「学徒」企画

※公式学パロとは設定が異なります。
※年齢操作→高校生のつもりですが固定はしていません。

 随分短くなった髪を撫で付ける。昨日、髪を切った。バッサリといってみたので、首周りの風通りが良い。最近急激に冷えて来てこれからが寒さ本番だというのにショートカットにしてしまった。理由は無い。ただ、長い髪が急に我慢出来なくなって、邪魔になったのだ。家から学校までの間、髪を切った後その足で買いに行った新しいマフラーを首にぐるんぐるんに巻いていたから凍える事はなかった。厚手で長めのふわふわマフラー。色は紅と赤の真ん中くらい。おろしたてのものを使う日はなんとなく気分が良い。気持ち軽めの足取りで登校すると、やはりというか、クラスメイトの女子は目ざとい。挨拶もそこそこにこの髪の事を訊かれた。「どうしたの?」「何かあったの?」私はこう答えた。「何もない」「邪魔になっただけだよ」コイバナ大好きな子は続けてこう訊く。「恋でもした?」でも髪を切るなら、あっちじゃないかな?この子はそう答えて欲しかったのかもしれないけど、私はこう答えた。

「失恋なんてしてないよ」

 我ながら勘ぐったような云い方をしてしまったかもしれなかった。でもまぁ良いやとその場はそこで無理矢理おさめて、私はすぐに本校舎と特別教室のある校舎を繋ぐ渡り廊下に出る。この学校は、一年生が三階に自分のクラスの教室があり、学年が上がるごとに教室のある階数が下がって行く。だから私が今いる吹きさらしの渡り廊下は三階で、見晴らしが良い。校庭も、校舎が視界に入ってしまうけど半分は見えている。放課後は野球部の活動を見る事が出来るのだ。……そんなに興味ないけど。そんな事は置いといて、朝の空気を勢い良く吸って、吐いた。腕を伸ばして上げて、下げた。マフラーはしたままだ。鞄は教室に置いて来た。財布と携帯電話は制服のジャケットのポケットにある。あったかい飲み物買いに行こうかな。と考えていると、特別教室の校舎側から人が歩いて来るのが視界の端に映った。元々渡り廊下の中腹あたりで欄干の傍に居た私は、さらに一歩前へ踏み出て欄干に近寄る。別に通行の邪魔にはならないけど、なんとなく。そのままジャケットのポケットから財布を取り出して中の小銭を確認しようとした。

「髪切ったのか?」

 真後ろから声がして肩がびくついてしまった。振り返ると真っ黒の学ランで、反射的に顔を上げれば金色の目と目が合う。なんだか、朝なのに夜を感じる。この人の瞳が満月を思い起こさせたのかもしれない。財布を握る手にぎゅうと力を込めた。こいつは、クラスメイトの、。

「イェーガー。おはよう」
「あ、おはよう」

 イェーガーは挨拶するの忘れてた、という顔で私の後に続けて口にした。その間も目はそらされない。こいつは目力が強過ぎる。眉が太めなのも合いまってるのかなんなのか。その目がフイと少し右に動く。私の耳あたり。左手をその視線の先付近に辿らせると、イェーガーがさっき云った言葉を思い出した。

「あ、髪。うん、切った」
「ふーん……」
「ふーん、て」

 自分から訊いてきたくせに、ふーんとはなんだ。イェーガーがこちらの耳あたりをガン見したまま動かないでいると、彼の肩がガッと掴まれる。その勢いに彼がびくつき振り返ると美少女がイェーガーをガン見していた。ガン見し過ぎでしょ、あんたら。

「エレン、早く行かないとHR始まる」
「驚かせんなよ……。まだ時間そんなギリギリでもねーだろ。何急いでんだよ」
「外は冷える。中に入ろう。風邪をひく」
「俺はそんな寒くねーよ。ミカサとアルミンは先行ってれば良いだろ」
「ダメ。エレンは見てないと手洗いうがいをしない。今に風邪をひく。」
「……何の話してんだ?」
「ミカサは、日頃エレンが自己管理を怠ってるから身体を冷やすとすぐ風邪ひくよって云いたいんだと思うよ」

 美少女アッカーマンの後ろから金髪ボブカットも現れた。金髪アルレルトは私と目が合うと「おはよう」と笑う。男に向かって云うのもなんだけど、可愛い笑顔だ。

「おはよう、アルレルト。アッカーマンもおはよ」
「……おはよう」
「ミ、ミカサは別に君に怒ってるわけじゃないからね」
「うん。大丈夫だよ気にしてない」

 アルレルトは少し慌てて弁解する。するとアッカーマンがイェーガーしか見ていなかった目をこちらに向けていた。目が合う。真っ黒の瞳。……吸い込まれそう。

「…………」
「…………」

 沈黙。少しの間見つめ合った後、アッカーマンが先に目をそらしイェーガーの首根っこを掴んで本校舎へと入って行った。イェーガーは抵抗していたけど引きずられて行く形におさまったようだった。……何だったんだ。取り残されたアルレルトと私はふたりが消えて行った先を黙って見つめる。一筋冷たい風が吹いてマフラーも何もしていないアルレルトが身震いした事でその沈黙は破られた。破ったのは、私。

「……アルレルト、追いかけて行って良いんだよ」
「え!あ、うん……」
「…………」
「……髪切ったんだね」
「ん?うん。失恋とかしてないよ」
「失恋?あぁ、女の子は失恋すると髪を切るってやつか」
「うん。さっき教室で恋でもした?って訊かれたから」
「先手打ったって事か。なるほど。」

 私は渡り廊下の錆び気味の欄干に背中から寄りかかって財布の中身の確認を再開する。いち、にぃ、さん、し……足りるな。あったか〜いやつ買おう。そう決めて身体を欄干から離した時、耳に冷たさが触れた。首だけ小さく振り返ると、それは下に降りてマフラーに埋れた首にちょっとだけ触れて離れる。アルレルトが私の髪を撫でたようだった。黙って横目で見つめていると、彼は急にハッとして慌て出す。両手をワイパーみたいに振ったと思ったら、その手をまたハッと見て身体の後ろに隠した。小さい子が、悪い事をしてそれを隠している風景を思い出した。でもアルレルトは私よりも背は大きい。さっきのふたりよりは小さいけど。小さい子というのは年齢的な問題だけど、なんだかその矛盾のようなものにむずがゆさを覚える。その間もアルレルトは少し前屈みになって目線をさまよわせている。本当に悪い事をして、それを隠しているように見えた。その悪い事が、私にはよくわからない。彼は慌てて謝罪する。

「ごめ、御免!勝手に触って!」
「……ううん。大丈夫だけど、私の髪なんか付いてた?え、虫?虫は困る」
「あ……ううん。違うんだ別に、何も付いてないよ。大丈夫」
「あ、そうなの。……あ、そろそろ時間かな。私自販機行ってくる。アルレルトも欲しい?」
「え、何を?」

 財布を閉じてジャケットのポケットが悲鳴をあげるくらい無理矢理詰め込んでから顔をあげると、アルレルトはさっきの格好のまま不思議そうな顔をしていた。アルレルトは可愛い。私はついにこにこしてしまって、そのまま返事をした。

「アルレルトの手冷たかったから、あったか〜い飲み物いるかなって」

 すれば彼は少しぼおっとした後、はにかむように微笑む。そして「じゃあ、あったか〜いミルクティーをお願い」と云った。



 *



 休み時間は何故か必ず髪の事を訊かれる。そんなに人の髪気になりますか、と訊き返したくなって、訊き返さないのだけど。昼休みになって人目を避けるように特別校舎の五階・美術室前に来た。此処・美術室の前から階段を登ると、踊り場から折り返した後、続きの階段が七段ほどで中途半端に終わっていて妙な空間が存在する。たまに先輩方が下から死角だからとサボり場所として使っている為誰も来ないというわけではないから、ホコリだらけという事はない。だいたいこの学校には潔癖性で有名な人がいるから、学校内に汚い場所がほとんど無いのだ。それはさておき、中途半端に終わってる階段の上から数えた方が早いところに腰を下ろす。今日は此処でお昼を食べる事にした。持っていた包みを膝の上に置く。それを開けると、こんにちは、楕円形のお弁当箱。箱が簡単に開かないようにとめている太いゴムに挟まっていた丸みのあるフォークとそのゴムを取り外して、箱の蓋を開ければやや右に寄ってしまった中身たちと対面した。やってしまった。でもまぁ胃におさまればなんて事はない、とさっさと昼食を開始する。行動が食べる事だけになったので耳をすますと、遠くで生徒の日常会話やわいわいと騒ぐ声がする。そこにたまに放送室からの放送がはさまる。いつもの音だ。そんな中黙々とお弁当を食べ進めて行くと、バタバタと走る音が階下から近付いて来る事に気が付いた。それがどんどんと近付き、美術室前を通り過ぎると思われた足音はこちらに迫って来る。内心ビクつきながらその足音の持ち主を待ち構えていると、すぐに黒に近いこげ茶色の頭が見えた。階段を折り返してこっちを見上げてハッとしている人を確認して、私は平静を取り戻す。良く、知った顔だったのだ。思わず握り締めていたお弁当箱から力を抜いて少し小さく息をはく。

「イェーガー何してんの」
「お前こそ何してんだよこんなところで」
「え、昼食」
「あぁ、ぼっち飯か」

 まるで悪気なさそうに云い放った男の顔に幼い雰囲気のフォークを(勿論刃先を相手に向けて)投げたい気持ちをグッとこらえてそいつの行動を目で追うと、何故か隣に座り出しだ。うっかり見つめてしまう。

「……何してるの?」
「は?見てわかんだろ。飯食うんだよ飯」
「……私、今ぼっち飯食べてるの」
「もう俺が来たんだからぼっち飯じゃねーだろ、ふたり飯だろ」
「……ねぇ、たまに周りからマイウェイって云われない?」
「俺の道?云われない」

 お前何云ってんだ?と片眉を上げて本当に不思議そうにしたイェーガーは、片手に持ってたお弁当の包み(巾着)を開けて本当に昼食を開始した。イェーガーのお弁当箱の中にはチーズハンバーグことチーハンが小さなサイズで入っている。チーハンが好きなのは入学時に嫌でも知ったので、納得。食べるスピードが早くて、流石男子、と思ったりして。そこでハッとして私もさっさと食べなければと残り三分の一程度の昼食を再度開始した。
 ふたり飯をしているはずなのに黙々と無言のまま食べ進めていたら、やはりというか、イェーガーの方が先に食べ終わったようだった。お弁当と一緒に持っていた水筒で喉を潤した彼は「ぷは」と何処か満足気だった。心の中で良かったねと思って、自分も残りわずかの昼食をもぐもぐする。またぼっち飯に戻るだろうとイェーガーの動きを見ていたら、彼はお弁当を片付け巾着にしまったところで動きを止めた。そのままこっちを見て、またガン見。そして動かなくなったのだ。私はギョッとして、お米を飲み込むのに大きい音を出してしまう。ごっきゅん。空気も一緒に飲んだみたいに、お腹が膨らむような気持ちになった。

「なんだ今の音」
「うぇ。や、だって……イェーガー、教室戻って良いんだよ?」
「今は戻れねぇよ。ミカサに追われてんだから」
「え、アッカーマンに何かしたの?」
「してねぇよ。でもなんか、お前が髪切った事なんで気付いたのかとか、いつもなら俺は気付かないとか、理由を教えろとか、お前の事どう思ってるのかとか、質問攻めに遭ったから逃げて来た。」
「……お前って、私?」
「此処にいるのは俺とお前だけだろ。他に誰がいるんだよ」

 小さな爆弾発言を訊いた気がした。気がしただけで空耳かもしれない。ていうか、そうじゃなくて、アッカーマンの導火線に火を点けたのでは。うっかり固まっていると、私のお弁当箱の中に残っている一口サイズのオレンジを見つけたイェーガーが「それ要らねーならくれよ」と目標を指差して云いやがった。今それどころじゃないというのにアッカーマンの導火線に火を点けたかもしれないというのに!だけど、それくらいの事なのだ、鈍感と噂のこの人にとって。でもアッカーマンはそうではないはず。少し面倒な事になるかもしれない……でもなんとか真摯に彼女に向き合えばどうにかなる、かも?しれない?そう無理矢理思い直してお弁当箱を彼の方にゆるく差し出したら、イェーガーはお弁当箱を通り越して私の耳を覆うように掌をあてた。イェーガーの掌はあたたかい……いや、熱いようで、覆われてる耳と耳の後ろらへんと掌のふっくらした部分があたっている頬がほかほかする。イェーガーはなんでもないように云う。

「この長さ、お前に似合ってると思う」

 云って、じわじわと眉間にシワを寄せて難しい顔をした彼は「ん……?」と唸ると、耳を覆っていた掌を後頭部の方に回して軽くおさえて上半身をこちらを寄せようとした。瞬間、私はゆるく差し出していたお弁当をイェーガーの胸に突き出した。お弁当箱と私の手が胸にぶつかった事で「いてっ」と反射的に口にした彼はこれまた反射的にそのお弁当箱を受け取ったので、またまた反射的に私は立ち上がって階段を駆け下りる。お弁当箱を包んでいたナフキンとフォークを置き去りにして。お弁当箱をうっかり抱えたイェーガーは「あ!!」と叫んだけど、私は振り返らなかった。走った。走った走った走った走った走った!何処に向かうか決めてなかったから、とりあえず目についた女子トイレに駆け込むといちばん奥の個室に入って鍵をしめる。その体勢のまま、動けなくなった。でも、脳味噌はフル回転。

 何が起こった。今さっき。イェーガー、何をしようとした?難しそうな顔だった。自分の行動がわかっていたのか?わかっていないに違いない。だって、だって、だって。

 ガチャン!と大きな音を立てて個室から出て、手洗い場の上に備え付けてある鏡を見たら、私の顔は真っ赤になっていた。鏡を見ながら掌を頬にあてれば、思った通りほかほかと熱を持っていて。この熱で、先程のイェーガーの掌の熱さを思い出して、私は、凄く唸りたくなった。目を瞑る。落ち着きたかった。だってこれは。



何がほしい?どう生きたい?



 これは、あれだ、それのようだ。
 これから私は、どうすれば?



(2013.12.17)
進撃企画「学徒」様に提出。
冷たい手と熱い手。
title:にやり
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