デスクチェアの上で膝を抱えた。そうしてぼんやり物思いにふける。膝を抱える為にクロスした腕の上に鼻をのせる。ふがふが、少し苦しいけど今はどうでも良かったのです。そうしてから眉間に皺を寄せる。私の表情はきっと険しい。眼の前のデスクにはPCとキーボード、マウス、ミルクティーの入ったタンブラー。その他諸々。私の快適空間。此処にこう準備万端で居るときの私は、邪魔はしないで。そういつも気を張っているように見えるらしい。そんなつもりは毛頭無かったわけだけど、今の私は本当まさしくそう見えるんだろう。そう思っていたら声をかけられた。

「名前さん、気が散るんだけどそのかもしだしてる空気」
「……今はほっといて筐口」
「迷惑。此処俺も今日の夜番の人も居るんだからさ。」

はぁ、とため息がきこえる。筐口のものだった。見なくてもわかる。何故君にため息つかれなきゃいけないんだ。そう思ったけど顔にも口にも出さなかった。口に出した後の彼への対応が面倒だったのです。私は椅子の上に乗せていた足を床へと下ろして筐口を見る。器用にもパンプスをそのまま履きながら。

「そうだね。御免なさい」
「…………」
「……じゃあ、私仕事しますんで」

どうぞ自分のデスクに戻ってくださいな。という意味も含めて云ってみた。大変今日の私は気が立っている。どうしたんだ、なんて自分のことだからわかってる。わからないときもあるけど今日のはなかなか明白である。私も女なんだと、思う理由。
真っ赤なタンブラーに手を伸ばした。それと同時に夜番だと云われてた人がそそくさと情報犯罪課から出ていく。私のせいかもしれない、私の威圧感に耐えられなかったのかもしれない。御免なさいね。そう心で呟いて今度こそ真っ赤なタンブラーを右手で掴んだ。デスクに両肘をついて両手でタンブラーを包んで持って、すする。甘くも苦くもないミルクティー。少し唇がべとつく。なんだか今の私の体内みたいで少し哀しかった。リップを塗ったあと唇全体に行き届くようにする動作を今やった。別にべとつきを行き届かせたかったわけじゃないけれど。そう思った瞬間、真っ赤なタンブラーがするりと両手から抜けた。落ちてはいない。上へと抜かれた。犯人は、わかっていた。

「なあに、筐口。用でも有りますか」
「……無いけど」
「(、このやろう)」

私の片眉は見事にぴくりと動いた。きっと筐口にも見えた筈。なのに彼は私のデスクの真横で真っ赤なタンブラーを余裕綽綽とでも云わんばかりに、上の回せば外れる部分を右手5本の指でまるで手の大きい人が片手でバスケットボールを持っているような感覚で持っている。いやがる。しかし彼の表情はその余裕綽綽感は、無かった。皆無。変わって彼はあまりそんな表情をしたことが、ないのではなかろうか?知らないけれど、訊く話訊く話そうとしか思えなかった。失礼な話ではありますが、ええ、だって貴方、そんな、

「筐口、」
「名前さんさ、その表情、やめなよ」

そんな表情したことないだろ、
そう云われて、肺の上を喰われたような感覚に襲われた。ひゅ、と息を吸うけど充分じゃない。何きみは私の何を知っているというのです。きみは男の子で19歳らしいじゃないですか、知っていますか、女の方がとても現実的で自立しているということを。御存じですか、女は強いってことを。これしきのことでは、そうだよこれっぽっちのことで私は、

「我慢とか、やめたら?」
「は、なに云ってんの」
「……笑えないよそんなの」
「なにが」
「……その顔。我慢してます、みたいなのが俺にまるわかりとか笑えないっての」
「……嘘だよ。君嘘ついてる」
「…………」
「だいたい、なんで私が我慢とかしなきゃなんないの。何なの。理由は」
「そういう文句はちゃんと相手見ながら云えば?うつ向いたまんまの文句なんて、」

効果無いから。
そう云って筐口は私の腕を掴んだ。掴んで思いきり引っ張る。引っ張られた。勢いそのまま歩き出す。彼はまだ私のタンブラーを持っている。待って、何処に行くの。訊こうとしたら悟られたかのように腕を掴まれる力が増した。思わず掴まれた箇所をぼんやり眺めた。華奢な少年の癖に、そういう力は強いらしい。生意気だ。そんな風に少し苛ついたら急に彼は近場のドアを思いきり開けるとズカズカとその中に入って行く。そこは何処からどう見ても男性用のトイレだった。私はギョッとして掴まれた腕を自らの方へと力いっぱい引っ張った。すれば筐口はこちらに振り返る。彼のバックにある男性用の白い便器が嫌でも眼に入る。視線を床のタイルに移した。

「……ここ、何処だかわかってんの」
「男子トイレ」
「…………あんた何したいの。私を馬鹿にしてんの。だいたいトイレに私の飲み物持ってくるとか本当馬鹿にしてんでしょいい加減にしてよ本当怒るよ」
「あ、御免、これは本当に気付かなかったんだけど」

私が捲し立てたって彼はひるんだりしないのはわかってる。だからこうやって睨みあげたって掴まれた腕に力入れたって少し引いてみたって無意味なんだって、知ってる。知ってるからってやらないわけじゃない無意味だからって諦めたりしない諦めたりしないけど、さ。諦めきれないこととかありますでしょうあんた19の男だからってそれくらいわかってるわけだそうなんだ、だからそうやって腕離して頭撫でたりするんだ、逃げないとでも思ったわけ、だからそうやってゆっくり抱き寄せたりするわけ、考えなさいよ此処何処だと思ってんの、馬鹿じゃないの馬鹿じゃない馬鹿なんでしょうそうなんでしょうそう云ってよ。馬鹿じゃないの、って、私に云ってよ。ぐちゃぐちゃする。全部が混ざる。思考も視界も気持ちも嫌悪も思惑も全部が混ざる。混沌としたって私からは何も生まれやしないのに。

私が泣き出して、筐口の新芽色の服を皺になるくらい掴んで、額を彼の鎖骨の下に押し付けて気持ち的にすがりついたのはすぐのこと。良く考えたらこの男性用のトイレは庁内のはずれだからあまり使われない場所だった。筐口は私のタンブラーを持った方の腕を首の後ろに回して少し体重をかけた。適度な重たさに、安心した。ことはまだ云わない。




その言葉をください。



終。
若干荒れてる女性。荒れてる理由は読んで下さった方が思った理由で大丈夫ですが私的には恋人さんに浮気されてサヨナラしたとかそんな……。筐口さんは結構うちではやたらと気が利く人。
(09.4.23)

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