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夏の合間の馬鹿話



俺は駄目な24歳だしだし俺の恋人も割合駄目な34歳な事は知ってたけど、なんてーか、行動力がある分イーハの方がやばいような気がして来た。

「なっ、んで! 来ちまったの……っ!?」

何日ぶりかなんて数えたくないのに恨みがましく指折り数えていたせいでスラッと数字が頭に浮かぶ。
46日ぶり。46日ぶりの行動力馬鹿の面に罵声浴びせたいのに俺の身体は本能に正直すぎて、自室に飛び込んだ瞬間思いっきり抱きついてしまっていた。

全然説得力とかない。笑える。いや笑えねぇよなんだこれマジでってつっこむ理性はまだ若干残ってはいる。
若干残ってはいるものの、すうーっと息を吸うと懐かしい男の整髪剤の匂いがしてくらくらして、頭の隅の理性は溶けてしまいそうになる。

駄目。全然駄目。俺はほんと、全然駄目だ。
恋なんてするべきじゃないし両思いになんてなるもんじゃないし、遠距離恋愛なんかもってのほかだ。

「何故と問われればお答えしますが、チリが送ってくださった動画の中で私の可愛らしい恋人がグレッグにしがみつきながらイーハに会いたいと咽び泣いていたように見えましたので。あれはもしや、私を誘き出すためのドッキリ映像でしたか?」
「……本心、だけ、ど、いや違うそうじゃないそういうこと言ってんじゃねーの、あとさらっと可愛らしいとか言うな目ぇ腐ってんだろ、えーと……あんた、仕事は……」
「勿論片付けて参りました。と、ドヤ顔を晒したい所ですが私に甘い主人が少々肩代わりしてくださいました。ハロッズの紅茶でいいぞ、と先ほどメッセージを受け取りましたので、もし貴方が私の主人に対して申し訳ないと思うようならば明日私とハロッズまでデートしてください。……どうしましたか?」
「情報量が多い……」
「相変わらずパニックになると可愛さが増しますね。もちろん普段から存分に愛おしい人ですが。再会のキスをしても?」

さらっとした顔は崩さないくせに声がでろでろに甘い。
もしかしたらほかの奴にはいつもよりちょっと声が低くなったくらいにしか聞こえないかもしんないけど、俺には痒くなるくらい甘ったるい声に聞こえる。
だってこれ、二人きりのときの声だ。

いつも通りのかっちりしたシャツとベストとスラックスに、出会った時と寸分違わないきっちりした髪型をキープしたイーハ・オコナーは、慣れた手つきで俺の腰を抱き寄せてキスをする。

俺は相変わらず不健康で体温が低い。
見た目よりずっと健康なイーハは、生活圏の違いのせいかそれとも単に体質なのか、ちょっと熱いくらいに体温が高かった。
ぎゅっと抱きしめると熱くてたまらなくなる。

「……ん、……ふ、ぁ、ちょ……」
「…………なに?」
「待っ……なんか、えっと……怒って、る?」
「いいえ。全く。二週間ぶりに拝見した貴方の動く姿が、ほかの男に抱きついている絵面だったことに関して若干己の心の狭さを感じてしまいましたが、気分を害した訳ではありません。どうして、私が憤慨していると?」
「だってなんか、いつもより、あー……荒いっていうか、強いっていうか、熱いっていう、っわふぁ!?」

びっくりした。急にケツの下から持ち上げられてベッドに持ってかれた。
びっくりしすぎて変な声出ちまった。変な声出ちまったし、なにナニなんだこれ! って思ってるうちにベッドに座ったイーハに持ち上げられて膝の上に乗せられる。
知ってたけど、こいつはこの体勢が性癖に刺さるらしい。でも俺もイーハの首に腕回して抱きつくの好きだから多分win-winってやつだ。

……てかなんか息荒いけど無理しすぎじゃね?

「……やはり、もう少し筋力トレーニングを追加すべきですかね……理想を言えば貴方を片手で抱きかかえたいのですが」
「いや無理だろ……身長ちょっとしか違わねーのに無理すんな……言ってくれたら別に膝の上くらい乗るし……」
「このところ素直で嬉しい気持ちともう少しツンデレな貴方を堪能したい気持ちがせめぎ合いますね。私が本日、少々普段よりも荒っぽいのは貴方に憤慨しているせいではありませんよチャールズ。というか自覚がなかったのですが言われて初めて気がつきました。どうやら私は、浮かれているらしい」
「………………」
「あ、信じていませんね。信じていない目ですよチャールズ。ひどい。ひどいですよ私だって46日ぶりの恋人に興奮します」

なんか若干慌てたように眉を寄せる顔が珍しくて良い。
さらっと立ってるイーハも良いけど、ちょっとワタワタしてる時の顔も貴重で好きだ。いやまぁだいたい好きなんだけど。

恋して知ったが俺は恋愛しちゃうと盲目馬鹿になるタイプだったらしい。
しにたい。いやなんか、ネガティヴな意味じゃなくてこう、恥ずかしい無理なんだこれダサい恋愛至上主義乙女ゲームの主人公を指差して笑えない。やばい。
遠距離恋愛が余裕! だとは思っていなかったけど、ここまでしんどいとは思ってなかった。一体全体ノルはどうやって日々過ごしてんだって不思議になるし定期的に泣きつくついでに問いただしてるけどあいつはダメだ、何の参考にもならない。
アラブの石油王をアラブの神様から奪った男は精神も崇高すぎて俺には理解できない。あいつら付き合ってもう二年立つのに年に一度手を繋ぐくらいのお付き合いしてるくさい。うそだろ。むり。しぬ。俺ならむり。でもそれができて、それが愛だと言うんだからノルもラティーフの旦那もすげーと思う。

俺はというと全然ダメで、会うたびにべたべたしちまうし、離れるたびにアブダビに着いて行きたくなる。
人生全てが恋人に振り回されてるわけじゃねわけど、やっぱり目の前にいるときは手を伸ばしちゃうし、時々会いたくなると叫びたくなる。知らなかったし知りたくなかったが俺はなかなか面倒くさい奴だった、らしい。

ただでさえ面倒くさい引きこもりギーグだっつーのに。俺の良いとこなんてマジで仕事の速さと顔だけなんじゃねーのと思う(これはよくリズカに言われているヤツだ)。

なんてことを膝の上でぐだぐだ言うと、ふわっと笑った男に軽くキスされる。
やめろ。おまえのバードキスなんか可愛くてすげー萌えるからやめろ。

「貴方の素晴らしいところを羅列するには、少なく見積もって三時間程掛かりますので、明日カフェで紅茶を嗜みながらお話しましょう。……とりあえずは満足しましたか?」
「まだ。あと五分」
「かしこまりました。では五分後に貴方のクロークの……私が去年差し上げたシャツはすぐに着れますか?」
「奥にかかってるからすぐ出せるけど、あんな良いヤツ着て何処に行くんだよ。レストラン嫌いだよ俺。つか外食全般無理。外歩くのでもギリギリなんだけど」
「存じておりますよ。移動はタクシー、夕飯はルームサービスです。夏はオンシーズンでホテルもぎっちり埋まっておりましたが、伝手を作っておいて正解でした。アブダビの資産家の秘書でよかった、などと感激する日が来るとは思いませんでしたよ。まぁ伝手と言ってもラティーフのバカンスで数回お世話になったホテルのオーナーの口添え程度のものですが……チャールズ?」
「だから、情報量が多いんだっつの」
「ああ、すいません浮かれてはしゃいでしまいました。簡単に言いますね。今から私と一泊、ホテルの一室でデートしてください」
「…………いまから……?」
「いまから。せっかく会えたのですから、私は貴方に嫌と言うほどキスがしたいので」

臆面もなくそういうことを言いやがるからこの秘書は駄目だ。最高だけど最高に駄目。
つまりそれってアホみたいにキスしてキス以上のえっちなことしましょっていうめっちゃエロい誘いじゃん、ってことに気がついて腰らから力抜けた。
恥ずかしい。恥ずかしいのに嬉しいしあーもう馬鹿しぬ好きだって思うから全部混ぜこぜにしてぎゅって抱きつく。
痛い、と小さく笑う声も好きだよ馬鹿。

「……わざわざホテル取ったの……?」
「貴方はいつもアビダビで、私の住居と私の主人に気を使ってくださる。同じように私も、貴方の友人に配慮させてください。私は貴方のシャツを脱がしたい。けれど、それはここではない場所でやるべき事柄です」
「……なにそれかっこいいやばいキュンとした。でもよく考えたらセックスのお誘いなだけだった……」
「嫌でしたら一泊丸々貴方の髪を梳くためだけに使います。私はそれでも結構ですよ。性欲がないとは言いませんが、抱きしめて眠るだけでも充分に満たされます。勿論許されるならば貴方のシャツを上から順に丁寧に外す喜びを甘受……情報量が多いですか?」
「多いけどもうどうでもいい着替えりゃいいんでしょ。でももっかいキスして」
「喜んで」

ふふ、と笑ったイーハに甘ったるいキスされて、あーもうこうやってでろでろに甘やかしてくるから俺が我慢できなくなんだよ、なんて自分のダメさを恋人のせいにする。
俺は駄目な24歳だ。全然駄目。10日くらい会えないとじわっと悲しくなり始めるし、一ヶ月禁イーハがせいぜいで、それ以上になるとイーハにうざいくらい電話したりして速攻で反省してフラットの同居人にうだうだと泣きついてしまう。駄目すぎてマジしんどい。
でもそんな駄目な俺のワガママの八割をさらっと許してしまうイーハもちょっと駄目なんだろうと思う。

「動けますか?」

だらだら、腰が抜けるくらいキスをして、ふーっと息を吐いてから立ち上がる。

「動けるし動くよっつかホテルどこ? ……何で目逸らすの。ちょ……イーハ、まさか、リッツとかじゃないよな? まさかな??」
「リッツではありませんよ。リッツでは」
「『は』ってなんだよどこのトンデモ高級ホテル取りやがったんだよ!?」
「オンシーズンのホテル事情とは恐ろしいものです。唐突に電話をした私にもイギリス流の嫌味一つなく爽やかに対応してくださったホテルマンは流石ですね。あ、ジャケットはそちらの黒いものにしましょう。貴方の赤髪が映えて美しい」
「いや俺高級ホテルで素っ裸になって男同士でアレコレすんのさすがに抵抗あんだけど……」
「あちらはプロですので、代金とチップさえ払えば問題はないでしょう。気になるようならば髪を撫でるだけの夜でもいいですし。貴方は相変わらず真面目で可愛らしいですね。豪華なベッドの上で緊張する様をうっかり想像してしまいました。……可愛いですね? うん、可愛いです。可愛いので早く参りましょう」
「目ぇ腐ってるっつかたぶん頭が腐ってんな……?」
「貴方が可愛いと人生が数倍楽しいと思えるので腐っているならば腐ったままで結構ですよ」

何故だか得意げに目を細めた男に呆れて見せながら、あーもうほんとそういうとこだよ好き、なんて思ってることはばれてんだろうなーと思った。


ちなみにホテルはマジで高級ホテル取りやがっていて、しばらくビビって一歩も動けなかったんだけど、負けた方が相手のシャツのボタンを外していいゲームやってるうちに白熱して豪華なベッドとかどうでもよくなって結局あー、うん。その話は、また今度。

end