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どうやら私はしんでいた。
「おおーい、いきてるかい?」
「あんた馬鹿か。此処に来る人はみんな亡くなって来るんですから」
「ううっ、わわわかってるよー何だよもう鬼男くんのいけず」
私の目の前で、色白で『大王』とか堂々と書いてある面白い形の帽子をかぶった男の人と、色黒の角の生えた鬼みたいなでも顔は人間の人が何やら云い争いをしていた。そこで私は大きな木の大波みたいにうねって地面の上に出ている根っこの上で横になっていることに気がつく。根っこが硬いからか躰の節々が痛かった。ゆっくり起き上がると『大王』帽子の人が「お」って声を出す。おもむろにそちらに視線を投げた。すれば彼はにんまり、笑う。無垢だ。
「お嬢さん、躰痛い?大丈夫?お腹すいた?」
「……大王、それより大事なこと訊いたらどうです」
「えーだって、そんなんが最初じゃつまらないよ」
「つまるつまらないの問題じゃねーだろ!事は急を要してるんです!誰のせいで仕事詰まってると思って、」
「わーもう怒鳴らないの!はいはいわかったから、もう!」
終始ぼんやり彼らを見守っていると、最初に鬼の人が云っていた「此処に来る人はみんな亡くなって来る」という言葉を思い出した。一瞬で私の意識は大海原に投げ出された感覚に陥る。まさしく広大。広い。広い。広過ぎる。要するに私は亡くなった、しんだ。本当に?どうやって?どうやって?……記憶を辿ろうとしたところで視界がぶれた。気持ちが、悪い。急いで右手で口を覆う。それを左手でまた覆った。あ、あ、視界が、視界が!眼を瞑ったところで額に何かが触れた。熱を確かめるような、その仕草。ゆっくり眼をあける。涙が、流れた。
「怖いの?」
片膝ついた状態の『大王』さんが少し哀しそうな表情をして、私の額に手をのばしている。そして私に「怖いの?」と訊いている。私は喉にせりあがるものを必死で押し戻して、手と口の間に少し隙間を作って声を出した。
「こ、わ……、怖いというか、……わからないから、迷って、」
「わからない?」
「私は何をして、しんだ、の、か、っ」
また吐き気がして躰を丸めた。『大王』さんの手が離れた。鬼の人が慌てて私の背中に手を添えてくれた。私は我慢する。戻れ、戻って、無理矢理口の中の少ない唾液をかき集めて喉に押し込む。ぎゅ、と喉が鳴る。涙は止まったけど眼は見開いたまま、視界に木の根の表面が映っている筈なのに認識出来ない。私は混乱している。なんなんだ、私はどうしたんだ、どうしたんだ、何でしんだ、何をした、何を、した。何かをしたんだ。何をした、なに、で、しんだ、殴られた?突き飛ばされた?違う。絞められた?撃たれた?違う。毒を盛られた?違う。――――刺された?なんで刺された。理由は。
「知りたいの?」
バッ、と。勢いそのまま顔を上げた。そうしたら『大王』さんは「おー、眼ぇおっきいねー」とわらってまた私の額に手を添えた。そして少し、哀しそうに微笑む。
「覚悟っていうか、視る勇気ある?結構痛いよ」
「…………はい。視たい、です。それでも。じゃないと、く、狂いそう」
「……じゃあ、息を吸って、止めて」
云われた通り、そうしたら『大王』さんの手が下に下りて私の両目を覆った。暗い。眼は瞑ってないけど、あ、何か。今までしなかった騒がしい音がする。人の声。叫ぶような。怒るような。ただ気圧するような。金属のぶつかる音。知ってるこの音を私は知ってる。金属音を訊いて何かを思い出しかけた瞬間視界が暗がりの中心から明るくなり始めた。『大王』さんの掌がある筈なのにそれが無かったかのように晴れていく。紙に水彩絵の具が染み込むように暗がりが視界の端へ端へ消えて行って、最後には何かの膜一枚越しのような視界になった。淡い視界だけど、先に何があって誰が居て何がおこなわれているかは理解出来た。
戦だった。各々武器を手に持って敵である人間に致命傷を負わすべく走り回っている。ある人は馬にのり、ある人は自らの脚で。色々な武器がその場には溢れていた。刀、火繩銃、弓、大砲……そして、苦無。表立った行動はしていないものの、私はその武器を手にした人を見つけた。――――自分を。
私は黒い忍装束姿で敵の背後にまわってそのまま、手の苦無で相手の首の横をスイと引くようにした。たちまち、血飛沫。その行動を繰り返し、時には忍刀で首を落とした。私は止まらない。止まらない。止まらない。人を殺して殺して殺して殺して殺した。私はあまり返り血を浴びていない。考えながら殺しているようだった。まるで他人を見ている気分だ。だって、この時の記憶がまるで無いのだ。
その時だった。
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(2011.12.16現在)