「学徒」企画

※公式学パロとは設定が異なります。
※エレンくん年齢操作→高校生
※10巻までをほのめかす内容有りです。



「どういうことだよ」
「……なんでもないよ。エレンくん、忘れてくれたまえ」

 近所の幼馴染が突然妙な事を云い出すから、俺は戸惑った。こんなに戸惑ったのは、中学にあがった頃母さんに「もう中学生なんだから名前ちゃんの事は先輩って呼ぶんだよ」と云われたり、先に高校にあがったこいつに『彼氏』というものが出来たらしいと風の噂で訊いたりして以来だった。とか、そんなの過剰表現だ。授業で全然わからないところを答えなければいけなかった時や、顔面にサッカーボールが当たった時も戸惑ったし、中学卒業の時に後輩の女子に第二ボタンを欲しいと云われた時もそれはそれは戸惑った。でもボタンは渡せなかった。貰って欲しい人がいたから。クソ真面目だと誰かに云われたけど、こればかりは譲れなかった。この、いつからか『先輩』という代名詞が付いた名前に貰って欲しかったから。だからあの時渡したのに、こいつは笑ってお礼を云うだけだった。でも俺も悪かったんだろう。云わなかったのだ。云わなければ伝わらない事。大事な言葉。でも云えなかった。恥ずかしくて。兎に角、過剰表現したいくらい戸惑ったという事がわかって貰えれば、俺は満足する。そんな俺が過剰表現したいくらい戸惑ったこの『先輩』が云った言葉はこうだ。

「エレンは巨人になれるの?」

 云われる前に見つめて来るから変に期待して、まぁその期待は裏切られたわけだが。俺は、云うだけ云って数歩前に進んだ相手の後頭部を見つめ返して、どう返事したら良いかわからなかった。帰り道の住宅街は妙に静かで、夕陽が沈みたくないと叫ぶようで目に五月蝿い中、濃いオレンジの世界が少し気味悪い。一度夕陽を睨み付けてから返事に困る事を云いやがったを相手を見る。

「どういうことだよ」
「……なんでもないよ。エレンくん、忘れてくれたまえ」

 冒頭に戻るわけだ。何処かの大佐みたいな語尾にむずがゆさを感じる。眉間にシワが寄って、目の前のいつからか自分より小さくなった肩を掴む。

「おい、そういうの俺嫌いだって云っただろ。ハッキリしろよ」
「いつ云った?そんな事。エレン、そんなに白黒ハッキリさせたい子だった?」
「……そのガキ扱いもやめろって」
「ムキになるのは子どもだよ」

 振り返った『先輩』という代名詞の名前は穏やかに笑っている。年はふたつしか違わないのにこうも余裕を見せられると何だか腹とか胸の中がむしゃくしゃする。きっと俺の表情が機嫌悪そうになったのだろう。彼女は俺の顔に手を寄せて、眉間に人差し指で触れた。そしてそこをグッと押す。

「シワ、残っちゃうよ。エレンはかっこいいけど、目つきなのかな。人相悪くて、意味もなく先輩に目ぇつけられたらたまったもんじゃないでしょ。売ってもいない喧嘩買われても、面倒でしょ。」
「かっ、か、ッえ!?」
「ねぇ、エレン。私、ちょっと、眠い。」

 云った彼女は、静かに目を閉じる。そこでようやく気付く。名前の両目の下に、濃い影がある事。俺の眉間にあった指は離れて鼻をかすめて下降して、襟首辺りに辿り着くと鎖骨の上に掌を乗せた。少し押されたかと思うと、制服のワイシャツをグッと掴まれる。名前が急にフラついて、思わず両手を伸ばして躰を支える。閉じられていた目がゆっくりと開く。

「お、おい。大丈夫かよ……お前、ちゃんと寝れてんのか?コレ、」
「クマでしょ。……エレン、手ぇおっきいね。すっかり、本当に、男の子だなぁ」

 名前の躰を支えていた手の片方を彼女の目の下に持って行って影を親指で撫でると、その目は再び閉じて行く。それが何だか怖くなって、傍にあった頬をつねった。ぐに、と力加減もせずにやったもんだから、つねられた頬の持ち主はカッと目を開けてこっちを見上げる。怒ってはいないようだ、でもとても驚いたような表情をする。

「び、びっくりした。」
「悪い。……お前、最近寝れてねぇの?顔色、悪いように見えるぞ」
「…………」
「どうしたんだよ。……俺には、云えないってことかよ」
「……だって、きっと信じて貰えないし、ちょっと恥ずかしい」
「……はぁ?」

 何云ってんだこいつは。少し苛ついて、両手を名前の肩に移動させて掴む。知らず知らずチカラが入る。彼女の肩は、やっぱり小さい。骨が掌に主張する。加えて彼女の体温が伝わる。こいつは此処に居る、と唐突に思う。何故今、そんなことを、思った、?

「俺がいつ、お前を信じなかった?今までそんな事、あったか?」
「……な、ないけど、待って、肩が、」
「だったらさっきの言葉は撤回しろよ。あと、云えって。なんでもかんでも溜め込むと、尚更躰に良くねぇぞ」
「わ、わかった!云うから、エレン、痛いよ肩」

 肩を掴むチカラのこもっていた手を緩めて話の先を促すと、名前はぽつぽつと呟くように話し始めた。目線を下におろして声は小さくて、自信の無さが伺えた。それでも訊きこぼしたくなくて、彼女を見つめて声に集中する。

「最近、寝ると同じ夢をみるの。同じ内容ではなくて……同じ世界の、夢。そこでね、エレンが、戦ってるの。凄いんだよ、エレン運動神経抜群でね、きっと今よりも。空中を時計の振り子みたいに、移動するの。何かね、悪い巨人をやっつけたいみたいだった。エレンには仲間がたくさんいたよ。エレンの友達もいた気がする。そこでね、エレン、巨人に変身してたの。……巨人のエレンは、怖いけど、つ、強くてね……悪い巨人を、たくさんね、いっぱい、人を た たすけるために、殴ったり け 蹴ったりして、ころ、」
「名前」
「ころしてた。巨人のエレン、叫んでた。声が、エレ エレンじゃなくて 背もおっきいし そもそもほんとうにエレンだったのか わからな、くて 他にも なんだっけなあ 思い出せないけど私ね、もう怖くて 寝たら絶対同じ夢だから 同じ世界だから エレンの目が巨人を睨むの  巨人のすべてをクチクするんだって 私と話してくれないの 話しかけてもこたえてくれないの」
「名前、」
「エレンたくさん傷つくの どんどん傷つくの 巻き込まれて行くの 私止めたかったのにきこえないのエレンの仲間がどんどんいなくなってずっと一緒だった友達とか仲間も嘘みたいに裏切ったり死んだり……」
「名前!!」

 大声で彼女の名前を呼んだら、大きく躰をびくつかせて言葉を止めて涙を流しながら俺を見上げた。泣いている目なのに、ただただ涙が流れるだけの表情だった。多分痛々しいと呼ぶにはまるで感情の無い顔に見えるだろうけど、俺にはもう夢の先を訊けなかった。生々しかったんだろう夢を見たくもないのに見続けて、夢の俺をどうにかしたかったのに出来ないまま進む世界に苦しんだ彼女を、夢じゃない俺は抱きしめる。抱きしめる。強く。声を出して泣けば良いのに、何もしないこいつはそっと俺を抱き返した。そうして先程よりも更に小さい声で呟く。「エレン、此処にいるね。」ぽつりと、こぼれる声に頷く。「いるよ俺は、此処に。」

「エレンは、巨人になれるの?」
「なれない」
「カッターの刃がおっきくなったみたいなやつで、巨人のうなじ、切る?」
「切れねぇよ。まず、巨人いねぇだろ」
「……うん。そうだね」
「……なぁ、これからうちに来いよ。そんで、一緒に寝よう」
「え、……あ、えっと、」
「一緒に居れば、お前がうなされてたら起こせるだろ。」
「……でも、」
「それに起きた時俺が居れば、……お前安心するだろ」

 そう云った俺に、彼女は躰を少し離して俺の顔を見て、笑った。眉尻を下げた、優しくて情けない顔だった。まだ涙は流れていた。それでも何も云わないから、俺はきっと無理矢理にでもこいつをうちへ連れて行く。こいつが寝て起きた時俺がいれば安心するだろうとか偉そうな事を云ったけど、本当に安心するのは名前ではなく俺の方だ。なんて、云えるわけがない。知らない間にいろいろ知らない事だらけになっていた名前をもう放っておきたくないだけの、ただの子どものような勝手な気持ちなんて。



なぜきみは眠らずに
帰りたいとつつくのか



(2013.9.16)
進撃企画「学徒」様に提出。
内容がありがちかなと思いましたが、書いてみたかったです。エレンさんのガーッとなったら抗う性質で、この子を救って欲しいです。
title:深爪
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