている気がする。
「やめて」
震えを隠すように力のこもった声で少女は云い、掴んでいる赤羽の腕を払おうとする。でも動かない。彼の掌は、彼女のふくらはぎを撫でる。
「ココ、痣になるかもね。どうする? 磯貝に何て云う?」
「何、何云ってるの、なんで磯貝くんに、」
「この後、磯貝に逢って、靴下を脱いだ時これが見つかったら何て云うの? 俺にやられたって云うの?」
赤羽は薄く笑う。少女はその薄い笑顔に背中が冷えていく。痣になるかもしれない薄赤い痕を、撫でていた手の親指が軽く押す。わずかに痛みを感じ、顔をしかめた少女は彼の腕を掴む手に力を込めた。良く見ると、その痕を押した手の指には絆創膏が貼られていて。昼間の事を思い出す。彼女は思う。
「(あの時、保健室にいなければ良かったのかな)」
そう思った途端、彼女は全身を強張らせ、力一杯掴んでいた彼の腕を押し払った。そうして自分を囲っていたもう片方の腕をなぎ払い、走り出そうとしたがそれは叶わなかった。気が付けば図書室の床に潰れていて。自分の足首を握る感触にハッとし、振り返ろうとしたがそれすら出来なくなっていた。肩を背後から押され、腰に乗られる感覚。顔を後ろに向けようとして、目の前の床にバン!と平手が落ちる。黒いカーディガンの袖が、今は忌々しく思えて。彼女が動けなくなると、振り返ろうとして彼の方に向けられた耳に顔を近づけ、赤羽は楽しそうに囁く。
「逃げないでよ」
(2014.2.10)
暗殺教室の赤羽くん企画「感化する赤い声」様に提出。
難産でしたが……楽しかったです。いろいろ、含んだ言い方をしていますが、伝わったら、嬉しいです。
企画参加、ありがとうございました。