夏休みはあってないようなものです。お盆時期以外は全て部活で、毎日グラウンドや学校周りの外周や田んぼ道を、私は走る。走る。走る。そうです私は陸上部です。
今日は空が大変美味しそうなので、お昼ご飯はひとりで屋上へやってきました。汗だくだったので先程頭から水道水をかぶって持ってきていたタオルでびしょ濡れの頭や顔や首、腹や背中脚と拭って最後にそのタオルをささっと洗って更にひたひたに濡らして軽くしぼって。「部長、私屋上で飯食ってきます」捨て台詞さながら云い終わるや否やコンビニパンとコンビニパンとコンビニパンとおにぎりとおにぎりとお菓子と1リットルペットボトルのお茶を両手に走ったのです。「おま、お前それは食いすぎだ!!!」部長の叫びはきこえない。
がちゃん、とそんなに力を入れてないのに大きな音をたてて屋上のドアが開いた。昼間だから外から校舎の中、また外へと出た私の眼はなんだかせわしない。校舎の中に入ったときは光の調節がうまくいかなくて、何だか暗いような眩しいような変な感じがして瞳孔が慌てていた気がする。しかし大丈夫だ瞳孔よ。もう外出るから縮こまったままでいてください眩しいの嫌だ。
そんなことを真顔で考えながら一歩二歩と屋上のコンクリートを踏み締めた。あああぁ紫外線が痛い。校庭より痛い気がするのは屋上の方が太陽に近いから、かな、なんて気分の問題でしかない。先程ひたひたに濡らして軽くしぼったタオルを頭にかぶせて暑さを少しでも紛らわす。上履きを履いていても足の裏が暑い。ぼんやりコンクリートを見ていたけどお昼の時間が勿体ない。空腹は五月蝿くて、早く胃に何かおさめろととうとう唸りだしたので、はいはい、今お米を詰めてあげるから。なだめるように胃の上を、荷物沢山の中ぎこちなくひと撫でした。

「ふー」

息を細くはきながら、一段高くなってるコンクリートに腰をおろしつつ、そこから生えてるフェンスに背中から寄り掛かる。がしょり。情けない音がした。
あぁ、腹へった。暑い。腹へった。
右肩をフェンスに付けたまま躰を反転させて、校庭を横目に見下ろした。右足が苦しいので座ってるコンクリートに折って土踏まずを上にして寝かせて乗せてみた。なかなか行儀がわるいけど、そのまま昼食開始です。さっきはお米と云ったけど、やっぱりクリームパンからにします。御免ね胃袋。右足の傍にパンやら何やらをそっと置く。1つ選んだビニール袋をゆっくり左右に開けて中からクリームパンを半分ほど取り出す。こんがり狐色のパン。それを校庭を見下ろしながらさあいっただっきまーす!んあー。と大口を開けて、

――――がっちゃんぐあんガァン!
「いっちばーん!!!!!!!」
「うわっ、馬鹿田島ドア壊れんだろ!」
「そんなやわじゃねーだろ」
「お前もっと慌てろよ……」

びっっっくりして私の肩は今までの人生の中でいちばん揺れたに違いない。危うく大事なクリームパンを握り潰しそうになった。そのびっっっくりした元凶の方に顔を向けたら、野球部のユニホームを着た男子5人がぞろぞろと屋上のドアから入ってきたところだった。みんな何処かぐったりしている。
その中で、多分さっきのドアをがっちゃんぐあんガァン!やったと思われる屋上いちばんのりを果たした人と眼があった。ばちん!目力が強い人。

「あ!なんだ俺いちばんじゃないじゃん!!」

ぐりん。と野球部さんたちが一斉にこちらを見遣った。再び私はびくっと肩が揺れる。ぐっとクリームパンを握ってしまった。

「……え、いちばんすみません……」

はは、と私は空っぽく笑ってクリームパンに目線を戻した。大丈夫少し握ってしまったけど中のクリームが上部に寄っただけだ。よし。さぁてそろそろ本当にいっただっきまー、

「それクリームパン?」

あれなんか私きっと今日厄日。大口をあけたままぐりっと首をやや90度左に回すと、先程の目力の強いいちばんのり野球部さんが真顔で居た。リストバンドをした手にはでっかいおにぎりとパックの牛乳。そのおにぎり、でかすぎませんか。訊きたかったけど、それはクリームパンを口に迎え入れたいが為に出ていた唾液と一緒に飲み込んだ。ごっくん。

「クリームパン、ですけど。」
「その他のパンもクリームパン?」

いちばんのり野球部さんがびっと指さした先の、私の行儀悪い右足の前にほっぽられた残り2つのパン。私は視線を彼に戻す。

「……1個は、違う、ます。じゃない違います」
「じゃあ1個はクリームパンなんだな!お前クリームパン好きだなー!2個もおんなじじゃん!」
「え、あーこのクリーム、パンは、中身がいっぱい、だから。」
「やっぱ腹減るよな!お前陸上部だろ?」
「え」

ぎゅ。クリームパンをまた握ってしまった。いちばんのり野球部さんはニッと笑う。やたら笑顔が似合う人だった。

「なんでですか」
「ん。それ」
「……あぁ。」

練習着。陸上部専用の、目の粗い素材で下着が透けまくるからインナーとしてキャミソールをわざわざ着ないといけない(面倒な日はもうキャミソール着ない。)Tシャツ。なるほろ。うん、と頷いて、私の練習着を指さした彼を見上げる。

「うん、私陸上部です。」
「俺、野球部!」
「うん、そのユニホーム見たらわかります」
「んーさっきから他人行儀だなぁ、その敬語やめよーぜ!同じ学年だろー?」
「え、あ、そう、なの?」
「ひっでーなぁ!俺9組!お前1組だろ?」
「え。」

ぎゅ。もうクリームは頭のところから出たでしょう見なくてもわかります。

「な、なんで?」
「栄口と巣山と一緒だろ?野球部だからあいつらも」
「あ、はー!なるほろ!」

何がだろう。何が「なるほろ」なんだろうよくわからないけど今の私は、太陽光にやられたのとクリームパンを食べたくて仕方ないのとで変に納得してしまった。なんとなくいちばんのり野球部さんのニッカニカの笑顔にくらくらする。

「うん、私1組。栄口くんの、後ろの席」
「やっぱりな!じゃあ苗字そのクリームパン頂戴!」
「うんわかっ、らないなんで!?」

云った瞬間、いちばんのり野球部さんがブレた。嘘、いちばんのり野球部さんが頭を後ろからはたかれた。誰かに。バシッ。私はまたびっくりした。びくっ。

「さっさと飯にしろ田島!」
「、うわ!のうしんとう!!なんで阿部がぶつんだよー!!」
「いいからお前は戻れ飯食えそれからその牛乳は三橋ンだろーが!!お前のは花井が持ってっから!」
「えっ!あ、悪ィ三橋ー!!」
「お、だ、だい、じょぶ!だよー!」

目まぐるしく事が動いた気がする。このたれ目の人が来てから。どうやらいちばんのり野球部さんは“田島”くんというらしく、田島くんは回れ左をして少し離れた、屋上のドアから入って右の、影になってるところでお昼を食べてる野球部さんたちのところへ走って行った。“三橋”くんというふわふわすすき色の髪をした男の子に牛乳を手渡している。(三橋くんは何故かだいぶ慌てている。)頭に白いタオルを巻いた人が田島くんにパックのオレンジジュースを呆れたような顔で渡していた。(彼が多分“花井”くん。)
ほう、と息をはくと「悪かったな」と云われた。“阿部”くんに。阿部くんはハアとため息をついた。

「いえ、大丈夫です。賑やかですね野球部」
「……騒がしいだけだろ」
「騒がしいけど楽しいでしょう?」
「、まあ。それよりそのクリームパンやばくねーか?」
「……本当にね。」

そう云って私はやっと。やっとクリームパンを一口食べた。おっきい口を開けて、はみ出たクリームもろともこんがり焼かれたパン生地ごと、ぱっくん。もぐもぐ。……ふふふ。

「……美味そうに食うんだな。」
「食べられる物は全部美味しいって友達が云ってたんで。」
「それはすげーな」
「えぇ、凄いでしょう」

なんとなくにっこり、笑ってしまった私は慌てて表情を元に戻す。何笑ってるんだ私。だいぶ陽にやられた模様。とりあえずクリームパンをもぐもぐ。ぱくん。もぐもぐ。ぱくん。繰り返す。我慢した分止まるということを知らないように私はクリームパンを全部たいらげた。ぺろり。口の端についてしまったクリームを舐めて、1リットルペットボトルのお茶を開けて、飲む。ごくごくごっくん。ふはー。顔を上げたとき頭にかぶせてあったタオルのことを思い出して慌てて頭をおさえた。

「美味いですね、暑い中でのお茶って」
「あぁ、俺の存在忘れてなかったんだな」
「すいません腹減ってて」
「別に。じゃあ、午後練も頑張って。苗字さん」

なんとなく、阿部くんはニヤリと笑った。気がする。彼は回れ右をして、その振り返り様に。そしてお茶を持ったままぼんやりしていた私は、返事をすることを忘れる。忘れて、じっと野球部さんの輪を見つめる。頭もおさえたまま。見つめていたけどそれも長くは続かないで、私は2個目のパンにとりかかった。次もクリームパン。いつもは違うパンかおにぎりにとりかかるのだけど、どうしたことか、クリームパン。べりりり、とビニール袋を左右に開ける。手が止まる。校庭を見遣る。そしてまた頭のタオルを手でおさえて顔をあげる。空を見る。

あぁ、今日も空が美味しそうだ。




何かが始まる気がする。


終。
おお振りやっちまったぜ……。
気付いたら田島さんが喋りまくってた。
(2010.8.12)


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