タコ足から倖せだとうたう。

 洗剤を水で薄めたものを、よくお刺身とかを食べるときに醤油を入れる小皿に流し入れた。さらさらしたその液体を、コンビニで貰ったのに使わなかった細い白いストローの先を、ハサミでタコさんウインナーを彷彿とさせる足をつくったところで混ぜるように円を描く。くるくる。円を描く。最後にトントンと2回、足をゆるく広くように皿の腹に押し付けて、持ち上げた。ふるふると、ストローの足たちに張り付く薄めた洗剤の液体が揺れる。仄かな洗剤独特のにおいを感じて、そろそろ洗濯物乾いたかな、と考えてからストローの足の反対側、持ってる部分に近い方に口を付けた。そのまま、ゆっくり息を吹き込む。すれば、ぷわーと、透明なまあるい、玉が生まれた。すい、とストローを下に下げる。ぷつんとその透明な玉とストローが離れて、玉はふわりと上昇。不安定にのぼって行った先には本棚があって、残念ながらその棚の側面に衝突。ぱちんと短い生涯を終えてしまった。

「名前ちゃん、何、やってるの?」

 死角からの声にびくっと肩が揺れてしまい、その勢いで振り返ると声の主はそんなに近くには居なかった。ワンルームの窓の縁に座る私から見える、玄関の真ん前で靴を脱いでる最中。彼は前かがみでしゃがんだままの苦しそうな体勢でそう訊いてきたようだった。玄関のドアが開く音、閉まる音を一切訊いた記憶がないけど、多分こっちの作業に集中し過ぎていたのだろう。
 それより彼の質問にこたえる為に口を開いた。

「シャボン玉だよ」
「しゃぼん、だま?」
「ん、シャボン玉。手づくり」
「て、づくり!!」

 おや。途端彼は猫みたいな顔になって、キラキラキラー!と輝き出した。と思ったら今まで履いていてなかなか脱ぐことが出来なかったスニーカーをぽいぽいと放って、バタバタとこちらに走り寄る。この食いつきっぷりに驚いた。窓の縁に座っている私は、近くまで来てキラキラした表情のまま突っ立ってる彼を見上げる。

「…………」
「す、凄、い!手づくり、凄い!」
「(おー、成る程。)」

 “手づくり”にキラキラしたのか。理解理解。私はうんうん頷いて、キラキラうずうずしている彼に問い掛けた。タコ足になってるストローを差し出しながら。

「廉くんも、やる?」

 廉くんのキラキラが倍増して、首ちぎれますよと云いたいくらい頷いたところで彼にストローをようやっと受け取って貰えた。彼はその場に座り込んで、窓の縁、私が座って乗せてる片足の先にある小皿に恐る恐るストローのタコ足部分をつけて、ゆっくり持ち上げて、さぁ息を吹き込む。
 ぷーーーーーーーーーーーっ、ぱちん。

「あ」
「!」

 ふるふる震える廉くんの肩にぽんと手を置いて「もう一回やろ」と云う。別に一回だけなんて意地悪は云わない。こくんと頷いた彼はもう一度、薄めた洗剤へとストローのタコ足部分をつける。ゆっくり持ち上げて、息を。
 ぷーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ、ぱちん。

「…………」
「…………」
「……廉くん、すっごい大きいのつくれてるからね」
「で、も。とばな、い。」
「とばしたいの?」
「う、ん!」

 おやまあ。そうですか。

「じゃあ。」

 私はその場から立ち上がって、キッチンの戸棚からもう1本、ストローを持ってきた。廉くんに渡した細い白いストローとは違う、青と白のストライプのストロー。それにハサミをいれる。細い白いストローよりも浅く。ぱちん、ぱちん。ぱちん、ぱちん、ぱちん。短いタコ足をつくった。そのタコ足を少し外へ広げて、一度ふう、とストローを吹いて。よし。それから、その短いタコ足ストローの先を薄めた洗剤につけて、

「はい。廉くん」
「え、あ」
「持って。吹いて。さっきより少し強めにね」
「お、お」
「大丈夫だから」

 廉くんの持ってた細い白いストローを奪い取って、青と白のストライプのストローを渡す。また恐る恐る受けとってこちらをちらりと見やった彼を見て思わず少しキュンと来てしまった。惚れた弱みと云うやつか。
 彼は恐る恐る、ストローに口をつけて、先程よりも強く吹いた。
 ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ!

「おー」
「おぉ!」

 先程とは違う、小さいまあるい玉がぽこぽこぽこと素早く、ストローの短いタコ足から生まれた。それは勢いをつけて、彼の真正面の窓の外へととんでいく。空へ空へ、とんでいく。透明の向こう側には、少し歪んだ外の世界が透けていた。
 それらを見送ってから、くるりと廉くんを見れば、またキラキラした表情で未だ小さいまあるい玉たちを見送っていた。もう、見えないのに。

「……感動した?」
「か、感動した!」
「もう一回やる?」
「や、!やる!」

 貴方はいくつだい。なんて野暮なことは訊かない。だって可愛いから。なんて、私もなかなか重症なので、可愛いこの人と一緒に、透明なまあるい玉の製造に勤しむことにした。
 そんな、土曜日のおやつの時間くらいの話。



タコ足から倖せだとうたう。
(2010.06.07)
友達への贈り物。
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