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おさけをのんだきみのはなし。



実は俺はお酒に強い、という事を最近知った。

そういえば人に酔って気持ち悪くなる事はあったけど、酒の飲みすぎて具合が悪くなったことはない。別に好んで飲まないのは、ある程度飲んでも体調も気分もあんまり変わらないからだ。
お金を出して飲酒してもちょっとあったかくなって、ちょっとふわっとするだけであんまり普段と変わらない。会社の飲み会に誘われて否応なく顔を出す時だって、注がれるままに飲むけれど、具合が悪くなって中座するときは大概酔っぱらいに肩を組まれたりする時だ。最近は三富さん達がガードしてくれるから、それもないけれど。

そうか俺ってお酒に強い人だったんだ、と自覚したのは、たまに部屋で一緒に飲む唯川さんがとんでもなくお酒に弱かったからだった。

梅酒一杯で真っ赤になってへろへろと俺に寄りかかってくる唯川さんは、ほんとうに、ほんとうにもう、なんて言ったらいいのかわからないくらい可愛い。
有賀さんがお酒に強いことは知っていたし、サクラさんも弱いよと笑っていたけどビール三本くらいは平気らしい。それに比べると甘いお酒一杯でふわふわになってしまう唯川さんはやっぱり可愛くてとんでもない。

なんだかろれつ回ってないし。へにゃって笑うし。テンションいつもより高くなるし。すぐすねるし。泣きそうになるし。でも、そういうの全てが可愛いなぁと思うから、全然苦じゃない。むしろ、もっと酔っていいのになんて思ってしまう。

……あと、酔っぱらった唯川さんはいつもより積極的だ。
その、ちょっとえっちな事に対して。

「……いちさん、ぜんぜーんよわないねぇ……なんかーぁ、おれだけふわっふわえへへしててー、もー、ずるいーふこうへいーいちさんもふわっふわしてえへえへしてお洋服二枚くらい脱いじゃえばいいのに……」

月に一回ある唯川さんの日曜日休みの前日、俺は唯川さんの部屋に泊まりに来てて、二人でDVDを見ながらお酒を飲んでいた。
明日は有賀さん達に花見に誘われている。といってももう桜も散ってしまったし、有賀さんの部屋に集まって料理して食べるだけのささやかな会だ。俺がいるとどうしても遠出したり観光地に行ったりできないから申し訳ないんだけど、それでも誘ってくれるから良い人達だと思う。

明日は人がいるから、今日はいちゃいちゃしようなんて言って俺に寄りかかってくる酔っぱらい唯川さんの身体は熱い。本人も暑いらしく、俺は絶対に買わないような不思議なお洒落模様の入ったカーディガンとトップスを脱いでいた。

唯川さんはいつもだぼっとした服を着るから、あんまり普段は意識しないんだけど。割合、かっこいい身体をしていることを知っている。

ふんわり笑う人で、ちょっと女子っぽい感じがあるから、職場に居る時も男の人っぽさがあんまりないと思う。仕事着も普段着だし、わかりやすいスーツとか男性的な洋服を着ているところはなかなか拝めない。
でもインナー一枚になると、やっぱり男性的な身体のラインがすごくわかる。

『ただでさえ見た目怖いのに太ったりなんかしたら最悪』だと笑って、唯川さんはたまに運動しているらしい。この前は木ノ瀬先生の奥さんに太ったでしょと言われ、ダイエットまでしていた。真面目だなーと思う。俺はそもそも自分の外見にあんまり自信がないから、逆にどうでもいいと思ってしまう。
太って、ぷくぷくになって、それで唯川さんに幻滅されるのは嫌だけど、困るのはそのくらいだから。他人の目を気にして小心者だよねーなんて唯川さんは自嘲するけど、世間に対して見栄をはってかっこよくなろうとする彼の事が、俺はとても好きだった。

時折きちんと動かしている身体はちゃんと筋肉がついている。
わりと体力仕事だし、女子しかいないから重いモノとか運ぶのは全部おれなの、と笑っていた事を思い出す。スポーツマンみたいにむきむきしているわけじゃないけれど、俺みたいに骨っぽくはない。

じっと見てたらなんだかどきどきしてくる。俺は男の人の身体に対して、特別な感情は無い筈なのに。どうしてかそれが唯川さんだと見つめていられない。

勝手に恥ずかしくなって視線をさまよわせていると、かっこいいインナー一枚の唯川さんが俺の手を握ってキスしてくる。
……かわいい。もう、ほんとかわいいしどきどきして、心臓がおかしくなる。

「……唯川さん、酔ってる……」
「んー。うん、ふわっふわする。酔ってるとさーなんかテンションでなんでもできちゃうかんじするよねー。時間のながれもーはやいはやいー。あと感情の振れ幅がーでっかくなるのですー。あーきょうもいちさんかわいいずっとかわいいまじ天使……もーもーなんていちさん酔わないのかなーぁ。真っ赤になってでろでろになってふわっふわになるいちさんぜったいかわいいのにー」
「お酒ではちょっと、たぶん、そんな状態にはなれないと思うんですけど……唯川さんにキスされると、俺、わりとそんな感じになります」

真っ赤になってでろでろになってふわっふわになります、と控えめに笑うと、目を丸くした唯川さんが一気に真っ赤になって俺の方に倒れてきた。
支えきれなくて後ろに手をついて、笑う。恋人の熱い体温を感じることができるってのは、たぶん、すごく素晴らしいことだ。

「いちさんがてんしすぎてもうだめー……しんじゃう……ゆいかわわしんじゃう……」
「自分の事ゆいかわわとか言っちゃう唯川さんもかわいいです……それ最近のあだ名ですか?」
「うんそうー。誰も呼んでくれないけどー。シナシナとかによくネタで使うのー。ほらおれかわいいじゃん?ゆいかわわじゃん!? って言うとめっちゃ冷たい目で見られるからシナシナすきー。でもいちさんのほうがすき。ていうかいちさんがすき。もうさー比べるのがおかしいんだよなぁたぶん。いちさんは、誰とも比べられないもん」
「俺もです。……でも、シナさんにはちょっと嫉妬する……」
「あー!! もう!! かわいい!! そういうの、ほんっとかわいいからぁー!! あーあー酔っぱらいの脳味噌にダイレクトにいちさんのかわいらしさがぁひびくぅー……あと体温もダイレクトでぇー……いたずらしちゃいそうになる……」
「え。していいですけど。だって唯川さん、いつもいいって言ってるのに、途中で恥ずかしくなって無理って言うし……」
「いやぁ、酔ってるからいけるかなって思って。でも酔った勢いでするもんでもないかなって思ってる夢見がちがおれもいるわけで。あーでも、お酒ででろでろにならないなら、おれででろでろになるいちさん見たいなぁー……」

そんな恥ずかしい事をさらっと言うのに、本当に唯川さんは性的な事が恥ずかしくて無理らしい。
俺はもう、キスでさえも唯川さんが初めてだったから、恥ずかしいとかそういう概念自体がよくわからない。他人とここまで接触して生活した事が無い。肌を晒すことは恥ずかしいことではなくて恐怖だったし、触れ合うのは吐き気を我慢するだけの苦行だったから。

気恥ずかしさはあるものの、多分他の人が考えるようなセックスに関する羞恥心は無い。というか、本当にわからない。
唯川さんには全部さらけ出してるし、それが普通の感覚になってしまっているから、いますぐ服を脱げと言われたらすぐに出来てしまうと思う。
だから、唯川さんがそんな風にただひたすら恥ずかしい無理しんどい恥ずかしいと俺の洋服に顔を埋めてしまうのは、すごくかわいいけれど、その気持ちを共有できないのは申し訳ないような気分になる。

恥らった方がかわいいのかもしれない。でも、本当に別に、恥ずかしいとは思わない。実際やってみたら恥ずかしいのかもしれないけれど。
もうほんとやってみないとわからないので、なんどかしてみませんかとお誘いはしているのだけれど、その度に唯川さんが途中で無理だと言ってトイレに駆け込む羽目になっていた。

どうしてもえっちしたいわけでもないんだけど、でも、俺で興奮してる唯川さんはすごくえっちな顔しててどきどきするしかっこいいし、もっと見たいなーと思う。
俺だけしか知らない唯川さんをもっと見たい。
もっと触りたいし、触ってほしい。
こんなことを思うのは本当に唯川さんだけだから、酔っていると自己申告しているいつもより積極的な恋人の手をぎゅっと握ってキスをして、ちょっとだけえっちなことしませんかと言うと赤い顔が真っ赤になった。

かわいい。かわいくて、俺も赤くなってしまう。

「いっちさん積極的―……」
「だって。別に、しなくても、俺は幸せだけど、したらもっと幸せかもしれないし。唯川さん、別にしたくないわけじゃないんですよね?」
「えっちしたいんだけどさー……なんか、恥ずかしいのはもうなんかどうにかなりそうなんだけどいちさんが天使すぎて最近は手をだしてはいけないような気がしてきた……」
「酔ってます?」
「よってるけどーよってますけどー。なんかねー性欲とかどうでもよくなるんだよね。でも興奮しちゃう自分が恥ずかしくて嫌になんの。どっちだよおれ、みたいな」
「興奮してくれるの、俺は嬉しいですけど……唯川さんの興奮してる顔、すごくかっこいいし、あのー……男の人の魅力的な顔って感じで、好きだし」
「……ちょうしにのってしまう……そういうこといわれるとおれはすぐちょうしにのってしまう…………」
「乗って良いって言ってるのに。わかりました、じゃあ、俺が触ります」
「ん。ん? ん!?」
「それならいいでしょう?」

ね? と笑うと、唯川さんがちょっと腰を引いた。
から、手を掴んだ。

「俺だって唯川さんに触りたいです。……だめですか?」
「だめじゃーないけどー……こ、こころのじゅんびが……ていうかおれの身体なんて別に普通の男子ーの身体よ? 特別なとこなんかないよ?」
「かっこいいじゃないですか。腹筋ちょっと割れそうですよね、知ってるんですからね。腰のとことか、なんか、きゅっとしててかっこいいです」
「おわぅああ……なになに、これなんの羞恥プレイ……うううおれも壱さんのほっそい腰とかちょう好きなんだからぁ……もう鎖骨とか正直舐めまわしたいくらい好き……」
「舐めても良いですけどお風呂入ってからがいいです。あ、そうだ、風呂一緒に入ればいいんじゃないですか?」
「なにその名案だみたいな破廉恥提案」
「唯川さん、服脱ぐときに一番断念しやすいじゃないですか。最初から服脱いでたらどうにかなりそうだなって思って」
「……念入りな観察と考察からの完璧な提案におれは驚きを隠せない……」
「嫌ですか? 俺と風呂入るの」
「いやじゃないですけどこころのじゅんびがひつようです……えーやだすっぱだかの壱さんとかなにそれ……天使が一糸まとわぬ姿になるとかもう直視できないじゃん……」
「唯川さん、わりと俺に幻想抱いてますよね?」

普通の男ですから、と笑うと、俺の首筋に倒れてきた唯川さんはあっつい頬を擦り寄せて『壱さんは普通の男でおれの天使だよ』なんてどうつっこんだらいいのかわからないことを呟いた。

結局酔った勢いでできたのはちょっとしたスキンシップだけだけど。
そっか俺が触ればいいんだ、と気がついたので上々だ。押し倒して、とかはハードル高い気がするけど。ちょっと酔っぱらった唯川さんだったら、なんとか誤魔化せる気がする。うん。どうにかなるきがする。いける。たぶんいける。うん。

俺がそんな事を考えているとは思ってもいないようで、相変わらずふわふわしながら照れてる唯川さんはかわいい。

「あー……壱さん天使―……まじかわいいー……おれも土日休みになりたいー……今の仕事してる限りむりー……」
「でも、辞めないですよね美容師。俺、美容室で楽しそうに働いている唯川さん好きです。最近は女の子に囲まれてても、その人俺の彼氏だからって思えばなんだか余裕でるというか……」
「あああ……天使が余裕の発言かわいい……天使もっかいキスしていいですか……」
「何回だって嬉しいですけど普通に名前で呼んでください」
「壱さんすき」
「うん。俺もすきです」

えへへと笑う熱い身体が愛おしくて、やっぱりこのまま押し倒したらいいんじゃないかなーなんて、唯川さんがびっくりしそうなことを考えてしまった。


end





びっくりする程えろにならなかった。