※少し勝手な解釈を含んでいます。モモカンさんの野球部時代のことなど。大丈夫な方はどうぞ、です。



仕事が休みの今日、いつもなら寝て曜日の休日に、なんとなく母校に行ってみた。しばらく乗っていなかった赤色の自転車のタイヤに空気をパンパンに入れて、ブレーキの効きを確認して、いざ乗った自転車は最初心許なくフラフラしていたけど、少ししたら立って風を感じられるくらいになった。良いなぁ自転車、と思わずにやけてしまった。
自宅から約20分。西浦高校、到着。自分が居た頃と特に何も変わってない外観に少し安心して(、そりゃあ2〜3年じゃあ変わらないけども)、自転車から下りて校舎の外を歩き出した。思い立ったが吉日と、ふらっと家を出てきてしまったので、学校に挨拶の電話を入れていないのと、格好があまりにもラフ過ぎて校舎の中に入るには勇気が必要だった。なんならもう少しちゃんとした格好してくれば良かった、と苦笑いしそうになってハタとなる。前方からジャージ姿の女の子が自転車を走らせてどんどん近づいて来ていた。近づいて来てわかったのは、自転車の荷台部分に大きな給水用のジャグをくくりつけていることと、その女の子の髪の毛が茶色くてやわらかそうなことと、顔が可愛いということ。
あ。眼が、あった。私は呆けた顔のまま、

「……お疲れ様、です……」

仕事の癖みたいに云ってしまってから少し後悔した。ちょっと私不審者みたいだ。そうしたら、

「お疲れ様です!!」

ぱあ!と明るい笑顔でそう返してくれた。そのまま彼女はフェンスの小さな出入口から学校敷地へと入って行った。おぉ……若い。若いって、10代って良いなぁと成人女子がたまに思うであろう事をしみじみ感じた。そうして彼女が来た道に眼を向けて、そういえばあっちは第2グラウンドだったかと思い出す。…………。

「行って、みるかね」

独り言を呟いて私は再び自転車に跨がる。さぁ私の愛(自転)車・赤丸、第2グラウンドまで私を運んでおくれ。


















フェンスの中から勢いのある声がする。複数の男の子の声。「おら行くぞ!」「おぉ!」自転車を下りてカラカラとチェーンを鳴らしながら歩く。歩きながらフェンスの内側に植えられた落葉樹と植え込みの隙間から中を見る。コマ撮り写真みたいに中の人達の動きが一回一回止まって進んでるように見える。あれは、野球部?しかも、球を打つ音が、もしかして、

「軟球じゃな、い?」

あれ、私が居たとき野球部って軟式だった気がする、っていうかこんなに活気もなかった気がする。私は思わず立ち止まって、自転車をストッパーもかけずフェンスに立てかけてそのフェンスにかじりついた。ガシャ、と両手の指をエメラルドグリーンの針金にかけて、本当文字通りかじりつく。ちょうど植え込みが終わったそこは視界良好。やっぱり、今ノック中なのかな。バットがボールに当たる瞬間の音が、硬い。額をフェンスに当てる。睨むように野球部さんを見つめた。いつから硬式になったんだろう。

「あれ、名前ちゃん?」

あまりに集中して野球部さん達を見つめていたので周りの眼をまるで気にしていなかった私はやっぱり不審者だったと思う。だって成人女子が高校生野球部の部活動姿を睨むように見ていたのだから。取って喰いそうな眼をしていたに違いない。うぎゃあと今更やばいやばいと思えて、声をかけられた方、右を向く。そういえば、名前呼ばれたような。
右を向いて、私の表情は強張ったものから力の抜けた阿呆面になるのであります。そこには、黒の長いみつあみにした、ひとつ上の先輩が居たのですから。

「う、え?百枝先輩……?」
「やっぱり!名前ちゃんだ。久しぶりだねー!」

ええええ、と私はびっくりする。なんで此処に百枝先輩が!?相変わらずフェンスに両手を仲良しさせてる私に百枝先輩は近づいて、私の背中をバッシバッシはたいた。痛い、痛いけど懐かしさから嫌ではなかった。これは百枝先輩の愛情表現、だと思う。

「お久しぶりです。えっと、5年、ぶりくらいですか?」
「そうだねー、うわぁ5年かぁ。あ、名前ちゃん野球部見てたんでしょ?そんな遠いところから見てないでこっち来なよ。中入って良いから」
「えっ、え!でも私先生に許可とか戴いてないですし……」
「大丈夫大丈夫。私野球部の監督やってるから」
「(監督の許可はイコール大丈夫ってことなのかな、まぁいっか)」

私はフェンスに危なっかしく立てかけていた自転車・赤丸を起こして歩きだした百枝先輩についていく。私がかじりついていたのは第2グラウンドの出入口のすぐ傍で、まるで気付いていなかった自分はどれだけ野球部に意識を向けていたのかと恥ずかしくなった。うわあ顔熱い、かも。
自転車を野球部さん達の(と思わしき)自転車と少し離して停めて、いざ第2グラウンド内へ。あ、私今日ぺったんこのサンダルで来て良かった。グラウンド内には入らないとはいえ、踵の細い靴だと土えぐって地面悪くするから。

「名前ちゃん何してんの?」
「あっ、いえすみません。(自分の足元眺めてどうすんの……)」
「? あ。ちょうど戻って来た。あの子野球部のマネージャーの篠岡千代ちゃん」
「え、あ。」

さっきの子だ。元気に挨拶してくれた、子。篠岡さんはジャグをよっこいよっこい持ってこちらに近づいて来る。あ、また眼があった。

「あっ、さっきの!」
「おおあ、先程はどうも不審者でした」
「あれ、名前ちゃん知り合い?」
「いえ、さっきたまたま校舎近くでばったり……元気良く挨拶してくれて」

軽く自己紹介をして篠岡さんは先にベンチへとジャグをよっこいよっこい運んで行った。しまった手伝えば良かったかな。でもジャグを二人でどうやって持つんだ。逆に邪魔かもしれない。またぼんやり思考に浸っていたら百枝先輩が「そういえば、」と話を切り出した。バッと、私より背の高い百枝先輩を見上げる。

「名前ちゃん野球部見てたんだよね。」
「あっ、はい。えっと、そうだ。野球部っていつから硬式になったんですか?私が居た頃まだ軟式だった気が……」
「去年から硬式。で、今年から私が監督」
「うあ、そうでした百枝先輩監督なんですよね……」
「んー?なに?不満?」
「うええええいやいや滅相もない!!ていうかピッタリっていうか、何か……」
「何か?」
「…………」

私は半笑いのようなだらしない顔でへらへらしてしまった。何て云えば良いのか。上手い言葉が見付からない。私の脳みその引き出しをがさ入れみたいに全部引き出して言葉を探すけど、見付からない。右手を顎に持って行って指先を添える。うーん。と悩んだ時、野球部さん達がベンチに移動してるのが見えた。あら。私そろそろおいとました方が良いかもしれない。

「あ、百枝先輩。えっとあの、私そろそろおいとまします」
「え。なんで?」
「え。なんっ、なんで……お?」
「まだ全然見てないじゃない。ほらベンチ行こ。ちょうど部員みんな揃ってるし」
「!!!?」

部員みんな揃ってるし、って私紹介されるんですか!?と思いながら若干逃げ腰になった瞬間眼がキラリと光った百枝先輩に腕を掴まれ引きずられる。うわあもう逃げられない。私はぬいぐるみのようにベンチまで連れられて、そんな登場だったから見事に野球部部員さん全員の視線を浴びるはめになった。待ってくれ私はそんなに人前に出て笑ってられる精神の持ち主じゃない。ガッチガチに緊張してしまった。

「カントク!その人誰スか!!」

いきなりだよ少年。いきなりその質問しちゃうのか少年。私はその少年と思い切り眼を合わせてしまった。バチッ、と目力。この少年は目力強い。きっと意思が強い、子だ。

「えーっと、この子は私の後輩、名前ちゃん。見学させてあげてね」
「ど、うも。邪魔にならないようにする、ので、あの、よろしくお願いします!」

勢い良く礼をしたあと自分でも、何を!?何をよろしく!?と思ったにも関わらず野球部部員さんはみんな帽子を取って礼をしてくれた。いや本当野球部って挨拶ちゃんとしてますよね有難うお姉さん今じーんとした。
そのあと部員の皆さんは各自部活動へと戻って行った。あの目力の強い子・田島くん(「俺、田島!!です!」と云われた)に最後まで物凄い視線を戴いていましたけど。そんなに見られると変な顔になってしまう。表情筋震えてしまう。
それからは、ベンチで、じっ……と野球部の部活動を見つめる。懐かしいことだった。西浦高校の学生の頃も、こうやってたまに、野球部の部活動を眺めていた、校舎から。校舎から第2グラウンドは見えないから、たまに校舎側のグラウンドで野球部が部活に勤しんでいたときは。でもあの時とは全然、

「違う」

思わず呟いた声をまさか拾われるとは思わなかった。

「何がっすか」
「!」

ビクッと情けないかな震えてしまった。また右からの声に視線を上げたら黒髪でタレ目の少年。袖口で頬の汗を拭ってる。あぁ、給水ですか。私はジャグの傍に座っていたので、たまたまさっきの呟きがきこえたのだろう。

「む、昔の野球部、とね。」

今更だけど本当に私此処に居て良いのかな。私個人に影響力なんて無いとは思うけど、野球部の士気みたいなもの下げてないかな。と物凄く不安になる。不安になったまま口にした言葉はぐだぐだで、ちゃんと彼に伝わったのだろうか。いつの間にかコップを持ったタレ目の少年はぼんやりとこちらを見てる。眼があったまま動こうとしないから、私は思わず「コップ、貸して」と云ってしまった。だって、給水しに来たんじゃなかったのか。私を見て喉と躰が潤うなら良いけれど、そんなわけもなく。ジャグからうっすら半透明の液体を出して、コップの7分目くらいまで注ぐ。そのコップを少年にゆっくり差し出した。彼は「ども。」と小さく会釈してぐびぐび喉を鳴らす。おぉ、喉仏男らしい。

「はあ」
「もう少し飲む?」
「あぁ、自分でやるんで」
「そう」
「……ところで」
「うん?」

少年はしゃがんで、ジャグのコックを捻った。コップの半分くらいまで中身を満たして、またコックを捻る。キュ、と音がした。

「……野球部だったんスか?」
「……私?」
「…………」
「(お前以外に誰がいる、って眼をしておられる。)わ、私は、違うよ。」
「へえ」
「…………」
「……じゃあ、なんで違うなんて」
「あぁ。えっと、昔の野球部って、軟式、でね。あとなんか、こんなに……」
「…………」
「こんなに活気、あったかなあ、って」

私が視線をグラウンドに戻したら、少年はコップの中身を飲み干した。見なくてもわかる。ぐびっと音がしたから。

「それに、百枝先輩もなんか違う」
「…………」
「何が、って顔してるね少年」
「、あ?」
「(おっとこの人は茶化されるの好まないタイプだな)」

眉間にシワを寄せた少年は私の顔を見つめる。私は少し楽しくなって、そしてさっきの百枝先輩との会話の答えもなんとなく見付かった。そうか。これだ。簡単すぎる言葉かもしれないけど、これが今いちばん合ってる気がする。私は思わずにんまりして、少年を見上げた。

「百枝先輩、すっごい生き生きしてるから」





ただいまの場所。



(2011.1.5)
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