理性的な男。

 雨に打たれたのは私のせいだと彼は云う。でも結也だって結局は傘要らないと思ったから、持って行かずに外へ出たのでしょう?そう返したら「まぁ、そうなんだけど」と歯切れ悪そうな台詞のわりに劣勢さは感じてない声色だった。なんなのこの人、と一瞥したら、彼は丸いレンズの眼鏡を外す瞬間だった。水滴が垂れたレンズをインナーの裾で拭く。でもインナーも雨に濡れているらしく「意味無いじゃん」と早々に諦めたようです。眼鏡を折り畳んでこちらを見下げる。何故か眉間にシワをよせやがりました。なんだ。

「なんだ。」
「なにその初老の博士みたいな云い方」
「初老の博士、知ってるの?」
「……みたいな、って云ったじゃん。イメージだよ、イメージ。頭かったいね」
「ねぇいつまで結也ん家の玄関に居たら良いの?そろそろ寒い」

 未だ全身ずぶ濡れで、私たちは結也宅の玄関に佇んだままで。一応鞄の中を確認したら、鞄の端にあった手帳や財布が少し濡れただけで、携帯電話や音楽機器は生きていた。良かった良かったと鞄を閉めて、ぱっと結也を見上げたら何故か冷めたような目で見下ろされていて。さっきの眉間にシワといい、ちょっと失礼じゃあありませんこと?私もちょっと眉間にシワを寄せてみて、口を開く。

「なにほんと、さっきから」
「……俺がそこらへんの男と違うきちんと理性的な人間で良かったよ本当」
「……あぁ。」

 彼の言葉から察して、私は自分の胸元を見る。成る程胸にぴったりとしてる白いブラウスしかも肌色透けている。淡い黄色のキャミソールもしかり。一応胸辺りの布を摘んで引っ張って、とても3D化されていた部分を濁してみた。

「だからあんな眉間にシワ寄せたり、冷めた目したりしたわけだ?」
「冷めた目?そんな目してないんだけど」
「いやいや君ね、ただでさえ寒いのに零度の視線をこっちに向けてたからね。覚えが無いとかふざけんなよ少年」
「覚えが無いもんは無い。仕方がない」

 ハッと鼻で笑って急にこちらに近付いた結也が私の肩を掴んで押したものだから、躰が突然のことに動きをかたくして仕舞いには玄関の段差に踵が引っ掛かって後ろに転んでしまった。したたかに尻をフローリングに打ち付けて、痛い。冷えた躰には酷である。よってこの男は鬼とする。鬼は私の上に馬乗りで、マウントポジションをとったままニヤニヤと笑ってやがる。あぁ自分の服や下着が雨で湿り気100%で気持ち悪いのに早く着替えたいのに。

「おいこの鬼。なにすんだ」
「随分と余裕だね。暴れもしないの」
「さっきそこらへんの男と違うきちんと理性的ななんとかとかおっしゃいませんでした?」
「そうだよ、きちんと理性的な男。だからちゃんと訊こうとしてんじゃん」
「……はァん?これちゃんと訊こうとしてる体勢?」

 訊かずにいきなりちゅーするよりマシじゃね?とか云ってこちらの雨濡れの首筋を撫でるこの鬼はきっといい加減な男に違いないと思った。いい加減な鬼は「ちゅーして良いですか」と語尾を上げずに首をかしげてこちらに尋ねた。「駄目って云ったらどうすんのさ」と睨んだら「それでもする」おいおい、意味ないからね、少年。



理性的な男。
(2012.3.30)
なんか匪口さん違う。
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