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冬の烏と働き狼



たぶん、寒いからだ。と、思う。

そう言えば夏が終わったなぁなんてぼんやりしているうちに秋が通り過ぎて、気が付けが雪がちらつく季節になった。年末なんてものは目と鼻の先で、人間のサラダボウルだとかなんとか言われているニューヨークシティは、浮ついた空気が漂い始めている。

昨日までは肌寒い程度だったのに、今日はもう息が白い。
地球の具合がどう悪いのは俺にはわからないが、確かにガキの頃より気候変動がおかしい――ような気がしないでもない。昔は冬はずっと寒くて冬のセントラルパークはずっと凍りっぱなしだった。
そういえば最近は、春みたいにあったかい日があったかと思えば翌日は大雪だったりする。気圧も安定していないらしく、職場の女性スタッフはよく頭痛を訴えていた。

本当に急に寒くなりやがる。徐々に体を慣らすような冬ならば、こうも体調とメンタルを崩す人間で溢れる事もないだろう。

冬は犯罪が増える。でっかい買い物をする人間が増えるからだろうが、急降下する気候と気温が、ささくれだった気持ちを後押しするのかもしれない。
そんなわけで、というか、まあ当たり前のように俺は相変わらず仕事ばかりの毎日で、ニューイヤーの休暇なんて夢だよそうだよどうせ俺は下っ端だとため息を飲み込みながら第二シフトを終えて夜明け前の凍った街をおっかなびっくりと歩いた。

履きつぶしたブーツは若干滑る。サンタさんがNY中の子どもたちをめぐり終えてなお余力があるなら、ぜひとも新しくて滑らないブーツをおねだりしたい。まあ、自分で買えって話だけど。街に出るのも面倒くさいと思ってしまうから、ライカンスは見た目に反して引きこもりなんだからと笑われてしまうのだ。

時折滑りながらどうにか見慣れたアパートにたどり着き、細心の注意を払って静かにドアを開けた。
おんぼろと表現しても差し支えない俺の部屋は、最近は夜中でも明るい。一日中、暗闇を恐れるようにライトがつけっぱなしになっているのは、事実暗闇を恐れる生き物がその中にいるからだった。

ごとり、と何かが落ちた音がする。
犯罪現場に忍び込むようにドアの内側に身体を滑り込ませた俺は、床に落ちた缶を拾う男と目があった。

「……こんな時間に、眠気覚まし?」

外の冷たい空気を苦笑いと一緒に吐き出す。別に、爆睡してるなんて思ってはいなかったからいいんだけどさ。こいつが夜行性なのは、今に始まった事じゃないし、そういう生き物だと思えば別に咎めるような事もない。

社会復帰の足踏みをしているレイ・ストークスことレイヴンは、ダークブルーの髪の毛を揺らして視線と頭を俯かせ、手にした7upの缶を回しながら独り言のようにカフェインは入ってないと言い訳をした。

「九時くらいまでは、寝ようと思ってがんばってた。けど、だめ。全然ダメ。目を閉じると、苛々して吐きそう。だから、もういいやと思ってチェスしてた」
「あー……ネットゲームのやつか。相手はランダム?」
「ディーンつかまえた。明日非番だっていうから」
「なんだよずっるいな仲良しかよー。つかさむ! この部屋さっむ……ちょ、レイ、窓開いてんじゃん嘘だろ」
「さっきまで暑かったんだってば……静かにしないとまた上のクソババアに怒鳴られんよ」
「窓閉めればいいんだっての」

出来る限りゆっくりと静かに窓を閉めて、すっかり冷えてしまった部屋の中で冷えた缶ジュースのプルタブをあけるレイを、わりと信じられないという目で見てしまったかもしれない。

こいつはちょっと、なんていうか、こう……いろんなところが人間離れしている。あんまりいい意味じゃない。レイができる事は大概の人間は当たり前のようにできるし、その逆は半分くらいは怪しい。レイは暗闇の中に身を置くことができない。たっぷりの水を眺めることができない。大概の食品を口にすることを拒むし、ジェリービーンズと子供用のガムと炭酸ジュースで生きているようなものだ。
成人男性としてあるまじき生活を改善したい、と本人も思ってはいるらしく、最近はきちんと食事はとるようにしているみたいだ。ものすごく嫌そうに食うけど。それでも食わないよりはずっといい。

レイは普通の人間よりも多くの部分で、たぶん、こういう言い方は好きじゃないがでも確実に、劣っている。彼が秀でているのは判断能力や推理能力を備えた頭脳とそしてハッキングとクラッキングの技術だ。だがそれも、普通に生活しているだけではいかんなく発揮される、という事はまずない。精々ネット対戦のゲームで上位ランカーに食い込むくらいだろう。

他人の生活を覗き見る習性から逃れ慣れないカラスは、とりあえずは今のところ表の世界で生きようと踏ん張っている。ディーンが紹介してくれたアルバイトも、週に数回だが続いているようだし、時折精神的に不安定になる時がなくもないが、そういう時は俺がどうにかする。
カウンセリングの資格も経験もないただの制服警官の俺ができることは、恋人という権限を大いに利用して、レイを抱きしめ一緒に眠ることくらいだが、今のところそれが一番効いているらしかった。

このところつくづく俺ってばチョロイな、と実感する事ばかりなのだが、どうやらレイもレイで単純というか、思っていたよりもわかりやすい性格らしい。

冷えた上着を脱いで、レイの手の中から冷たい炭酸ジュースの缶を奪って一口飲む。クソみたいに甘い。何か言いかけたレイの耳元で静かにと囁いて、そのまま唇にキスを落とした。
細い身体はやっぱり冷えていて、ただでさえ低い体温がまるで金属みたいに冷たい。

「…………こんなに冷えてちゃそりゃ眠くなんないんじゃないの……? なんだっけ、体温がゆっくり下がる時に眠くなる、んだっけ? シャワーでも浴びたらちょっとはあったまる?」
「一日に二回も水浴びるとか最悪。絶対に嫌」
「じゃ、一緒にバスルームに入るってのは?」
「……ライカンス、明日非番?」
「残念ながら第二シフトだけど、別に、一晩中獣みたいにセックスするわけじゃないんだし、ちょっとくらいいちゃついてもいいだろー……もー寒くてさぁ。街もなんか、苛々してるし、結局年末年始延々仕事だし、タイムズスクエアのバカ騒ぎの警備に回されるのかと思うと頭いてーし、ちょっとくらい甘い気持ち堪能したっていいだろ……」
「別に、おれで、いいなら……いくらでも、なんでも、差し出すけど」

おれは一晩中セックスしてもいいよ、なんてとんでもない言葉をぶち込んでくるからこのカラスはとんでもない。俺の殺し方をよく知っているのか、それとも無防備なのか、わからないけど、そんな事よりたまにはかっこよく口説いてベッドに連れ込みたいのに、全く俺はダサい男すぎる。

冷たい身体を思い切り抱きしめたまま、大きく息を吸って吐いた。
腕の中の細い身体が、じりっと身じろいでふっと笑いを零すのが、なんともこう、かわいいんだちくしょう。

「あー……疲れが吹っ飛ぶ気がするたぶん気のせいだしシャワー浴びたらばたっと寝そうだけど……俺にもっと体力と余裕があればマジで一晩中離さないのに……」
「年末は仕事だろうけど、その後どうせ休暇あるんだろ? ないの?」

確かに、流石にずっと働きっぱなしということはない。所帯持ちに配慮し、独身勢で年末年始を乗り越えるシフトを組まれているが、年が明ければ家族サービスを終えた先輩方が仕事を引き継いでくれる筈だ。
それでも欧州の習慣のようにバカンス休暇って程、長い休みがあるわけでもないが、まあ、だらっと買い物に出かけて新しいブーツを買って、食料を買い込んで無駄に凝った料理を食って、酒飲んで一日中恋人と素っ裸でベッドの中に潜り込むくらいの時間はとれるだろう。

と言う旨を相変わらずぎゅうぎゅう抱きしめたまま呟くと、腕の中の恋人は少々照れたらしく体温が上がったような気がした。
レイはダイレクトな物言いをするくせに、キスをするたび、ハグをするたびに一々照れるのが本当にもう、いいか俺は何度でも言うぞ最高にかわいい。
奪い取ったままだった7up(よく見なくてもこのピンクの缶はチェリー味だそりゃ甘いわけだ)を一気に飲み干して、抗議の声を上げようとするレイの唇をまた塞いだ。

「……っ、……ふ、ちょ、ライ……おれの7up…………」
「風呂上がりにもう一本あけよ。……てかまたこんな薄着しやがって風邪ひいたらどうすんだ……」
「そしたらアンタが介抱してくれるだろ。つかこのアパートあっついんだよ……やっぱり引っ越し、ちょ、おま、何して、」
「何って脱がしてんだよ声がでかいレイ、また、上の御婦人の御機嫌取りしなきゃならなくなるから、ほら静かにして大人しく脱がされて」
「脱いで、どうすんの、セックス?」
「いやとりあえず風呂。セックスしたい?」
「…………したくない、ことは、ない。てか、おれはわりとずっと、アンタとしたいけど、ライカンスは仕事もあるしそんな我儘ばっか……。……………ちょっと、ライ」
「え、あ、何?」
「……顔酷い。美人が台無し。アンタそんな、ちょっと、おれなんかに誑かされてて大丈夫なのかよ……」

普段は取り澄ました顔を思う存分歪めたレイの言う通り、きっと俺はひっどい顔をしてるんだろうなーと思うよほんと。だってなんかすっごい熱いし、指先なんかがじわじわ痒い。
俺とセックスしたいなんて感情を我儘だなんて言っちゃうこのいじらしいのかコミュニケーションに問題があるのかさっぱり判断つかない生物がとにかく俺のツボにがつんと入ってしまって、なんかもう立ってるのもしんどい。馬鹿かと思う。馬鹿だと思う。馬鹿で結構だしきっと俺は今も明日もこれからも馬鹿なんだから、深夜に恋人の言葉でテンションおかしくなっても別にいいよ馬鹿だから、と思った。

「たまに不安になるくらい、おれのこと好きだよなライカンス……たまにっていうか、わりと不安なんだけど」
「俺もこんなに自分がダサいなんて知らなかったよ」
「……でも、なんか」
「うん?」
「――おれの言葉で、アンタが骨抜きになってへにゃへにゃすんの、死ぬほどかわいいと思うから悪くない」

男前なカラスは、珍しく微笑んで俺のほっぺたに唇をよせるもんだから、お互い半裸なのを忘れてキスに没頭しそうになった。


たぶん、寒いせいで、世間は殺気立ってるし犯罪も多いし買い物客も観光客もごったがえしていて雪も降るし道も凍るし、とにかく目まぐるしいくらい仕事が山積みで忙しい。

けどたぶん寒いから、恋人の体温がひどく気持ち良いし、寒いのに窓なんか開けっぱなすわけわかんないカラスのおかげでより一層人肌が恋しいわけだった。



End