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「なにしてんの」
「充電です」
「……なに、充電式だったんだ」
「えぇ。ご存知ではなかったですか」
「知らねーよ普通」
笹塚さんはそこで「ハァ」とため息をついた。倖せ逃げますよ。なんて云いはしないけど。顔を上げた。後頭部に笹塚さんの首の後ろが当たる。何だかやたらとフィットした。落ち着く。
「……君の背中にはプラグかなんか付いてんの?」
「まぁ、そんなところですか」
「で、俺はコンセント?」
「まぁ、そんなところですね」
「……ふーん。」
「……興味無いのなら訊かないでください」
「興味無いわけじゃねーけど」
「…………」
笹塚さんも顔を上げたらしい。私の頭のてっぺんの後ろらへんに笹塚さんの後頭部が当たった。こつり。頭蓋骨同士がお互いに存在を主張したような感覚。少し重たく感じるのは相手が力を入れてるからなのか。そもそも人の頭は予想外に重たいものだ。
背中合わせで座ってる椅子は固くて、短すぎる背もたれは向こう側に座ってる人が寄りかかろうとすればこちらと確実にぶつかる。逆もまた然り。とても休憩なんて出来ない。なのに近場には此処しか喫煙エリアはないのだからはじめから選択肢はそんなに無い。わざわざ警視庁の入口まで行きたくないのが素直な私の気持ち。でもニコチンを摂取する気分でもなくなってしまったから、だから私は笹塚さんでヒットポイントを回復させる術を思いついたのだった、なぁんて。
「(ただ単に、笹塚さんにくっつきたかった、なんてのは、ねぇ)」
柄じゃないのさ。云えない云えないとんでもない。というかさっき背中がぶつかるから休憩なんて出来ないとか云ったくせに。まるで笹塚さんなら良い、みたい、だ。ふふ、と思わず笑ってしまったらやっぱり背中は触れあっているわけだから笑ったときの振動が相手に伝わるわけで「なに笑ってんの」と訊かれてしまった。「なんでもないです」またくつくつ笑ったら「あ、そう」と彼はどうやら煙草の火を備え付けの灰皿でもみ消した。じゃり、と後ろで音がする。背中合わせだから勿論見えないけれど、音で察せる。ああ、喫煙エリアの天井はすすっぽい、な。しばしぼんやり眺めていたけど、おや、と思う。少し向こうへかけていた体重を自分に戻したら、向こうから体重をかけてきた。おやおや。思わず口から声がこぼれた。
「笹塚さん、戻られないんですか?」
もう此処に用はないでしょうに。わざわざ尋ねることでもなかったのについこぼれてしまった。今の私の顔はぽかんとしているだろう。でも相手には見えないから気にしてない。声でバレる、だろうか。バレたところで、何もまずいことはないのだけど。でもバレたくはないかもしれない。(ああ、さっきからずっと矛盾してる。)笹塚さんは、何だかちょっと危険だ。持ってかれる。持って行かれてしまう。何かを。思考を。意識を。気持ち、を。本人にそんなつもりは無くても。ふふ。また笑ってしまった。今は笑うところではなかったのに。ああ、馬鹿にしてるって思われてしまったかもしれない。ああ、しまった。ああ、どうしよう。体重をかけられた私の背中はまあるくなる。顔はもう下げたから私の後頭部は笹塚さんの首の後ろには付いてない。ああ、喫煙エリアの床もすすっぽい、な。左脚を無意味に浮かした。ゆらゆら、少し揺らして何か喋らなきゃ、と思って出た言葉は焦りすぎた結果である。
「さっきの、プラグとコンセントって外見的には逆……やっぱなんでもないです」
下ネタに走るのはやめとけば良かった。更に私の背中はまああああるくなった。もうやだ。帰りたい情報犯罪課に帰りたい筐口助けろ!ちょっと泣きそうになった瞬間、後ろから更に体重がかけられて「うっ、!?」という詰まったような声が出てしまった。まるで錆び付いたネジのような動きで首だけ振り返れば、そこには、秋と冬の間のような色の後頭部が。秋と冬の間のような色、の髪、後頭部。その後頭部が喋る。
「女の子がそーゆうこと云うもんじゃないよ」
「……わかりましたかやっぱり」
「まぁ、ね」
「……笹塚さんのえろ」
「……もういっぺん云ってみな。その発言通りになってやろうか」
「すみませんでした」
即座に謝ったけど、そんな笹塚さん想像出来ないちょっと見てみたい、と思ったことは全世界に秘密である。そうしてまた笑いそうになったとき、ふと背中が久々に軽くなって少し後ろに躰が傾いてしまった。「っお。」変な声が出て、両手を短すぎる背もたれに付いて躰を支えようとしてうまくいかずにそこに背中の下の方を地味にぶつけてしまった。あいたたた。地味に痛い。腎臓に悪いことをした。背中の下の方を後ろ手に手の甲でさすっていたらカタンと、後ろから音がした。今度は錆びていないネジのような動きで首だけ振り返る。笹塚さんがゆっくり立ち上がった。ああ、一課に戻る、のだ。さっきはわざわざ尋ねた癖にいざとなったら。
「……戻っちゃうんですか?」
わ、私は女子か!いや女だけどさ!自分の女子加減に吹きそうになった。笹塚さんに向けていた顔を元に戻して直ぐ様謝罪する。今日は口が良く滑る。私のネジが錆び付いていたからって、油をさしすぎた。
「すみません忘れてください」
「……少し物事を考えてから喋った方が良いよ」
「はい、すみません」
本日いちばんの背中のまるさを表現したら、さっきまで背後に居た筈の笹塚さんの靴の先が視界に入って、顔を上げたら頭にずしり、と重み。――――笹塚さんの手が乗っていた。
「他のやつらの前では、な。特に笛吹」
あいつカルシウム不足だから、いろんな意味で。
そう云って、ぐしゃぐしゃと私の髪を荒らしたあと「じゃ。」とのろのろ去って行く笹塚さんの背中を眺めて、またぽかんとした顔をした。ぐしゃぐしゃな部分の髪を押さえる。髪は押さえたらおさまるけど、おさまらない。
「(他のやつらの前では、って、笹塚さんの前では大丈夫ってことですか)」
おさまらない、心臓の暴走。
充電完了。
終。
自分の前では素で良い。出来ればそれは自分の前であって欲しい。ってそこそこ思ってる笹塚さん。しかしこのプラグとコンセント本当すみませんでした。
(09.7.1)