×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




サンタ帽子と貴方のはなし。




クリスマスなんてくそくらえだ、と思っていた時期がたしかに俺にもあった。

大半がキリスト教だと言っても、近年じゃただのパーティの口実のようだ。別に俺だって敬虔なキリスト教徒ってわけじゃない。何度祈ったところで姉さんすら助けてくれなかった神さまとやらに頼ることは諦めたし、だから祈ることも祝福することも止めた。

ただ単に興味が無い。
それなのに街は浮かれたように同じ曲を繰り返し流し、赤と白と緑の装飾で溢れる。
狂ったように繰り返されるサンタとかいうオッサンの歌を聴いているだけで、毎年本気で苛々して煙草の本数が増えた。

この時期になると客やら知り合いやら、とにかく興味もない女に色目を使われるのも面倒で仕方がない。
職場の人間は、流石にニコチンモンスターをデートに誘ったりはしないが、常連や恐れを知らない大胆な客は、ここぞとばかりに口説いてくる。流石に客を邪険にして売り上げを落とすわけにはいかない。面倒すぎる彼女たちの攻撃をやんわりと断る言葉を探すのだって労力だ。煙草の本数が更に増えても仕方がないだろうと思う。

クリスマスなんてくそくらえだ。
その見解は今までもこれからも、変わりないとは思うが。

「……センセイのその、似合わないサンタ帽だけは評価する」

にやける口元が見えないように片手で隠しながらも、どうも声から滲みでてしまっていたらしい。目の前で壮絶に似合わないサンタ帽子をかぶり仕事用の白衣を羽織って佇む俺の恋人は、苦い顔でこちらを睨んできた。

その、不本意だという意志を隠さない顔が最高に愛らしい。
今すぐ抱きこんで耳元で息を吹き込むように口説きまくってキスをしたい衝動にかられたが、流石に部屋の外でそんな奇行に及ぶ勇気もないし、きちんと理性は働いていた。

尚且つここはセンセイの職場だ。

彼は今、本拠地のワシントンDCではなく、古巣のNY支店に応援に来ていた。別に俺はワシントンのS&Cストアに乗り込んでも良いんだが、あのいけ好かないサイワキとかいう上司が待ち構えていると思うと、大人しくセンセイの部屋でパスタを茹でて帰りを待つ選択肢を選ばざるを得ない。

体力はわからないが口で負ける気はしない。
だが、センセイの体面というものもある。多分俺はあのクソみたいにムカつく男をいざ目の前にしたら、理性なんざ失って大人げなくセンセイを取りあってしまう。取りあうも何も、センセイは俺の恋人なんだが。その根本をサイワキとやらはまだ理解していないらしい。真面目に一発くらい殴りそうだ。

だからまあ、今年はセンセイのサンタ帽は拝めないのかな、と思っていたのだが。年の瀬の忙しさに対応できず、急にNY出張が決まったので数日泊めてほしい、という嬉しい連絡が来たのは先週のことだった。

帰る時間を気にせずセンセイに会える。帰ったら家にセンセイが居る。
これだけでも十分な御褒美だというのに、今はクリスマス前の浮かれ切った時期だ。去年、俺とセンセイが出会った時と同じように、今年も早くからS&Cストアでは従業員はサンタ帽子をかぶっていたのを知っていた。
センセイが居ようと居まいと、俺のアパートに一番近いディスカウントショップはこの店だったからだ。

すっかり顔なじみになったダイアナに手をあげて挨拶をすると、『ドクターキャンディ来てるわよ』とウインクされた。
別に、付き合っていると公言したわけじゃないが、どうやら俺が彼にぞっこんだと言う事はばれているらしい。俺はセンセイにだけはどろどろに甘い自覚があるし、センセイはポーカーフェイスがうまくない。顔見知りにバレてしまうのは仕方のないことだろう。

そして、一週間ぶりの恋人は、一年ぶりの愛おしい格好で渋面を晒しているわけだ。

――死ぬほど可愛い。
そう思っているのは、どう考えたってバレバレだ。

「……似合っている、ならまだしも。似合っていないサンタ帽子の私なんて、別にかわいくもなんともないでしょう」
「似合わないのが良いんだよ。その、酷く似合っていないのにしぶしぶ被っている、というふてくされたような恥ずかしそうな顔が最高だ。……口調が固いけど。怒ってる? 俺は別に、センセイの事が好きすぎるだけで、馬鹿にしてはいないからな?」
「分かってますよ。仕事中は仕事モードになってしまうんです。家に帰ったらもうちょっとふてくされてやります」
「可愛いだけだ。今から楽しみでしかたない」

にやにやしすぎて頬が痛くなってきた。あまり雄弁ではない表情筋を動かし過ぎた自覚はある。
ダイアナ以外にも何度か見かけたことがある店員が、二度見して口をあけているのが見えたから、俺は相当アホヅラをしている事だろう。

「大体、クリスマス商戦をしかけるのが早いんですよ……こんなのクリスマスの三日前くらいからでいいのに。というかうちの店はドラッグストアであって、プレゼントを買う店でもターキーを売っている店でもない。サンタ帽子でクリスマスアピールする意味が全くわからない……」

言っている事はわかるが、子供のようにぶつくさと文句を垂れる様が異常に可愛い。
三十歳の男相手に大真面目に『可愛い』と悶える日が来るとは思ってもいなかったが、可愛いものは可愛いのだから仕方ない。これはもう、可愛いと表現する以外ない。そういう生物だ。可愛い。死ぬほど可愛い。

「客商売ならニールのところの方がこういうイベント毎に向いてるんじゃないですかね。ていうかニール被ったらいいのに」
「俺は似合わない上に面白くもなんともないだろう。白衣にサンタ帽はまだかわいいが、黒のスーツにその帽子は笑えるだけだ。やるならいっそ全身サンタ衣装にならないとダメだろう」
「いいじゃないですか。サンタのニール見たい」
「別に、着てもいいけど。喫煙者のサンタじゃ子供の夢をぶち壊すだろうな」

笑ってセンセイの帽子のずれを直すと、むくれた顔がふいと視線を逸らす。それが照れた時の仕草だと知っていたので、思わず抱きしめそうになった。
センセイがNYに居るのは素晴らしい事だが、外で我慢をしなくてはいけないのはわりとしんどい。そうだ、彼がNYに居た時は、俺達はまだこんなに甘い関係ではなかった。

家の中では思う存分その唇を味わえるのに、目の前にある甘いものに触れられないのは中々辛い。一時期ミス・メイスンに強要されて実践した禁煙の時のような、乾いたような飢えを感じる。

センセイのサンタ帽子が見たくて、仕事帰りに柄にもなく走って来たものだが、やっぱり上がる時間に合わせれば良かったかもしれない。
こんなに可愛い生物に、あと一時間は触れないなんて拷問だ。

と言う旨をあまり隠さずに声にしたら、センセイが帽子に負けない程赤くなったうえに、レジのダイアナから声がかかった。

「ドクターキャンディ、今日はもうきっと忙しくないから上がってもいいんじゃないかしら」
「え。いやでも、明日の準備が……」
「それはみんなでやっておくわ。だってキャンディの就業時間はとっくの昔に過ぎてるじゃないの。日本人は残業が好きでいやーよ。恋人が迎えに来てくれた時くらい、大人しく従業員の優しさを受け入れてほしいわ」

ね? とウインクされ、まったくその通りだという意味を込めてセンセイの頬に軽くキスをすると変な声を出して飛びのかれた。
失礼な、とは思わない。予想内の反応だし、可愛いから問題ない。

「ほら、美女が気をきかせてくれてるんだ。甘えてしまってもいいんじゃないか?」
「…………ニールがでれでれしてるからだ…………」
「俺だけのせいじゃないだろ。センセイだってさっきから真っ赤だ。恋をしてますって顔が言ってる。とんでもなく嬉しいだけだけどな。いいから早くそのやぼったい白衣を脱いで来な。ああ、でも、帽子はそのままでもいい。可愛いから」
「……ニール、さっきからこれ凄く押すけど、サンタ好きだったっけ?」
「いや、別に。クリスマスもわりとどうでもいい。ただ、サンタ帽子が妙に似合わない上にちょっと恥ずかしそうにしている俺の恋人は最高にキュートだから仕方ない」

手を繋いで帰る? と甘い声で囁くと、赤い顔で睨んできたセンセイは嫌とは言わずに『ずるい』と言った。それが可愛くて、やっぱりセンセイは最高だと笑いが零れる。

あははと笑っていたら、また他の店員に二度見されてしまったけれど。

「早く帰ってキスして次の休日の予定をたてよう。そういえば、クリスマスのディナーに姉がセンセイを呼びたいって言ってたけど、また俺はプレゼントに悩むことからのスタートだな……センセイに贈るものはすぐに思いつくのに」
「僕は、あんまりモノを持っていないし、なんだってキミから貰うものは嬉しいから。ていうか何その怖いイベント。気鋭のレンアイ小説家とクリスマスディナーっていうのもすごいけど、恋人の御家族に挨拶って考えたらもう震えそうだよ……」
「じゃあ断る?」
「――行く。恋人の家族に会うの、実は初めて、っていうかよくよく考えたらこんなに僕の事好きだって煩い恋人が出来たのも、生まれて初めてなんじゃないかなって、ちょ、ニール仕事中!! 仕事!! 中!!」
「センセイが甘い事を言うのが悪い」

暴れるセンセイを抱きしめて額にキスをしたら、流石に他の店員は皆諦めたように視線を外してくれたようだった。
これでとりあえずNY店に敵はいなくなったようだ。別に、どんな奴が彼に手を出そうとも、渡す気なんてないけれど。牽制というものは案外有効だ。

帰ったらこの前飲みそびれたワインを開けよう。
俺もセンセイもあまりアルコールに強くはないから、すぐに酔っぱらってしまうかもしれないが。街中浮かれ始めているこの時期に、ゲイの酔っぱらいが部屋でいちゃついていたところで、誰に咎められるわけでもない。ぐだぐだに酔ったセンセイは、多分俺の想像以上に可愛いに違いない。

甘い唇に舌を這わせる不埒な想像を膨らませ、サンタの帽子を奪ってさあ着替えてこいと背中を押した。
手持無沙汰にその帽子をかぶって店内をふらついていると、ダイアナが呆れたように頬づえをついていた。

「……何?」
「別に。なんでも。本当にあなたって、ドクターの前では笑うのねって、不思議に思っていたところ」
「それ、よく言われる」
「…………訂正するわ。ドクターの前だけじゃなくて、ドクターの話だけでも笑うのね」

だって恋にいかれちまってるんだ。
そんな事は言わずとも分かっていると言う風に、同じようにサンタ帽子をかぶったダイアナは苦笑しただけだった。



end