×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




マキセヨンドは末端冷え性の彼女に甘い



「さっむ……」

常日頃から声が高い人ではない。別に殊更低いというわけでもないのだけれど……それでも特別気になるような独特な声帯を持っているわけでもないのに、今日は朝から唸るブルドッグのような低い声しか出ないらしい。
対する僕の主は、相変わらず生ぬるく笑うだけだ。

「まーね、そらーここ湾岸都市だしねぇ。風もろに直撃するしそりゃ寒い。てーかマキセそろそろ慣れてもいいんじゃないの。もうここに配属されてえーと……」
「まだ二年っすよぺーぺーっすよ、山形出身のマエヤマさんの強靭な肌とは違うんすよ。見てくださいよこの柔肌。うっへえ赤いキモイ寒い無理……」
「もっと厚着してきたら? アバターに制服きせときゃ中の防寒具はなんでもいいって言われてるだろ」
「いやー……そうなんすけど……もっこもこしてると動きにくくてかなわんのですよ……オレほらただでさえ強靭なマエヤマさんに走って追いつかないといけないじゃないですかぁ」
「なにその女子高生みたいな喋り方やめろ」
「現役女子高生なんかもっと未知の言語使ってやがりますよ。せーんぱーい、寒いんでーぇ、休憩しーましょー」
「……南区に入ったらな」

甘い。
そう思っていた僕の思考は、言葉に変換していない筈だ。
それなのに僕の方をちらりと伺ったマエヤマさんは、肩を落として苦笑いをした。

今日も街中に投影される僕のフルアバターは、寒い寒いと煩いし基本何をしていても煩いこの変態造形師(これは性的嗜好ではなく素直に技術的な変態という意味だ)の無駄な技術で、感情のバイタルが微妙に表情に乗っかってしまう。
……回線を切ってもいいのだけれど。折角無駄な技術を盛り込まれたのだから、無下にするのも、と思ったまま結局僕は微妙に表情が変わりやすいアバターを利用し続けている。

「スノくん、出てる出てる。顔に出てる」

ふはは、とマエヤマさんは笑う。腕を擦る姿を見るに、マエヤマさんもおそらくは寒さを感じているのだろう。
本来は何も感じるはずのない僕の肌も、周りの気温を読み取って『寒さ』をリアルに脳みそに叩き込んでくる。……ので、実は朝から気温測定の機能はぶった切っていた。
マエヤマさんの手の温かさをリアルに感じるために、体感温度のセンサーは必要だ。けれど真冬の風吹きすさぶC25の寒さなんてもの、僕の人生には必要はない。

「なんだよスノっち。オレが寒いってことはマエヤマさんも寒いってことですのよスノっち」
「その喋り方やめてくださいシンプルに腹が立ちます。……マエヤマさんはマキセさんに甘い、と思っただけです。別に文句はありません」
「文句じゃーん。てーかこの人は基本誰にでも一定数甘いのよオレだけじゃねーから嫉妬ビームはよそに向けたって。可愛い後輩ポジションはぜってーゆずらねーけど、オレァマエヤマさんの恋人にはならんから安心しやがれよー」
「……絶対?」
「…………んー。いや、正直あと十年どっちもパートナーいなかったら別にパートナー契約だしてもいいかもくらいには……いや嘘ですって。嘘。嘘だからそんな目で見ないで先輩。後輩ジョークですってば」
「怪しいんだよなぁマキセ……いや別に……おまえがゲイだとかは思ってないんだけど……」
「ああ。マキセさん、性別とかどうでもよさそうですもんね」
「うはは。はー……いやー、スノっち、時々グサッとお言葉突き刺してくるからいやぁーねー」

それは言葉がつたないということだろう。僕は確かに、誰かと喋る事に慣れていない。人生の前半はほとんど友人などおらず、ベッドの上で目が覚めてからは会話といえば相手はほとんどギンカだった。
口の悪い親友は、僕がどんなぶっきらぼうな言葉を放り投げてもその口の悪さで叩き落して許してくれる。だから僕は、どの程度の言葉が刃になるのか、まだよくわからない。

手を擦るマキセさんは、白い息を吐いて笑う。

「まーね。オレね。そういや性別ってそんな大事なモンだとも思ってないわーね。別にどっちもウェルカム! って感じじゃねえけど、なんつーかうーん……どっちも別に興味ない? みたいな?」
「……消極的なバイセクシャル……」
「ていうか人間に興味ないだけっしょ。いーのいーの、オレの世界なんてさぁ、人タラシの先輩と人使いの荒い上司様と、そんで生意気な後輩がいりゃあそれで満員なわけよ。……今生意気な後輩って技術科のソラコかなって思っただろスノっち」
「え、はい。……違うんですか?」

シノハラソラコはかなり生意気な部類で、かつマキセさんに懐いている方だと思うが。違うのか? と思った僕の額に、マキセさんの長い指がパチン、と当たる。
デコピンってやつだ、たぶん。僕は、人生で一度も、デコピンというモノをやられたことはないのでこの痛みが正しく指ではじかれた痛みか、怪しいのだけれど、いや。……デコピンだ、たぶん。

「そーゆーとこよホントー。マエヤマさーん、もうちょっとこう……スノっちに自信ってーか自覚ってーか幸せってーか一般人類並みの自己肯定力つけたってくださいよぉー」
「いや……マキセが信頼されていないだけなんじゃ――」
「やめろやめろ。悲しい話はやめろください余計寒くなるー。つかオレとスノっちはマブダチとは言わずともそれなりの仲ですし。めっちゃチェスする仲ですし」
「いえあれは暇つぶしにマキセさんが付き合えと煩くまとわりついてくるからで……そもそも僕の友人はギンカだけ……」
「……あたし?」

聞きなれた声が、急に背後から聞こえて来た。
……よく考えたら『背後から声が聞こえる』という状態もすごいのだけれど。この街のフルアバターの技術は、思いの外こまやかだ。

振り向かずとも、僕の視界は元より広い。
丁度僕たちの後ろに立っていたのは、今日も寒そうな格好の僕の親友だった。

…………いや本当に寒そうだなギンカ。アバターの衣装なんだから、実際の素肌じゃない、ってのは理解しているけれど、ほとんど一張羅のように薄着の衣装を着まわしているギンカは肌の露出が寒々しい。

「あたしの話してたのか? ……悪口じゃないだろうな……」
「セキュリティーガードが寄ってたかって市民の悪口なんか言わないよギンカちゃん。もう講習会終わったの?」
「あ、うん。……はい」

マエヤマさんに向き直って、ギンカは慣れない敬語をどうにか選んだ様子だ。
僕も他人と会話することが得意じゃないが、ギンカだってそこそこだ。何と言っても僕とギンカは、ほとんど二人きりの世界に閉じこもっていたのだ。

バンドウギンカは僕の親友だ。
それはあの病室から出ても、僕がマエヤマさんの家に住居を移しても、セキュリティーガードの仕事を手伝うようになっても、変わらない関係性だ。

ギンカは今、両親の事件の裁判を終えて、一か月の未成年校正プログラムに通っている。……筈だ。
勉強が嫌いすぎて高校すら二日にいっぺんさぼっていたから、きちんと毎日出席していると断言しがたい。僕は運動が苦手だけど、ギンカは勉強が苦手だ。

まあ、それはともかく。

「ギンカたん、服……ッ! いや! 服寒ッ!?」

すっとんきょんな声が響いた。僕の内心をしっかり代弁してくれたのは、血相変えたマキセさんだ。

「え、なに、ふ、ふく……服……? え、え、あ……あ、いや、別に、中は、ちゃんと着てるけど……」
「そーゆー問題っ、じゃないのよわかるかね!? 砂漠のど真ん中にセーターとコートもこもこ着た人間が突っ立ってたらヒエってするっしょ!? それと! 同じだっつの! なにそのへそだしルックうっそだろ寒いが過ぎる!!」
「え、ええ……?」

息継ぎしてるのかなって感じの速さで言葉を連ねるマキセさんに、ギンカは半身のけぞる勢いで引いている、のが見て取れる。
まあでも今回はマキセさんに賛成だ。
寒い。いや、アバターなのはわかるけど、流石に真冬の屋外で生足と腹が出ているのはちょっと、見た目が、うん。僕だって『うわあ』と思う。

そういえば当たり前だけど、ギンカと外で会うことはなかった。
外を歩くギンカの映像を見ない、ということもなかったけど、その当時の僕には感覚器官の連携なんてものはなくて、要するに『寒い』という実感もあまりわかなかった。

いまならわかる。
いやギンカ、その格好はTPOっていうか、冬服として無しだ。

「先輩ちょっとギンカたんの服下地一個買ってください! いま! 今すぐに! 許可! 許可して一刻も早く!」
「え、下地? あー別に……いいけど。いいよねギンカちゃん」
「え、うん、うん? あ、はい。別に、いいけど」

ちなみにギンカの身元保証人は現在マエヤマさんになっている。
身の回りの生活必需品以外の嗜好品の購入は、マエヤマさんの許可が必要となっている筈だった。
ギンカは別に不便ないからいいって言ってたけど。実際本当に不便ななさそうだけど。……僕はできればギンカに、これが窮屈な自由だと文句を言うようになってほしい。

その為に必要なのは、非常に。なんというか、非常に、大変、とても、遺憾というか認めがたいというか、とにかく許しがたいのだが――僕ではなく、今そこで喚いているおかっぱ頭の背の高い男性の強力が必要……いやこの人の興味をまずギンカに向かせることが必要なんじゃないか?

なんて僕がぶつぶつ考えているうちに、C25自慢の変態造形師は無地の服データからサクサクと女性用コートを成形し終えた。

相変わらず早くて気持ち悪い。いくら無機物とはいえ、三分でアウターのデータを構築してしまうなんてほんと嫌だ。気持ち悪い。……後で今の構築コード見直そう。この身体はとにかく好きな時にスクリーンショットができてすばらしい。

気が付けばギンカは、ピンクと黒の派手な冬服を着込んでいた。
……汎用デザインじゃないところがまた気持ち悪い。おたく魂を感じてしまう。

「よっしゃいいんじゃないの? これで街行く皆様の視線も躱せるんじゃないの? つーかギンカたんよう見たら中のお洋服もうっすいじゃねえの。なにそのパーカーなめてんのか」
「な、めては、ない、……ですけど。だってこれしか持ってないし」
「ちょっとマエヤマさん冬服ちゃんと買うたってくださいよー! しっかたないなとりあえずこれ着て帰んないやまじぜってーさむいから! 風邪待ったなしだから!」
「……………さむくない、けど」
「ギンカたんが寒くなくてもオレがさみーの。つか手だっておらつめてーじゃんよ」
「これは、その、あー……末端冷え性ってやつで……」
「ギンカたんカモシカボディのハズなのになーんで冷え性なんかなー? 食生活とかになんか問題でもあんの? 昨日何食ったか言ってみ?」
「え。……春菊のサラダと中華がゆと棒棒鶏……」
「うっお……オレより健康的だった……」
「あの、てか、手、離、……」
「せーんぱーい。とりあえずどっか入ってあったかいもん飲んで休憩しーましょー。ギンカたんも冷えてっしー。スノっちもさむいっしょ? しょ?」
「いや僕は体感気温のセンサー切ってるんで」
「うへ、無情! 人間臭く生きようぜ相棒」
「僕の相棒はギンカです」

しれっと言った僕に、マキセさんはまた笑っていたけれど。
彼に手を握られたままのギンカが死にそうな程茹っている事を、僕は知っていた。

「…………マキセさんて、あれ、無自覚ですか」

先に歩いて行った二人を追いかけながら、僕はマエヤマさん専用の密室に言葉を投げる。
苦笑を零した僕の持ち主は、どうかな、と文字で答える。

「やたら他人の感情をよく見てる奴だけど、自分に対しては鈍感、って可能性もあるからなー。……ギンカちゃんが心配?」
「えー、いや……まあ……ギンカがいいならいいですけど……ていうか他の男より百倍くらいはマシなので……」
「なんだかんだスノくんもマキセに懐いちゃってるもんなー。俺はちょっと悔しいなー」
「……悔しい?」
「好きな子と後輩が仲良しで楽しいし嬉しいけど悔しい」
「すきなこ」
「……スノくんはいい加減俺がきみを好きなこと、理解してくれると嬉しいんだけど……」
「脳が処理を拒否するんです。片思いだって初めてだったんですから」

お手柔らかにしてください、と打ち込んで密室を勝手に切り上げると、生身のマエヤマさんがにやにやとにこにこの中間くらいの顔で目配せしてきた。
……マキセさんもマキセさんでタラシだと思うけど、やっぱりこの人にはかなわない。そう思う。

「俺達も手繋ぐ?」
「仕事中です」
「じゃあ、仕事終わったら手繋ごうか」
「…………はい」

珍しく素直にうなずいた僕の耳に、ちょっと遠くから『こら仕事中だいちゃつくなこんちくしょう』という無粋な声が届いたけれど、寒いから仕方ないですと返してやった。

寒いから仕方ない。
寒いから仕方ないのだけれど……やっぱりマキセさんは、ギンカにちょっと甘すぎると思う。



End