友達は私服よりなんちゃって制服を着ている方が多かった。だから私もそうしてみようかと、ただ今秋なのか夏なのかわからない季節になってやっと思い立ってみた。確かになんちゃって制服にしてしまえば毎日「今日は何着たら良いんだー?」とか悩まないで済むかもしれない。多分。そう思ったら、私はさっそく部活がミーティングだけの日の帰りに友達と制服っぽいものやリボンなどが売ってる場所に来ていた。友達は「名前はリボン付けたい?」「ブラウスは白?水色?あんた陸上部なんだから爽やかに水色にしなさいよ。でも白も良いなぁピンクはどうよ」と何故か私より張り切っている。有り難いけど私ピンクって顔じゃないの知ってるよね?と心密かに呟いた。駅のホームで買ったパックのヨーグルト味のジュースをすする。ずずず。その音に反応して友達はこちらを眼を細めて見つめる。

「ちょぉ、名前が見なきゃ意味ないじゃんか」
「いやいや見てるよ。とりあえずピンクのブラウスは無い」
「えー。可愛いじゃん!あんたに足りないものが今此処に!」
「……それ私に足りないのは可愛さってことですかねえ?」
「違う。可愛さじゃなくて可愛く見せる向上心が無い」
「……ほう?」

なんと。私には可愛く見せる向上心がない。知らなかった。ずずずずっ。ずすーっ。ヨーグルト味のジュースがなくなったことはわかった。パックの上下の三角に折れてるところを手足みたいに広げて、ぺしゃんこにする。はい。平たい長方形。
私は友達の眼を見る。友達はいぶかしげな顔をしていた。まだピンクのブラウスを両手の指先でつまむように持っている。私にどうしても買わせる気なのか、自ら購入する気なのか。彼女なら似合うのは間違いないのだけど。

「名前はなーんかシンプルだよねーだっさいわけじゃないんだけどなんか足りない。今日だってTシャツに、チノパン?肩紐なんかゆるいよ、落ちそう」
「あは、シンプルイズベスト?肩紐調節出来ないんだよね」
「勿体ないっつってんの!ほら!これを持つ!」
「やっぱりこのピンクの私が買うんだね。じゃあリボンはせめて灰色にさせてね。」
「……仕方ない。」

結局、ピンクのブラウスと灰色チェックのプリーツスカート、灰色無地のリボンとネクタイを買った。あともうひとつ。

「……それ男物だけど。」
「私襟硬いのが好きなの。」
「いやいやいや。勘違いされますよ」
「……なんの?勘違い?」

月末赤字決定の私は紙袋を片腕に通して、中身があまり入って無くてへろへろのリュックを躰の前に回して、中身が先程無くなったからへろへろに見える財布をしまいながら訊きかえした。そうしたら、友達はさらさらの髪を耳にかけながら、上目で空を見上げつつ云いました。

「男物のYシャツ、彼氏の、じゃないかって」

単語を強調するように彼女はわざと区切った模様。私はぽかんとして、チノパンの肩紐が片方、肩から落ちた。友達を凝視する。彼女は薄暮を過ぎた薄暗さに綺麗に呑まれかけている。我ながらこの友人は綺麗だ。綺麗なストレートの栗色の髪。少しつり眼がちで意志が強そう。何もしてないのに色の乗ったくちびる。きっと男性方はこういう女子が好ましいに違いない。ゆっくり肩紐を肩にあげて、のっそりリュックを背中にしょった。

「…………いやいや。私そういう人、居ないしね。」
「私は知ってるよ。でもみんなは違うからね。きゃいきゃい云われちゃうかも。変な噂たっちゃうかも。」
「へ、変な?」
「苗字さんは彼氏のYシャツとか着るタイプだったんだー的な?」
「それ変な噂かな」
「知らない。なんかとりあえずあんたにとってははた迷惑極まりないっしょ?」
「……まぁねぇ。彼氏さんとか居ないしねぇ」
「そういや欲しいとか、云わないねあんたは」

君は欲しいのかい?訊いたら彼女は真顔で一度私を見て、空を見て、破顔した。

「要らない。今はあんたがいちばんだから」

嬉しいことを云ってくれた友達は、自慢の親友なわけであります。















「うぇ。」

なんか短いスカート久しぶりな気がする。と心で呟いたら口からは嫌そうな声が出てしまった。別に嫌では……ない筈。ただ何だか、らしくないような。ピンクのブラウス。灰色無地のネクタイ。灰色チェックのプリーツスカート。うわぁ……なんかとても女子です。なので登校したにも関わらず昇降口で私は教室へ向かうことをしぶっている。もたもたしている。今日はそんなにへろへろじゃないリュックを背負って、リュックの肩にかかるベルトをきゅ、と握る。なんでこんなにしぶっているかって。
恥ずかしいのだ。今までの自分ではない気がするのだ。朝練が終わった人達も加わり始めて昇降口の生徒率は上がってきた。正直云って私かなり邪魔ですよね。御免なさい。あぁ、うう。ああぁ。上、下、斜め上、見て。でも、あああ入りたくな、

「あれ、苗字さんだ」
「!!!」

背後からの声に、弾かれたように振り返る。するとそこにはびっくりした表情の、教室で私の前の席の人がいた。その人はびっくりした表情から少し苦笑い。頬を人差し指でかいたのであります。

「え……と、俺何かしたっけ……?」
「い、いや、御免。大丈夫。栄口くんはいつも通りの癒し系です」
「……俺そんな感じに見えてんの?」
「私の中では。あ、えっとおはよう」
「あ、おはよう」

にっこり。栄口くんは笑った。彼はとても優しい雰囲気をかもしだしてる。だからついつい無言で見つめてしまう。視線から癒しを勝手に戴いてます。そんな彼は「そういえば」という顔をして口を開いた。

「ところで苗字さん何で此処で立ってるの?入らないの?忘れ物?」
「あ……あぁ……えっと、」
「……?あ、そういえば今日制服みたいだね。いつも私服だったけど」

にっこり。栄口くんは笑って爆弾を投下した。ぼかーん!私は爆発した。思考が。そうしたらどうだろう。なんとなく周りの音が遠くなった気がする。鼓膜に薄い膜が更に張ってる気がする。私は視線を下げる。対峙している栄口くんの足元を見る。少し汚れてるスニーカーが見える。

「…………」
「、え。えっ。ご、御免、え!?俺何か云った!?」
「……ううん。御免、違うよ」
「えっ。だって苗字さん顔真っ赤だよ」

どかーん!更に栄口くんは爆弾を投下した。爆発した。何かが。「わあああの私先に行く!またあとで!」と小声の早口でまくし立てて、私はまた弾かれたようにくるりと振り返って走り出そうと、した。したのだけど前に進むことは出来なかった。右手の、手首を掴まれた。誰に。栄口くんに。がっくん。視界がぶれる。「お、う!」変な声が出た。

「あ、御免痛かった?」
「い、いえ……」
「あぁ良かった。あ、ねぇ待ってよ。まだちゃんと云ってないんだ」
「え?」

半分しか栄口くんに向けていなかった躰のまま顔を彼の方へ向けると、彼は真一文字に口を結んだ。何となく珍しい表情だな、と思ったのは、やっぱり彼はにっこり笑ってるイメージがあるからかも、しれない。そんな彼は、真一文字の口を少し開いてから、やっぱり似合うなぁ、にっこり笑ったのだ。そしてまた、投下した。何を。爆弾を。

「恥ずかしがることないよ全然。苗字さん可愛いよ」





どかーん!



「……なにしてんだおまえら」
「あ、巣山。」
「……どうしたんだ苗字、なんか震えてないか」
「……褒めたつもりだったんだけどなぁ」


続く?
(2010.9.2)
勇人さんがなんか違う……巣山さんもなんか違う。ヒロインはなんとなく不器用。

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