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thank you Mr.Santa Claus




クリスマスなんてくそくらえだ、なんて昔は言っていた筈なのにきみったら随分と可愛くなっちゃったものだ。

という感想を素直に零した僕のお口はノーマンに抓られて安易な暴力で塞がれる非常に遺憾な結果になってしまった。馬鹿みたいな量の言葉を吐きだすのが個の特色となってしまった僕だけれど、痛みと冷たい視線に耐えてまで自虐的なギャグを飛ばしたくはないわけだ。
『うわーん酷いよ全くキミってばすぐに手を出すんだからほんとよろしくないよもっと文化的に解決しようよ!』という言葉を飲み込んだ僕は、今日は少々理性的だ。というか、些細なことで喧嘩を売って、へそを曲げたノーマンに逃げられたら困るのだ。

あとたぶんノーマンには口でもかなわないと思う。
これは割と本気でそう思うから結局僕ができるのはひりひりと痛む頬を摩るだけで、彼のご希望通り煩いスピーカーの電源を切るようにスッと黙ったっていうのにノーマンは颯爽と歩きながら片目でちらりとこちらを眺めてから器用にその無表情フェイスの片方の眉毛だけを押し上げた。

知ってるぞノーマン、その顔はキミの精いっぱいの感情表現ってわけじゃないことを僕は知ってるぞ。単に人混みのニューヨークシティのど真ん中で僕ごときに向けて表情を作るのが面倒だってだけなんだろう?
今ここに彼の愛しのキャンディさんが居れば、こいつは旧友どころか交流なんてさっぱりなかった同級生全員顎が外れるくらい大げさに口をあけて驚く程、感情を垂れ流す筈だ。

正直素直でくさい程甘くて人間的なニール・ノーマンにいまだに慣れない僕としては、Mr.キャンディがお仕事の都合で合流できないというこの状況に、若干ほっとしていたりもする。

キャンディさんは僕自身あまり縁のない日本人で、その固い表情の下にあるとても素直で好感が持てる人格に気が付いてからは、非常に気安い友人の一人だと勝手に思い込んでいる。
キャンディさんはかわいい。キャンディさんは正しいし、彼の気遣いはとても気持ちがいい。
けれどキャンディさんと一緒に居る時のニール・ノーマンのかわいさの方がどうも目についてしまう僕は、『いつからキミはそんなにかわいい男になってしまったの!』と馬鹿みたいに同じ言葉を吐きだしてしまう。

僕は馬鹿で、同じ言葉ばかりを飽きずに繰り返すスピーカーで、しかも懲りるということがないから何度も失敗するし怒られるし呆れられるから、かなりの忍耐がある人間(例えばハニーとかマイキーとか!)か、僕の事にあまり関心がない人間(これはアボットとかノーマンのことだ)じゃないときっと付きあってもらえないのだろうことはよくよく身に染みている。

今日も真っ黒なコートをクールに着こなした仕事帰りの最高にクールなノーマンは、些細な表情の変化と共に面倒くさそうにいつもの聞き取りにくいような低めの声を出した。

多分、声が変なんじゃなくて、滑舌が悪いだけなんだと思うよノーマンは。
普段テレビ局なんていう声と発音のエキスパート集団の真ん中であくせく言葉を乱発し、プライベートでは俳優の甘い言葉を耳にたっぷり注がれている僕には、ノーマンの発音は最低なのになんでか耳にくすぐったいような声がいつも不思議に思える。
きっとキャンディさんは、ノーマンのこういう声にいちいちときめいちゃうんだろうなわかるようはは僕だってハニーが口説いてくるときの甘くて低い声が大好きだもの!

なんてことを考えながら一生懸命足の長いノーマンに遅れないように歩いていたら、彼の言葉を聞き逃したらしい。
物事を考えながら生きるのは効率的なのか非効率なのか、果たしてどっちなのか。これは最近の僕の悩みのひとつだ。

「……おまえまた聞いてなかっただろう……いいか、何度だって俺は釘をさすことをいとわないから言うがな、同じことを、二度ならまだしも、五度も言わせるその散漫な思考回路どうにかしろ。なんでお前は仕事は一発でこなす癖にプライベートはそうなんだ……仕事以外でも多少は集中して生きろよ」
「うははノーマンに人生の心配をされるなんて光栄すぎて口から内臓が出ちゃいそうー。仕事はちゃんとしてるんだから、私生活くらい好きな時に好きな事考えて生きたらいいと思わない?」
「お前は極端なんだよ」
「極端がスーツとコート着てマフラー巻いてるようなノーマンに言われたくないよぅ! で、僕たちこれどこに向かってるの?」
「だからその話をしていたんだよこのポンコツスピーカー野郎、少しは口だけじゃなくて耳も使え」

うーん今日のノーマンはいつも通りすぎてこれはこれで悲しい気分にならなくもない!

キャンディさんと同じ空気を吸っていない時のノーマンなんて大概こんな感じだけど、そういえば最近、というかまあ元からだけど僕とノーマンが二人ぼっちで行動することなんかほとんどなくて、なんというか学生時代を思い出して勝手に懐かしくなってたりもして、またぼんやり思考の海にダイブしそうだったところでノーマンが僕の愛らしいデコをはじいた。うわーん痛い。割と痛いよそれノーマン。まったくもってキャンディさん以外には酷い男だ。

「お前の希望でわざわざ仕事帰りに付きあってやってんだ。このくそ寒いクリスマス前の浮かれたNYの中をだぞ? いいか、よく聞け俺はさっさと帰って煙草が吸いたい。だからお前はさっさと買い物を済ませろわかったかSJ」
「良い返事を返したいところだけど、さっさと買い物を済ませる事が出来るならトモダチに声かけてないよノーマン」
「もう面倒だから酒か食い物にしとけ」
「実は僕のハニーはお酒を好まない厳格で真面目な堅物みたいな人なんだよ知らなかったと思うけど。クリスマスのプレゼントくらい一緒に選んでくれたっていいじゃないの」

そう、僕が仕事帰りの最高に苛立っているノーマンを捕まえて寒くて人がいっぱいでノーマンじゃなくたってご遠慮したいようなNYのストリートを闊歩しているのは、別にそういう苦行を体験したいからじゃない、ちゃんと目的がある。
クリスマス。
来週にまで迫ってしまったその浮かれた気分を伴う聖人の祝典は、あまり神様やキリストを信じていない現代っ子にとってはプレゼント交換を伴ったパーティーだ。

正直生まれてこの方クリスマスが尊い行事だなんて思ってもみなかった上に、その日に誰かに物を贈って楽しくはしゃいで過ごそうだなんてこれっぽっちも考えた事がなかった。僕の友人は仕事で僕の恋人も仕事だったからだ。生憎と仕事と僕の間では、プレゼント交換は成立しない。

僕がクリスマスと記念日の直前にひどく焦るようになったのは、勿論あの爽やかで真面目で甘くて最高にかっこいいハリーっていう恋人を手に入れてからの事だった。

プレゼント交換に縁がなかった人生を急に方向転換したはいいものの、生まれ持ったセンスも怪しい上に経験値がほぼない僕は、素敵な恋人に何を贈ったらいいものかまったくわからずに右往左往するしかなかった。これが去年の事。
今年こそはと気合を入れたものの、十一月はずっとアジアに出張で、帰ってきてからはバラエティ番組の司会の代役で街に繰り出す暇も、ネットショッピングする余裕もなかった。というのは言い訳かもしれないけれどとにかく僕は困って迷って焦って、きっと恋人にプレゼントを用意するだろう男前なノーマンを頼ったわけだ。

男前の速足に駆け足で並びながら、僕は一生懸命口を動かす。すっかり寒いもんだから、口を開くと唾液が一気に冷えてものすごく不快だ。それでも喋らないと死ぬ生き物だから僕は寒さと戦うように白い息を吐く。

「キミだってクリスマスのプレゼント用意しなきゃいけない相手はいるでしょ。今年のキャンディさん用プレゼントは何なのさ」
「なんでそんな個人的な事をお前に教えなきゃいけないんだって言いたいところだが、こんな道端でNY中に顔が知れた男と無様な言い合いをしたくない。コートと帽子と手袋とマフラーだ」
「……キミはあれなの? キャンディさんを冬仕様に着飾って雪山にでもエスコートしていく気なの?」
「うるさい他に思いつかなかったんだよ。センセイはあまり物を欲しがらないし、ブランドものに関しては特に敏感に拒絶してくるんだ。そんな金があるならもっと栄養のとれる食事をしてくれって至極真っ当な懇願をしてくる。この冬は寒いって話だろ? いっそ寝具一式買おうか迷ったんだが、値段を考えて安い方を選択したらこうなっただけだ」
「うわぁ全然参考にできない……キミってほんと極端だよねぇ」
「別にお前の参考になるために生きてるわけじゃない」

またそうやって身も蓋もない事を言うんだからノーマンってばひどい。

それで一体お前は何を買うつもりなんだと言いながら、ノーマンは交差点で立ち止まった。

「うーんどうしようかなー。マイキーもナスチャもみんな『自分がもらって嬉しいものを考えろ』とか言うんだけどさー正直なところほしいものってそんなにないし、何もらってもそれなりに嬉しいし、でも発狂するくらい嬉しいものって何かって考えちゃうとすっごく難しいんだよね、僕ってほら、人間としてちょっとというかかなり屈折してるじゃない?」
「自覚あったのか……」
「あるよ失礼だねノーマン。トモダチなんて数える程もいなくてさ、結局同僚を除けばキミとアボットくらいしかいないもの。あとはまあ、クロエ……そうだ、クロエには何を贈るの?」

この時初めて身近にいい手本があったことに気が付いた僕は大馬鹿だ。

ハニーに対する贈り物での悩みは、単に僕がプレゼントに不慣れって言う事以外にもあって、そう何を隠そう僕の恋人は世界に誇るイケメン俳優なのだ。ということはつまり、ファンってやつがついている。この前どの映画か忘れたけど公開記念に日本に行った後、とんでもない量の贈り物を担いで帰って来て、僕は久しぶりに顔も知らない異国の人たちに嫉妬心を燃やした。
とにかく色々なものをもらう。本人はそんなに有名じゃないし代表作も地味だなんて言うけど、それなりに顔をだして活動している僕からしてみたらハニーは立派すぎる映画俳優で、ファンの熱意だって相当だ。

僕が勝手にハニーとお付き合いしてますって公言しちゃったせいで、正直なところ復帰後の活動に不安はあった。本人は仕事が出来ればいいって言ってたけど、やっぱり愛されないと辛い職業だろう。幸い、ハニーの熱心なファンは彼の性的嗜好に関しては寛容で、僕との関係は比較的好意的に、または特別触れないくらいの無関心さで受け止めてくれているらしい。というわけで、つまり復帰したハニーへの贈り物は殊更少ないということはない。

あれだけありとあらゆるものを貰う人間に何を贈ったらいいのか。
それこそマフラーや手袋なんて僕が呆れてしまうほど持っているんだから。特別おしゃれに気を遣う人じゃないから、たぶんというか確実に貰い物なんだろう。

ノーマンの姉であるクロエも、今をときめく恋愛小説家で、世界各国で翻訳されているくらいの大御所だ。
彼女もきっと、たくさんのファンからたくさんのプレゼントをもらっていることだろう。

信号が変わり、相変わらずのペースで歩き出しつつ、ノーマンは低い声を洩らす。

「あー……姉には、そうだな……今日ついでに買おうと思ってたんだが――簡単調理機能がついた電子レンジだ」
「え。そんななんていうか色気のないもの贈っちゃうの? ノーマンが?」
「実の姉に色気を出してどうするんだよ。俺の事をなんだと思ってるんだ」
「最高の格好つけ男」
「……間違っていないから腹立たしいんだよ」

ふははと笑い、そういえばクロエは料理が全然できなくて、包丁もまともに持てなかったことをおもいだした。

「クロエって去年こっちに引っ越して来たんでしょ? 家具なんて、いいもの揃えてるんじゃないの?」
「と、思うだろ? それが、料理はどうせしないからってキッチンががらんどうなんだよ、狂ってやがるって思わず言っちまった」
「……メイスンは……? あの人、たまにパスタ作ってくれたよねぇガレージでたむろう僕たちに」
「女史はそれなりに料理するが、姉の家で毎日家事をするような時間がある人じゃないからな。一日くらいならケータリングやピザでもいいだろうし、友人の家ならそれもパーティー気分で楽しいんだろ。毎日そこで生活してる人間がいるなんて信じられない。缶切りとオーブントースターしかないんだぞ! 信じられない。だから俺は今年はレンジを贈るんだと決めていたんだ」
「まあ、そうだね、それは、ファンも送ってこないかなぁ」

かの恋愛小説家が、まさかレンジもないような家で生きているなんて、確かにファンも想像していないだろう。それは確かに、どのプレゼントとも被らない筈だ。

でもうちにはすでにレンジはあるし、最近オフが多くて暇らしいハニーがよく台所に立つせいで、キッチンに関しては僕よりもハニーが詳しい。
ていうか家事全般、ハニーの方が詳しいから、一緒に住んでいる僕の住居に何が必要で何が足りないのか、自分でもよくわからない。

家具は駄目だ。ていうか一緒に住んでいるんだから僕が家具を贈ったら、結局僕のものになっちゃうんじゃないかなそれってさ。うーんこれは困った詰んだかもしれない。

今更になって焦る前に、やっぱりみんなに『クリスマスは何を贈るの?』アンケートを取るべきだった。
そんなことを口にすると、ノーマンは珍しく少々口元を緩めたみたいだった。グレーのマフラーのせいで、若干表情が見えないけど、この男は悔しい程に表情と雰囲気の使い方がうまい。

「別に、なんだっていいだろ。あの人はそこらへんで売ってる靴下を贈ったって感激してお前を抱きしめるだろうさ。――なんてのはまあ、わかりきったことだし、なんならそんなことはおまえだって百も承知だろうな……」

言うのは簡単だよな、とノーマンは呟く。
ワオ、久しぶりに意見が一致した瞬間だ。

「そうなんだよねーなんだっていい、なんてのはわかってるんだけどさぁ。だってさー」
「できる事なら最高のプレゼントを贈って死ぬほど感激させたい」
「それー。それだよー。わかってるじゃんノーマン。それ。だから一緒に考えてよマイフレンド、ねえハニーってば何に感動すると思う?」
「難しいこと俺に訊くな。映画にもゴシップにも疎い俺が知ってるハロルド・ビースレイは、お前と一緒に居る男前であって、それ以外の知識なんてくそほどもない。いっそ首にリボンでも巻いてガウン一枚でベッドの上に転がっていたらどうだ?」
「プレゼントは私よってやつ? んー、古典的。ねえそれってどうなの? 正直どうなのノーマン」
「どうって何が」
「ベッドの上でリボン巻きになってる恋人見て嬉しいのかって訊いてるんだよスカポンタン。この際僕の恥なんてどうでもいいし、ハニーがそれでいいなら首にだってどこにだってリボン巻きつけちゃうけど、ノーマンはそれキャンディさんにされて嬉し、嘘だよゴメン本当に僕が悪かったからそんなに照れないでやめて僕が恥ずかしい」
「…………自分でもどうかしてるとは思ってるこっち見るな」
「常々思ってたけどほんとキミってキャンディさんに対してはティーンエイジャーみたいな反応するよね……ベッドでリボン有りなのかそうか……えーじゃあリボン買おうかなぁ」
「いや……お前の恋人が引かないという保証は…………まあ、その、大丈夫、かな、とは思うけど」

このくそ寒い路上で酔っぱらったみたいに赤さの残る顔で眉を顰めるノーマンの、恰好のつかないことといったら!
こういうノーマンに僕は一向に慣れないけれど、人としてとてもかわいいと言うのは理解できる。真っ赤になってうろたえるキャンディさんもかわいいし、照れてるマイキーもかわいいし、悶えて言葉を失っているハニーなんてあまりにも可愛くて僕の煩いスピーカーが壊れてしまいそうなほど動揺してしまう。

「え。本当にリボンにするのか……?」

わりと恐る恐る訊いてくるねノーマンきみほんとかわいいね嫌いじゃない。

「なんで? だめ? あ、一応物も何か買うけど。うーん僕も手袋にしようかなぁ。ノーマンのしてるその皮っぽい手袋最高にかっこいいよねぇ」
「わりと高いぞ。……旦那が引いても俺のせいにするなよ?」
「しないよー言い訳はしない主義。じゃあ手袋選びに行こうあとなんだっけ、電子レンジ? ショッピングセンターって何時まで?」
「まだやってるだろ。これでもさっさと仕事切り上げてきたんだ普段ならまだ無邪気な生贄達にサプリメントを売りつけている時間なんだからな」
「ワァオ、愛じゃない!? 今ちょっと感動して抱きつきそうになっちゃったうははそんなわかりやすく飛びのかないでよー僕だって命は惜しいからそんな無鉄砲なことしないってば。ええと、だめだね僕ってば仕事以外の記憶力がほんと鶏で嫌だね! レンジとそして手袋だ!」
「リボン」
「うははそうだそうそう、リボン。リボン買わなきゃね。ねえいっそノーマンもベッドの上で首にリボン巻いてみたら?」

きっとキャンディさんは喜ぶと思うよと無責任に笑う僕に、ノーマンは嫌そうに眉を顰めていたけど、結局包装用のリボンを販売しているお店で赤と緑のリボンを買っていたから僕は、愛おしくて恥ずかしくて笑い転げて死ぬところだった。

クリスマスなんてくそくらえだ、なんて、そういえば昔は僕も思ってたものだけど。

「サンタさんになるの、ちょっと楽しいよね!」

くるり、とステップを踏むと白い息が、寒すぎるNYの空にふわっと揺れて静かに消えた。


End