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彼女は冬のような人である。この猛者の集団、武装警察真選組の隊士の中で唯一の女性である彼女は、紅一点であることに臆することなく屯所内で事務をこなしている。しかしながら、日頃何を思い考え職務を果たしているのか皆目見当もつかなかった。要するに、読めないのである。読めないのは俺の頭の中身がからっぽだからではない、筈。恐らく屯所内の野郎共も口を揃えて俺と同じことを云うだろう。あのマヨネーズ野郎も、もしかしたらあのゴリラ局長も。……おっと、例外が一人だけ。あの地味ミントンは違うらしい。何故かミントン山崎は彼女と良く話しているのを見かける。屯所内ではえらく浮いてる絵面だったからやけに覚えている。何故って、まぁそれは追い追いわかっていくことだからここは良いじゃねーですかィ。このかたっくるしい喋り方も疲れてきやした。何、「である」とかマジでウケんですが。俺にはそんなん似合わねーですぜ。あーやめたやめた。だいたい何で俺があの女についてこんなに思考を巡らせるようなことしなきゃなんねーんです。ムッツリ土方じゃねーんですからこんな心中で色々語らせるのはやめてくだせェ虫酸が走る土方と同じとか。あ
ーあ、疲れた。疲れたので寝ます。そんじゃ。
だいたいこんな感じで俺はいつも通り、屯所の縁側で躰を横にして寝始めた。こんなあったかい陽射しの中寝るなと云う方が馬鹿げている気がする。縁側も良い塩梅にあったまってるもんだからいけねぇや。しっかしまぁ床板の温度は良いのだけれど躰の良い位置がなかなか決まらない。10秒と経たずに寝返りを打っていたらだんだん苛つきが生まれてアイマスクの下の眉間に見事に皺が寄る。最後には大の字で仰向けになった。此処は原っぱかというくらい、大の字。右手を投げ出すようにしたら勢い良く床板にぶつけて痛かった。なんですかィ、痛ぇじゃねーか。床板の分際で。そんな風に心中で毒づいても誰も返事はしないのだけれど、その筈なんだけど。
「沖田隊長」
返事ではなく呼びかけがあった。俺の右手近くの床板が少しだけ鳴く。キシ、くらいの軽い音。この猛者ばっか男ばっかの屯所で、こんな高い床板の音を鳴らすのはそろりと近づいたのは良いがヘマをした監察方か、もしくは。
「なんでィ、苗字」
こいつしか、居ないだろ。アイマスクを外さなくてもわかる。その高くも低くもない声と、俺を見おろしているだろうその視線の気配。それは紛れもなく、冬のような女・苗字名前で、ある。……とか云ってみる。俺は返事をしながらもアイマスクは外さない。躰も起こさない。でも気だけはそいつに向けた。そんな俺に対して苗字は淡々と報告する。
「先ほど土方副長から沖田隊長へ集合の命令がありました。」
俺は少し間をあけてから、ため息をついた。出来るだけ深いため息を。心底呆れたように。
「……はぁあ。で?」
「ただちに土方副長の元へ向かってください」
「見てわかんねーのかィ。今俺すっげー忙しいんで。無理」
我ながら滅茶苦茶なことを云ってるのはわかる。でもこのままこいつの云うままに土方の元に向かうのは、嫌だった。嫌だったというか、なんとなく癪だった。すれば苗字はまた淡々と口を開く。声のトーンもきっと表情もなにも変えずに。
「ではそのように土方副長にはお伝えしますので。失礼しました」
またキシ、と床板を鳴らして苗字は今来た道を戻って行く。彼女が数歩俺から離れた頃になってやっとアイマスクの下から左手の親指を入れてグイと上に上げた。右手方向を見れば、苗字の後ろ姿には人を寄せ付けない空気が見えた。こいつはそういう人。冬みたいな女。屯所内の山崎と近藤さん以外の野郎共はみんなそう思っている。(近藤さんは読めないやつだけど人を寄せ付けないわけではないとか何とか云ってたようなそんな。何処まで人を信じるお人なんだ。)
眼を少し細めて、それからまたアイマスクをさっきの位置まで戻して、ごろりと苗字が去った方に背を向けて俺は今度こそ眠りについた。躰の位置はすんなり決まった。
冬のような女。
(その時視た夢は後悔する夢だった)
終?
(09.4.9)