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世間一般でいう女子とはいったい何であるか。髪と肌はくまなく手入れされ頼り無いヒラヒラの布を身に纏いかかとのやけに細い靴を履く。そうなのでありますか。そうですか。その仮説の通りで行くと、わたくしは女子では御座いませんね。
だってこの姿をご覧なさい。血の混じった砂と埃をかぶったガシガシの髪と生傷だらけの肌と真っ黒のしっかりした生地のツナギに底に滑り止めの付いたスニーカー。ちなみにこのツナギには幾人の返り血がべったりですから。
「お、おめーは何してんだ」
声がした方に振り返ると獄寺さんが居た。彼は困惑に苛立ったような顔で私を見てる。私は洗面台に置いていた手を離して前屈みにしていた躰を起こした。顔だけ左を向いてあとは眼を横に流す。あまり態度のよろしくない部下である。しかし今はどうでも良かった。
「何って、此処、」
「馬鹿。此処は男便所だ」
「……あー」
そうなんですか。そう返したら獄寺さんは眉間に皺を寄せる。私は少し面倒になって「すみませんでした、失礼します」と獄寺さんの脇をすり抜けて男性用トイレから退散しようとした。のに、止められた。左腕を掴まれた。流れに乗るように掴まれた箇所に眼を向けて視線を落とす。獄寺さんの左手の指には相変わらずシルバーのがっちりしたリングが人差し指と薬指についていた。あれ、薬指。獄寺さんを見上げた。彼は至極不機嫌な顔でした。しかしそれを無視して私は口を開く。
「獄寺さんご結婚されたんですか」
「……はァ?」
何ほざいてんのコイツ、という顔になった獄寺さんは自分の左手を私の腕を掴んだままおもむろに見て「あぁ」と納得したような声を出した。
「違ぇよ。これにそんな意味はない」
「……あ、そうなんですか」
「…………なんだよ」
「いえ別に。私の発言にもそんなに意味はないので、」
お気になさらず。そう云った瞬間強いチカラで引っ張られ、獄寺さんと対峙するように躰の方向を変えられた。彼の顔は見ない。でも明らかに獄寺さんは怒っていた。でも彼は珍しく怒鳴らない。それが逆にいつもより怖かった。今の私にはその怖さは無意味なのだけれど。
「……気に障ることを云ってしまったのでしたら、すみませんでした」
「違ぇ。そうじゃねぇ」
「…………」
「オラ、眼を合わせろ」
「今日はいちだんと口が悪いですね」
「誰のせいだ」
「私ですか?」
はは、と笑いながら獄寺さんの要望通り眼を合わせた。すると彼は怒りというより不可解そうな表情をしていた。今日は百面相ですね。口には出さずに心で呟く。
男性用トイレの入口でごたごたしていることに少し可笑しくなった。シゴトのあとは基本的にハイになる。人を殺すわけだから、もしかしたらみんな、この獄寺さんもあの山本さんもそうなのかもしれないけど。気分が高揚して躰が温まって、おかしくなる。それを落ち着けている最中だった。いつもトイレや風呂場にかけこんで、鏡を見たり頭から水をかぶったり、兎に角落ち着かせていたんだ。でも今日は邪魔が入った。失礼、私が場所を間違えただけだった。
獄寺さんが未だ掴んでる私の腕は、ツナギの長袖を折り曲げていて素肌だけどどうみても血液が付着していた。きっと彼の掌にも。笑っていたであろう私は表情を元に戻す。そして薄く口を開いた。
「獄寺さん、掌、汚れますよ」
「……んなこと気にしてたら最初からこんなことしねーよ」
「……そうですか。でも、もう良いじゃないですか」
「何が」
「離して戴けますか。私、まだ、終わってないんです」
まだ落ち着いてない。躰が震えてきた。禁断症状みたい。冷や汗がじわりと額に滲んだ気がする。
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(2011.12.16現在)