■秋の帰り道
学校からの帰り道。
部活を終えた俺は、いつもの様に家へと続く道を真琴と歩いていた。歩道の脇にある田んぼの稲穂は色づき、収穫を待つばかりで、重たそうに穂先を垂らす。
真っ直ぐ行った先は、海岸だ。
風が吹いて、頬を撫でていく。ほのかに漂う潮の匂い。
海が見えたところで、海岸線に沿って整備されたコンクリ―ト製の道を二人で進む。水平線に沈み行く太陽が、水面を照らしていて、真夏の様なギラギラしとした眩しさではなく、穏やかに波を揺らし輝いてている。綺麗だなと思う。
もうすぐ日が暮れる。
「ハル」
いつのまに歩き遅れていたのだろうか。
一歩先を歩いていた真琴がこちらを向いて、手を差し伸べていた。
…そんな風に手を差し伸べられても、応じられる訳ないのに…
「誰かに見られたら…」
「大丈夫だよ。もう薄暗くなってきてるし、誰もいないから」
「…」
―いまいちの警戒心の薄い真琴が心底羨ましい…誰かに見られでもしたら…
俺は無言のまま、顔を背ける様に横を向いた。
二人の関係が変わって…単なる幼馴染みだった俺たちは友達以上の関係、つまりは恋人の関係になった。それが、ついこの前の夏休みの出来事だ。
けれど、俺はまだその事を、自分自身で受け入れられていない様な気がしていた。どういう風に真琴に接していいのか、しばしばわからなくなる。
そもそも、人と付き合うということは、どういうことなのか?
何が友達で何が恋人なのか?
どこまでが友達でどこからが恋人なのか??
恋人として、恋人に、何をすればいいのか…
…自分なりの答えが、見つかっていなかった。
その点、真琴の適応能力の高さと言ったら…ごく自然に何の躊躇いもなくスキンシップを求めてくるあたり、慣れていると言うか何というか。
真琴の迷いのない真っ直ぐさが、時に羨ましくなる。
俺はまだ…そんな風にはできない…。
真琴の横脇をすり抜ける様に、早足に追い越した。
「あ!ちょ…!ハル、待ってよ!」
真琴の声が背後から聞こえる。
バタバタと俺を追いかけてくる。
…俺と真琴が小さかった時は、こんな風に真琴の前を歩くのは大抵俺で、その後ろを追いかける様に、真琴がくっついて来ることばかりだった。
真琴の手を引くのは俺で、俺が真琴の前を歩いていた。
いつから、俺の前を真琴が歩くことが多くなっていったのだろう。
真琴が臆病で怖がりなのは今も変わらない。
けど、真琴は真琴なりにいつの間にか進歩していて、一方の俺は、どうなのだろうか?
季節がいつのまにか移ろい行く様に、俺も変わっていくのだろうか?
暫く歩いてから足を止めると、俺は後ろを振り返って言った。
「ほら…真琴」
真琴を見つめて手を差し出す。これが今の俺にできる精一杯の表現だ。
「へ…え…?!」
真琴は目を大きく開いて驚いた表情をして、気の抜けた声を出していた。
「…ほら…早く…!」
俺はぼんやりとその場で突っ立っている真琴の手をグイッと掴んだ。
―コイツは本当に察しが悪い…
強引に掴むように握った真琴の手。ゴツゴツと骨っぽい、自分よりも大きな手から、温もりが流れ込む様に伝わってきた。
「…行くぞ…」
手を引いて、歩き出した。
歩き出してから、俺は少しだけ自分の言動を後悔していた…。
この状況も、こうなるに至った自分の思考回路も、何だか青すぎて恥ずかしかった。
ただひたすらに早く家に着けばいい…そればかり頭の中で考えていると、真琴が俺を呼んだ。
「ハ…ハル」
おずおずと遠慮した様子だ。まだ何か言いたいことがあるのだろうか。
「…何だ…?」
「ハル…あの…お願い…
もぅちょっと…
…ちょっとだけ、ゆっくり歩いて」
横を歩く真琴をチラッと横目で見て、俺はぶっきらぼうに言った。
「…何で??」
「…もぅ…ハル…察してよ!」
真琴が小さくため息をついた姿を見て、俺はムッとしていた。
「だって俺…ハルと…ちょっとでも長くこうしてたいから…」
「…」
真琴の言葉に、顔がカッと熱くなる。
俺はその場で立ち止まった。
察しが悪いと言われてムッとしたり、甘えた言葉 ―と言っても真琴は特に深い意図なく言っているに違いないだろうけど― に翻弄されて熱くなったりと、人を好きになるというのは本当に忙しい…
「…お前と一緒に帰ると、なかなか…家に着かないだろ…!」
そう言ってから、真琴の方を向くと、目の前に真琴の顔が迫っていて…
唇が触れた。
「…ハル…大好き」
唇が離れると同時に真琴が言って、にこりと笑った。
ハの字眉を下げ緑の瞳を細める様にして、こちらをじっと見ている。俺は真琴の視線を受け止めるのが精一杯で、何も言葉を返せなかった。
無言のまま、踵を返して俺はまた歩き出した。
歩くスピ―ドは、少しだけ緩めた。
さっきからずっと繋ぎっぱなしの手が熱い。
海からの秋風は、のぼせた頭を冷やすのにちょうど良かった。
< end >
*戸惑うはるちゃんと、なんとなく人慣れしている真琴ですw
この二人はまだ触りっこまでで最後までやってないんで…
二人の恋路はじわじわと進めていきたいなと考えてます。
本編
「恋せよ!男子中学生」は現在「とらのあな」様で委託中です。
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