■男子高校生の秋の夜長
秋の夜。
三日月の明かりが世間をぼんやり淡く照らしている。
凛と似鳥は夕ご飯とお風呂を済ませて自室に戻った。勉学に部活にと忙しく過ごす毎日の中で、消灯までのこの時間は貴重な自由のひと時だ。
凛は自分の場所ー二段ベッドの下の段ーでイヤホン越しに曲を聴きながら雑誌をぱらぱらと眺めていた。似鳥はその横辺りの地べたに座ってベッドにもたれかけ、クラスメイトに貸してもらったマンガを読んでいた。
「リンセンパイ、リンセンパイ」
似鳥が凛を呼ぶ。
凛は似鳥の声に気づかなかったのか、ベッドにうつ伏せに寝そべったままだった。
「センパイ!」
何度か呼びかけたところで、凛はやっとイヤホンを外した。
「…何?」
似鳥をチラっと見てから、凛が気だるそうに返事をした。
「ごめんなさい、センパイ…」
「謝るなら呼ぶなよ。どうした?」
「…や…ほんと大した話じゃないんですけど…」
凛の目力に圧されて、語尾がどんどん小さくなっていった。
「何?」
「あの…虫の…鳴く音がしてて。
それリンセンパイに知らせたくって…」
「…ん…?虫の鳴く音…?」
…
ー虫の音…オーストラリアではうるせぇって雑音扱いされてたっけ…ー
ぼんやりとそんなことを思い出していた。
二人が耳を澄ませる…
確かに遠くでかすかに虫たちが鳴く音が聞こえた。
リーン…リーン…
リンリンリン…
「…虫たちが、センパイのこと呼んでるみたいですよね」
似鳥は凛の顔を見ながらニッコリと笑った。
屈託のない真っ直ぐな笑顔。
「…ほんと…だな…」
凛もふふっと笑った。ゆるんだ口元からギザギザの歯がちらっと覗いた。その顔を見た似鳥は、いても立ってもいられなくなって、凛のベッドに飛びこんで、凛の背中に勢いよく抱きついた。
考えるより先に体が動いていた…
「センパイ…かわいいっ!」
「わっ! お前、なに急に…!」
ズッシリと背中に似鳥がのし掛かる。
凛が似鳥を押し退けようと体を起こし後ろを振り向こうとすると、似鳥と目が合った。
似鳥が目を細めて凛を見つめる。
長い前髪の下には眉間にシワを寄せた瞳が見えたけど、それが本気で怒っているわけじゃないということは十分に伝わってくる。
「センパイ、最近よく笑う様になりましたよね」
「…なんだよ…いいじゃねーか…別に…」
「全然いいです。
怒ってるセンパイよりもよっぽど…」
さらに似鳥が言葉を重ねる。
「…まぁ怒ってる顔も…僕はかわいいと思ってますけどね」
「はぁぁ?…かわいいとか…言うな…」
凛はぷいっと顔を背けた。
…愛しさばかりがこみ上げる。
本当にセンパイが好きで仕方ない。
トクンと心臓が脈打つ。
「リン…センパイ…」
似鳥は背中に抱きついたまま、そっと腕を伸ばして凛の手の甲に触れてから、その上に自分の手を重ねた。骨ばっているけど長くて綺麗な指に、交互に指を絡めてギュッと握りしめる。
合わさった部分から、触れ合った場所から、熱が流れこむ。
ーこんなに近くで一緒にいても足りないって思う僕は、たぶんとっくに狂ってる…ー
果てのない欲望は切なすぎて痛いけれど甘くて…
焼きつくようなこの痛みは、流れ込んだ熱で溶かされて無事に昇華していくのだろうか…
似鳥は首をもたげて、凛のこめかみに触れるだけのキスをした。それから熱っぽく甘ったるい声でささやく。
「好きです…」
凛がピクッと体を震わせる。
重ねた手にぎゅっと力が入るのを感じた。
チラっと見えた凛の耳は赤っかで、頬もピンクに染まっている。
「…ア…イ……」
名前を呼ばれる。ただそれだけのことで、理性はどこかへ飛んで行った。似鳥は切羽詰まった様子で凛の顔を自分の方に向けさせて唇を重ねた。
「あっ…う…んっ…」
酸素が足りなくなって頭がクラクラするほど深くて長いキスをした。
まだ足りない。
「っ…んっ…」
月明かりが照らすのは、
秋の夜長を鳴き通す恋人たち。
リンリンと。
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うちの庭先でもリンリン大合唱してた(^-^)
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