笑う詐欺師と笑えぬ詐欺恋。
恋人って結局なんすかね。
と切りだすと、向かいの椅子に座ったイケメンが思わずと言ったように吹き出した。
吸ったばかりの煙草の煙が、笑う声と一緒にぶわっと白く宙に舞う。
「……デートなう、って時に話題にする事ですかねソレ。相変わらずおもしろいね久米田さん」
「デートにカッコ仮付けてクダサイ韮澤サン。名目はデート(仮)で出てきてますけど、オレ達がわざわざ本当にデートするこたないでしょ。デートっつーかミーティングでしょ」
「言いえて妙ですね、ミーティング。詐欺師と脅迫男のミーティング?」
「おい人聞きの悪い呼び方すんな詐欺男」
「間違ってないでしょうに。僕、強請られなうですし」
あははと笑って、また煙草の煙を吐く。
ちょっとシックな喫茶店はいまどき珍しい全席喫煙で、勿論女性や子供の姿はない。ファミレスとかのほうが喧騒に紛れられて話はしやすいと思ったんだけど、いい歳した男二人が向かい合ってファミレスってちょっとどうかと思うのでやめた。
イケメンの方はいつもの、というか仕事着と思われるスーツだ。セミオーダーっぽく着こなしてる割に、実は安ものの吊るしをそれっぽく詰めただけだと聞いて、顔面偏差値が上っていうのは本当に得なことだよなって思った。
うちの上の兄貴達も、わりと美丈夫と言われる部類だった。一番上の兄は儚げで、二番目の兄は精悍と言った風貌だったと思う。この五年会ってないから記憶頼りだし、もう会うこともないだろうから思い出す作業はしないことにしている。時間と脳味噌の無駄だ。
対する俺はいつものというか、特別な明記するような何かもない格好だ。
ただ、流石にパジャマ然とした普段着じゃあ、家族にも疑われるかなっていう無駄な配慮でスマートカジュアル的な感じのジャケットにパンツだけど。別に高級スーツでも、お高いブランドでもない。
高い服着たって袈裟着たって結局俺ごときの顔面レベルじゃ、大した箔もつかない。
ひたすら上の兄貴達の美人&精悍コンビと比べられ続けてきた平平凡凡、ヤンキーじみた三男坊は割と世界を斜に見ている、自覚はあった。
それでも別に世界に不満があったわけでもないし、我が家に憎悪があったわけでもない。
寺の三男坊とはいえ本家とは違い、地味な小さい寺だ。上には兄が二人も居る。寺を継ぐのは絶対嫌だけど、真面目な兄貴達がいるなら安泰だし、俺が若干ちゃらんぽらんに生きていても親は口出ししなかった。
適当にグレて、適当に更生して、無理矢理仏教大学入れられて、どうにか卒業して、適当な会社に入社したら三カ月で廃人になってやめて今はフリーターだけど、それでも親は苦笑いで嫁くらいはきちんと貰えよと言うくらいだった。
所詮三男坊だ。そもそも寺なんて自営業だから、両親は働いた事が無い。フリーターも正社もあんまりよくわかってないらしく、世間様に迷惑をかけなければいいんじゃないのかしら、くらいに思っているらしかった。
温い環境で生きてきたと思う。
そのツケが、二十五歳にして一気に来ているわけだけれども。
かっこいいスーツをかっこよく着こなしてカッコよくブラック珈琲を飲みつつ煙草とか吸ってるかっこいいの集合体みたいな目の前のイケメンは、黙って座っていればクールメンズなのに、どうもやたらとよく笑う。
「なんか、昨日まではしくじったなーもっとうまくやれた筈なのになーちくしょう、まさか俺がこんな単純ミスやらかすなんてなーって思ってたんですけどねー。わりと、悪くないかなーって今思ってますよー久米田さんなんか、ちょっと、面白いし、かわいいし?」
「……不穏な単語混ぜるのやめてもらっていいっすかね契約社員詐欺師殿」
「生まれ持った素質は詐欺師かもしれないですけど僕が犯罪すれすれお仕事してるのは僕のせいじゃないですからねー。仕事運ないんですよね。なんだかいつも怪しいお仕事に行きついちゃうんだよなぁなんでかな」
「詐欺師の星の下に生まれてんじゃないっすか」
「またまた適当な事を。頭使って喋ってくださいよ、頭良いんだから」
「……たまにはボケっとさせてもらっても罰あたんないでしょ。毎日毎日、気つかって生きてるんすよ……」
「あー。ねー? 大変なんですねぇお寺さんって」
すごく他人事みたいに言われた。いや、他人事なんだけど。
ていうか、俺だって先月までは他人事だった。
いい加減どっか適当な工場とか事務とかに就職して、そんでぼんやり嫁でも見つけた方がいいよなーって思いつつだらだらと二十代も後半に突入した、俺の誕生日のその日。先月の八日。
上の兄貴が失踪した。
多分、駆け落ちじゃないかという話だった。
平成のこの時代にかけ落ちとか存在するのかよマジかよと思わなくもないが、そもそも寺の生活が中々に昭和だ。お手伝いさんが居たり、妾が居たり。そういうの、ウチは無いけど、本家とか顔見知りの寺とかではわりとよく聞く。
付き合っている女性が居たことも知らなかった。
一番上の兄貴は今年三十歳で、いい加減どっからの寺から嫁を貰って、仕事も辞めて家を継がなきゃね、なんて話をしているところだった。
臨時採用の教師をしていた兄貴は頭が良かった。本当は研究者になりたかった、という話を、二番目の兄貴から聞いた事がるような気がする。それを諦めて寺の仕事を手伝っていた筈だった。
要するに、好きな女が出来たから逃げたのだ。ということに家族全員が気が付き、動揺が収まったタイミングで今度は次男である兄の方が両親に頭を下げた。
会社で新しいプロジェクトを任されることになり、暫く海外赴任になるとのことだった。
上の兄貴が蒸発したのはもう仕方がない。ならば次男に寺を継がせよう、と気持ちを切り替えていた両親とその流れをぼんやり見守っていた俺は仰天した。
実家の仕事を継ぐのは自分しかいないと思う。けれどこの仕事をやるために生きてきたし働いてきた。どうしてもやりたい。これは自分以外には出来ないと、何度も常務に口説かれた大変なプロジェクトだと泣いて訴える兄貴に、両親は困惑していたと思う。
基本的に寺ってやつは非常に凝り固まった世界観の中にいる。
嫁は寺の娘じゃないといけないし、仕事をして給料をもらうことはむしろよくない事だと思っている節がある。家に入り、家を支え手伝うのが全てだ。そう思っている人間に、仕事の重大さを説いても相互理解に及ぶわけがない。
結局どうなったかと言うと二番目の兄貴も逃げた。
説得できないと踏んだ彼は、ある日の朝、忽然と姿を消していた。
そして残ったのは家を継ぐ気も継ぐ度胸も継ぐ能力も皆無な、ちゃらんぽらんな三男ってわけだ。
以上、俺の家に起きたトンデモなアレソレお家騒動だ。そして目の前のこのスーツイケメンがなんぞと言う話はまた別になるけど面倒なので一言で説明すると、『檀家さんが持ちこんだ数珠の石が偽物っぽかったので付き添ってクレームに行ったら結構な詐欺店で、なぜかうっかり言質取って優位になっちゃった俺はその場に居たイケメン店員の弱みを握ってしまった形になり、なんでもするという彼に「じゃあ期間限定でオレの恋人になってください家を継ぎたくありません」というトンデモ提案をした』ってことだった。
わりと波乱万丈だ。というか無茶苦茶だ。
「どうせ僕は派遣なんで、店の詐欺がばれてもそこまで重大な罪にはならないんじゃないかとは思うんですけどね。生憎と法律には疎いものでよく知りませんけど。でもまあ、久米田さんとデートするだけで犯罪ひとつ見逃してくれるっていうなら安いものですよねーなんだかちょっと楽しいし」
「オレは全然楽しくないっす。この偽造ホモデートに人生がかかってるんです真面目に計画立てろください」
「真面目ですよ。だから水族館行ってフレンチからの夜景デートで観覧車乗って解散で完璧じゃないですか」
「魚怖い。暗いとこ嫌い。狭いとこムリ。閉所恐怖症っす。あと男二人でフレンチとかオレの面の皮が耐えきれない」
「もーわがままですねほんと。なんかその無茶苦茶我儘なところわりとかわいいなって思ってきた。いやぁ、疑似デート的にはいい傾向ですかね?」
「韮澤さんホモなんすか?」
「おっぱいはCカップが好きです」
「オレはふわふわがいいからD以上」
「わあ、童貞っぽい発言」
「うるせーどうせ大した経験ねーよ。普通のデートって何したらいいの?」
「去り際にキスでもしとけばいいんじゃないですかね?」
さよならまたねの瞬間に、ちゅっと気障に頬に触れるイケメンの唇を想像してうははと笑いそうになる。
あーやめて。なにそれ面白い気障過ぎるし痒くて湿疹が出そうだ。想像だけで死にそうに痒いんだからきっと本当にやられたら鳥肌どころかジンマシンがでると思う。
「至極真面目に考えてるのに、久米田さん全部却下するじゃない」
「だって痒すぎて死ぬ……え、普通のカップルって観覧車の中でちゅーとかすんの?」
「するんじゃないですか。他に何するんですかあの空間で」
「いやオレ乗った事ないからわっかんないっすよ。閉所嫌いだし。高いとこも得意じゃないし。彼女とデートとかそういうちゃんとしたとこ行った事ないし」
「でも、ちゃんとしたとこ行かないとダメなんでしょ?」
「妹夫婦が、監視役で同行すっからね……ゲーセンとか行ったら完全にダメなやつ。ちゃんとお付き合いしてるラブラブカップルですよ☆ってことアピールしないとダメなやつです」
「じゃあ観覧車でキスしましょ?」
「………………ハードル高い……」
一本目の煙草を吸い終わったイケメンは、机につっぷすオレの向かいでふははと楽しそうに笑った。
本当に良く笑う男だ。
店ではにこりと控え目に湛えていた笑みが、今は下品すれすれくらいに豪快になっている。
「つか、韮澤さんホモでもねーのに、男と観覧車の中でちゅーとかできるんです?」
なんとなく、頬杖つきながら声をかけると、ちょっと目を開いたイケメンは二本目の煙草に火をつけながら甘く笑った。
――もうちょっと上品に笑ったらいいのに、なんてさっきまでは思っていたけど、撤回したい。そんな風にとろりと笑われたら何処を見て良いのかわからなくなる。
「僕は久米田さんに弱みを握られていますからね。やれ、と言われたら人殺し以外はやりますよ」
「おん……オレ、もしかしてすごい切り札手に入れちゃった……?」
「どうでしょうね。切り札かもしれないし、呪いの札かも。何と言ってもその札には自我があるわけで」
「……呪いの、札?」
「うん。久米田さんに、纏わりついて、離れなくなっちゃうかも」
「わー……呪いの札っすね。オレ、強請る人間間違えたかなぁ」
「かわいい女子なら、そのまま家継がされてたでしょう。ゲイだから家は継ぎません僕は彼と愛に生きますっていうスタンスを貫く為ですよ。せめて半年は呪いの札に慣れてください。というか、久米田さんこそ僕がキスしても平気なんですか?」
「え」
「え?」
「……いや別に。平気って言うか、オレが頼んだ話だし。それこそ殺される以外ならなんでも付き合う覚悟で恋人役頼んだんで」
ちょっとびっくり、みたいな顔してんのはなんでだイケメン。
イケメンにはわからんだろう寺の仕事がどんだけオレにとって苦痛かってやつ。
「久米田さんって、なんか、面白いよね」
あははと笑う声は明朗で、楽しげで、面白いのはアンタの方だろうと思った。
イケメン詐欺師と半年間、期間限定のゲイカップル契約を交わしたは良いが、笑えない結果にならないといいなぁなんて、心配していたこの時のオレの予感は大概当たっていたのだけれど。
人間、直観ってやつは信じるべきだと反省した。
end
診断メーカーで出た「ことごとく職業選択を間違える派遣社員と閉所恐怖症の三男坊が期間限定の恋人として振る舞う話」からのだらだら連想。