■まこはる日和:こたつ
季節は秋を過ぎ、冬の気配を感じ始めつつある休日の昼下がり。
「ハル、いよいよ本格的に寒くなっきたね。」
浅い太陽の光に照らされた窓の外を見つめながら真琴が言った。
徒歩1分以内の幼馴染みの家。庭先の木々は常緑樹で紅葉はしないものの、冷たい風に晒されてどこかもの寂し気にも見える。
「ハル、今日さぁ、コタツ出そうよ?」
「…うーん…そうだな…」
もうそんな季節がやってきたかと思う。真琴の質問に即答はできなかった。毎年コタツを出すのは少し勇気がいる。
だってコタツは間違いなく生活を堕落させる。
わかっているのに、けれど毎年そのわかりきった誘惑に結局負けてコタツは出され、いつもの場所を占領していくのだ。
冬の水泳部員のモチベーション維持は、なんとなく難しい。
「ねぇ ハル…」
真琴が甘い口調でおねだりする様に言う。
「うーん…」
ーコタツを出したら外に出れなくなって、
動くのがイヤになって、
終いには何もかもが面倒になって…ー
たまにしっかりしてそうとか、几帳面そうなど言われることもあるけど、それは俺と言う人間をよく知らないだけだ。
俺は人が思ってる以上に、いい加減だし、流されやすいし…すぐに楽な道を選んでしまう。
こんな意志薄弱な自分は、己と向き合う必要のある個人競技の競泳に、つくづく向いていないとさえ思う。
「ね?ハル…。
俺、いろいろちゃんとするから…ね?」
「…う…ん…。わかった…」
こういう時の真琴は本当に押しが強い…。
俺が迷っている時、俺を導いてくれるのはいつも真琴だった。けど、案外自分の都合のいい方へそれとなく俺を誘導するのもやはり真琴の様に思えてならない。
人を優先してばかりの様に見えて、実は自分がやりたようにやっているだけなんじゃ?…なんて性格が悪い俺は思ってしまう。
そんなことを考えながら、押入れから敷物やら布団を運び出す。男子2人の手で取りかかれば、セッティングはあっと言う間だった。
さっそく2人でコタツの中に体を潜り込ませる。
「はぁー…あったかいね…」
でかい図体をコタツに埋めて、まるでおじいちゃんのように真琴がしみじみと言う。
それからニコニコしながら俺の方を見つめてきた。視線に気づいて俺は言う。
「…何だ?」
「コタツで食べるものと言えばみかん!
ハルちゃん…みかん食べる?」
「…真琴…ちゃん…付けで呼ぶな」
ギロっと真琴を睨んでから、俺はみかんを受け取るために、もそもそとコタツ布団から腕を延ばした。
さっきまでコタツの中にあった袖の隙間から、ひんやりと外気が入り込む。
「ごめんね。はい、どーぞ」
謝りは言葉だけで、全く悪びれた様子なく、
ふふっと笑って真琴が目を細める。
「…あり…がと…」
みかんを受け取る。
その瞬間に、指先がわずかに触れ合う。
トクン…
僅かに脈が乱れるのを感じる。
ー俺は恋をしている…ー
こんな些細な触れ合いでさえ、敏感に反応を示すぐらいには…
真琴と目が合って、とっさに目を逸らしてしまった。
何もやましいことはないのに…
なんで俺がこんな…こんな自分にちょっとだけイライラする…
気持ちを紛らわせる様にみかんに親指を食い込ませて、大急ぎで皮をむいて、一房口に放り込んだ。横顔に真琴の視線を感じる。
「…真琴…何でこっち見てるんだ?」
視線が気になって仕方ない…
そのせいか、さっき口に放り込んだみかんの味を薄く感じられる。
「ん?…いや…なんでもないよ。
こたつ、あったかいなぁーと思って」
「…うん…」
「みかん美味しいなぁーって思って」
「…うん…」
手元のみかんの房から目線を外して顔を上げると、机越しにあった真琴の顔が目の前にあった。
唇を重ねるだけのキス…
伝わってくるのは、真琴の体温と甘酸っぱいみかん味…
「ハル…みかん好き?」
「…好き…」
「ハル…好き…」
「……うん…好き……」
まるでオウム返しな言葉しか返せない自分がバカになってしまった様に感じる。
きっとコタツのせいだ。コタツが悪い。
コタツのぬくもりが、俺の脳を溶かしているに違いない…
ーだからコタツを出すのはイヤなんだー
コタツの中。
人を堕落させるぬくもりは確信犯。
みかんの酸味。
恋の味。
---
冬のうだうだまこはるでした。
こたつは悪魔…でも大好き!
[ 24/34 ]
[*prev] [next#]
[小説置き場に戻る]
[しおりを挟む]