雨垂れよ 音が聴こえる。
何が哀しいの そんなにぼたぼた、と
嫌なことでもあったのならば
話くらいは訊いてあげよう

あたたかさが欲しいなら手をつないであげる
声が訊きたいなら本を読んであげる



…………



「――――1曲1本てどうですか」
「……まだ未成年が堂々と何云ってんの」
「チッ」
「舌打ち禁止」

そう、笹塚さんは云ってあたしの頭をぐしゃりと撫でた。いつものこと。あたしは未成年で、この人は30代。31、だっけ。まあいいや。あたしはこの人の苗字と職業しか知らない。彼はあたしのことは女子高生ということしか知らない。それで充分。
あたしは彼の手を乱暴に払って、距離を取る。後ろ脚で3歩。ローファーのかかとがパタパタと鳴った。ここは大きな公園で、池があって、そこを渡れるようにアーチ状の小さな橋がある。橋は木の板で出来ているからローファーのかかとが鳴ったのだ。パタパタパタ。

「嘘だよ笹塚さん。あたしまだ煙草の経験はないよ」
「うん、あったら困るよ」
「困る?困るの?」
「困るね。すげえ困る」
「ふーん。それも嘘だよ」
「……なんで。」

笹塚さんが云ったことなのに、あたしが嘘だと云う。笹塚さんはそんな嘘をつくような偽善者ではないことくらい何となく知っていた。でもあたしは彼と距離を取る。もう2歩。パタパタ。アーチ状の橋のふもとまで来てしまった。笹塚さんはまだ橋の真ん中。少し遠い。
公園の背の高い木々が、昼過ぎの太陽の光を程良く遮断して、木漏れ日。ゆらゆらしてる。ぬるま湯に全身浸かっている感覚。ああ少し眠たい。急にぼんやりした意識に地に脚がついてるのか心配になったことで、左手でカーディガンの裾をぎゅっと握った。

「笹塚さんはあたしのことをそんなに考えていないから」
「…………返答に困る云い方だな」
「御免ね。でもそうだからさぁ」
「俺だいぶ信用ないね」
「信用?あるよ」
「…………」
「誰よりもあるよ?」

ふふ、と笑ってしまった。右手を口元に持っていく。きっと彼から見たらあたしは楽しそうに見えてる。実際楽しかったのだからこれこそ嘘ではない。
風が、ふいた。バザバサと頭上の枝葉同士の擦れる音が五月蝿い。枝葉が揺れたのに従って、木漏れ日も形を変えた。不思議な視界。何だか誰かに違う世界に連れて来られたかのような気分になった。不意に笹塚さんに眼を向けたら、彼に当たる木漏れ日も形を世話しなく変わっていて面白かった。今だから、面白い。今だから。

「笹塚さん、まだら模様」
「君もね」
「じゃあお揃いだね」
「……奇妙なもんを揃えたな」
「良いじゃん。綺麗だし」
「まぁ、そーね。」

また強い風がふいたとき、少しだけうつ向いた笹塚さんが笑ったように見えた。笹塚さんはたぶん、木みたいな人なんだと思って、また笑ってしまった。

「ねぇ、今度はいつ此処に来て歌うの」
「ん?あーあたしいつも此処に来るわけじゃあないからなぁ」
「あ、そう。じゃあまた逢えたらその時はよろしく」
「良いね、偶然に任せる感じ?でも知ってる?偶然なんてこの世にはないんだよ」
「へえ。じゃあ何ならあるんだ?」
「ふふ。それはね、」




あるのは必然だけ。


昔読んだ絵本で、云っていたの。
だからきっとまた逢えるよ。



終。
不完全燃焼甚だしい。
(09.10.11)

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