■夜の闇
ザーザーという激しい雨の音に混じって、ガタガタと何かが揺れる音がする。
時折グオォーっとまるで誰かが唸るような風が吹く。
真っ暗な闇の中でまるで何かがうごめいているようだ
俺は今、ハルの家にいる。
いつものことだけど。
ただいつもと違っているのは
今が嵐の真っ只中ということ。
天気予報で大型の台風が近づいているのは知っていた。
夜中から朝方にかけて、俺たちの住む岩鳶町に最接近するという予報は的中し、ドンピシャでそれはやってきた。
ハルは一人暮らし。
高校生男子とはいえ、こんな夜に一人でいるの不安だろうし、第一俺がハルを一人にさせたくなかった。
こんな時こそ、側にいたいって思う。
(でないと、心配すぎで眠れやしない)
もちろん、俺の家に来てもらうという選択肢もあった。
けど、誰もいない家で何か起きてすぐに対処できないのも困るし、のどかな港町といえど、俗に言う火事場泥棒も心配だからと父さんたちに告げて了解をもらって、俺は足早にハルの家に向かったのだった。
(といってもハルの家は徒歩1分以内なのだけど…)
ハルが焼いてくれた鯖の塩焼きと、母さんが持たせてくれたシチューで夕飯を一緒に済ましてから、居間の和室でテレビを見たり本を読んだりダラダラと過ごしている間に、風雨は激しさを増してる様子だった。
早めのお風呂もすませてしまって、ハルの部屋に布団を引いて、でも眠る時間としてはまだ早いわけで、他愛のない話をする。
学校のこと…
水泳部のこと…
テレビやマンガの話…
雨脚はさっきから強くなる一方で、横殴りの雨粒が窓にバチバチと当たる。時折、地響きにも似た風の音がゴウゴウと聞こえる度に、俺は体をこわばらせて、窓の外の暗闇をメガネ越しに見つめるばかりだった。
ガタ…ガタン…ッ!
突然外で大きな音がして、ビクッと体を震わせ、隣に座っていたハルの肩にすがりつく。
「真琴…怖いのか…」
「…うん…ごめんね……」
…心底自分が情けなく思う。
ハルの家に来た時は、意気揚々とハルは俺が守ってあげるとか何とか言っていたわけで…
「…謝らなくていい…」
ハルが淡々と言う。
言葉と表情の影に隠れて、時折チラリと見え隠れするハルのやさしさが好きだ。
「うん…ありがと…でも…ごめんね。
俺、ハルを守ろうって思ってきてるのに。
情けなくってごめんね…」
「…真琴は昔から図体はでかいのに、怖がりだもんな…」
「うん…」
ズバリと言われて、はぁと溜息つく。俺はベッドにもたれ掛かっていた背中を丸め、足を三角形に折り曲げてから膝頭に額を埋めた。
「…真琴は…俺が守ってやる…」
隣に座っていたハルがそう言って俺の髪をくしゃっと撫でて、突然俺の肩をグイと引き寄せた。
驚いてハルの顔を見ると、ハルの顔が目の前にあった。
唇と唇が触れ合うだけのキス…
ハルの青い瞳にメガネ姿の自分が写っているなと思っていたら、パッと目を逸らされてしまった。
突然のことで状況が掴めない俺は、ぱちぱちと数回まばたきをする。
「ハルちゃん…」
「………」
ちゃん付けで呼んだことにムッとした表情を浮かべるハル。
一見無表情そうに見えるけど、実はそうでもない。わかりにくいけど、感情表現はストレートなハル…そんなハルが好きだ。
俺はそっと、そのスラッとした指先に触れる。
「ハルはこーゆうとき、ほんと男前だね」
今度は俺から唇を重ねた。
ハルが薄っすら口を開けてきたから、ハルをもっと感じたくて強く舌を絡ませる。
「…っ…んっ…ふ…ぁ」
ハァと息をついてからハルが言う。
「…お前は、こーゆうときは強気だな…」
「あはは…」
それもそうだと思って笑えた。
ハルの肩に腕を回し、ぎゅっと抱き寄せる。
心が驚くほど穏やかで暖かな安心感に満たされていく。
外は変わらずの嵐で…
闇夜が怖くはないかと聞かれたならば、二人でいれば怖いものなんて何もないと思えてくるぐらいに、ハルは俺に安らぎを与えてくれる。
一人ではない強さと、
一人ではいられなくなる弱さ
ハル、君は嵐の闇を照らす光。
暗闇で迷ったり不安になったときに、いつだって俺を真っ直ぐに照らして導いてくれるんだ。
どうかその光がいつまでも俺に降り注ぎますように…
そう願うのは傲慢かな?
ハルの横顔を見つめる。
「…早く泳ぎたいって顔だね」
「……」
無言でこちらに目を向けるハルの顔を見て、ふふっと顔が緩む。
「台風一過で晴れるといいね」
「…うん…そーだな」
二人して窓の外に目をやる。
心なしか雨が弱まっているように見えた。
明日は天気になりますように…
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先週末の台風の時に書いたお話
ほんとに怖かった(>_<)
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