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秘色ブルーと咎持ちオリーブ。

※同人誌で発行したsodomに繋がるお話。ネタバレではない筈。
※直接描写ないですけれど流れ的にちょっとえぐいかも。気が狂ってるぜ!な感じなので興味ないわって方はブラウザバック推奨です。

* * *




オリーブが嫌いなんだ、と、苦笑する彼の髪の毛は陽に当たるとオリーブグリーンに見えた。

苦手なのだったら最初にそう注文したら良かったのに、とは言わない。
出来るだけささやかに微笑んで、じゃあ僕が食べるよと言うのがいつものことだった。

人目を盗んで彼の皿からオリーブを盗み取る瞬間は、少しだけどきりとする。
世界に対して後ろ向きな僕は、ほんの些細な接触も、咎められている重罪のように感じた。そんな僕を知っている筈なのに、彼はフォークに刺したオリーブを、ひょいと僕の口元に運んでくる。

思わず口を開けてしまって、ああ、だめだ、こんな人目につくカフェで、とか細い非難の声をあげる事も、きっと彼にとっては楽しい事なのだろう。

かわいいね、と笑う声が耳に残る。人気者の彼は、とても軽やかに喋る人だ。僕はいつもその声に翻弄され、そして微かに抵抗しつつも消え入るような声で恋情を滲ませることしかできなかった。

彼をはじめてみたのはキャンパスで、彼と初めて喋ったのは画材屋で、初めて食事を共にしたのは画材屋横にあるこのカフェだった。
秋口のオープンテラスは少し寒い。
けれど僕は暖かい日差しに照らされオリーブ色になる彼の髪の色が好きだったので、できるだけオープンテラスの席を選んで彼を待った。

暖かい珈琲と、オリーブ入りのサンドイッチが彼の定番で、いつも僕は紅茶を飲みながらオリーブを食べた。酸味の効いたドレッシングが舌に残る。僕もオリーブは得意ではなかったけれど、彼が食べるものの一部であったそれは、何故かとても貴重なものに見えた。

常日頃、神さまというひとはなんて自分勝手なのだろうな、と思っていたのだけれど。
彼を眺めていて僕は思う。自分勝手だからこそ、神さまは神さまなのだ。

僕の神さまは彼で、彼の言葉は絶対で、彼の触ったものはすべて神聖なものだった。
けれどこの信仰はとても密やかに行わなければならなかった。僕も彼も、世間というものが僕達に優しく無い事を知っていたし、これから社会というものに出ていく為にも、隠していかなければいけないものがある事を理解していた。

本当の愛というものは密教の信仰に似ている。
本当のものを隠す為に、時には偽らなければいけないんだ、と、彼はふわふわ笑う女子の手を握る理由を語った。
僕は感動し、そしてその本当の意味を知りつつも、やっぱり神さまに陶酔した。

彼の言葉の全てが真実ではない事など知っている。僕以外にもオリーブを食べる人はいるし、僕が共にしていないベッドも、彼女たちはきっと易々と同伴していることだろう。
そんなことは気が付いていたけれど、僕は愚鈍な振りをして神様を信仰した。

神さまを信仰し愛することだけが僕の務めだと思っていた。そう思いながら、画材屋横のカフェでオリーブを食べながら、僕の学生時代は過ぎ、やがて社会というものが僕達を呑み込んだ。

画家を目指していたわけではない僕は、学校で身に付けた知識と伝手を元にミュージアムで働き始めた。
給料は少ないが、非常に楽しい職場だった。時折展示会の采配を任され、現代アーティストの企画展は大成功だと地元の新聞で絶賛された。

画家を目指していた彼は、時折自分の作品を買ってくれと僕を呼びだすことがあった。パスタのオリーブを食べながら、薄給の僕が買える程度の小さい絵ばかりを少しずつ買った。
その度に快活な彼は溢れる程の笑顔を作り、蕩けるような愛を語った。
僕は相変わらず彼を信仰していたので、その愛の言葉だけでオリーブ以外の何物も喉を通らなくなった。学校を卒業してからの彼は女性に手を出す時間もお金も無かったらしく、その事実も僕の信仰を深めていった。

神さまがすこしだけ、人間に近づいたのかもしれない。
ただそこで愛を語ってくれるだけで満足していた僕は、次第に、神さまが人間だったなら触れることができるのだろうかと考えるようになった。

僕が絵を買えば買う程彼は甘く言葉を零す。
次はこの絵を買ってくれと要求をつり上げる。
なんて勝手な神さま。なんて勝手で甘い神さま。
そしてその絵を買う度に、僕の中で神さまは人間に近づいていく。
それが僕は嬉しくて嬉しくて嬉しくて、ついに安月給のミュージアムを辞め、そして工場で働きだした。

これが売れないと生活出来ないんだ、と、珍しく彼が弱々しく零した、大きな油絵を買う為だった。
工場の仕事は辛かった。僕は背ばかり高くてひ弱で、肉体労働に向いていない。青い作業服はいつだって無様に汚れ、器用な先輩たちとは違い肘のあたりが擦り切れてしまう。

うまく作業が呑み込めす、給料は思ったよりも上がらなかった。
その話を彼にして、あと二年も働けばどうにか絵を買うことが出来る筈だと報告すると、半年後にはお金が必要だと告げられた。

僕はとても慌てた。
僕には財産などない。
家もない。貯金もない。全て、神さまに捧げてしまった。
仕事を変えたばかりで借金の審査も通らない。
どうしていいか分からずに、慌てるだけの僕に、彼は仕事を紹介してくれた。


――――ああ、どうして僕は、神さまを信じきれなかったのだろう。





「もう十年も前のことだけれど、鮮明に覚えて居るよ」

真っ暗な地下室では、小さなランプの光が頼りだった。
僕の持ったそれを見上げるように、神さまだった人は怯えるように首を振った。昨日からずっとこうだ。もう過去の事とはいえ、神さまだったのだから、あの時のように快活としていてほしい、というのは僕の我儘なのだろう。

「貴方の用意した仕事はとても酷いものだった。でも僕は途中まで頑張ったんだ。貴方の為だもの。貴方が性格も悪くて酒癖も悪くて女癖も悪くて良いのは顔と声くらいの男だなんてこと、勿論僕は承知していたよ。それでも愛していたし信仰していたから、そんな悪いもの全て含めて信仰していたから、僕は別に恨んだり苦に思ったりしてなかったんだよ。だから頑張った。金持ちの見守る中でホームレスに犯されるだなんて見世物も、唇を噛んで耐えたんだ」

首を振る彼の隣には、震えている女性が横たわっている。
ふわふわの髪は柔らかなブラウンだったような気がする。あまり見ないうちに殴り倒したし、地下室に運んでいる間は興奮でそれどころではなかったから、記憶は曖昧だ。
同じく動かないまま倒れている少年も、髪の色なんて覚えていない。オリーブ色では無かった事は確実だ。もし少年の髪の毛が、陽に当たるオリーブだったなら、僕は殴る事を躊躇した筈だ。

三つの生き物は目と鼻と口以外のすべてを塞がれてぐるぐると縄で巻かれて地下室に転がっている。
すこし、やり方を改良しなければうまく飼えないかもしれない。明日、ペット用品店に行こうと思う。この町のことはあまり知らないけれど、少し歩いたところに商店街があったことは確認していた。

「痛かったなんてものじゃなかったよ。辛かったよ。涙しか出無かったよ。途中で唇を噛んで死のうと思ったけれど、それがばれて余計に酷くされたよ。人間の身体っていうのはすごいね。精神っていうのはすごいね。段々と感覚が無くなってきて、朝になる頃には僕はただの肉の塊になっていて、反応がなくてつまらないからって余計に酷い事をされた。悪意ってすごいね。欲ってすごいね。ねえ僕は、あの後君に会いに行くまでの十日間、部屋から一切出れなくて、工場を首になりかけたんだ」

ぼろぼろの状態で十日ぶりに出社した工場で、泣いて謝り倒してどうにか生活するお金を得る場所を繋ぎとめた。必死に謝る僕の姿勢よりも、学生にリンチにあったという言い訳の方が同情を誘ったのかもしれない。

何度か死のうかなと思ったのだけれど、お金を渡した彼が微笑んでくれたので、まだ死ぬのはやめようと思った。
そして僕は選ぼうと思った。
決断しようと思った。
まず彼の住む家を突き止めた。個人的に貰っていた住所はアパートで、隣人に尋ねるとそこは空家だと言われた。でも彼のあまりうまく無い油絵を扱っている画商を僕は知っていたので、そこから住所を聞き出すことは容易だった。画商はミュージアム時代の僕を知っていて、とてもよくしてくれた。勇気がでた。僕はまだ、人間に見えるらしいと思えた。

バスを乗り継いで彼の家に向かった。
ドアベルを押すような愚かなまねはしなかった。
僕は神さまに会いに来たのではない。僕は神さまを裁きにきたのではない。そのどちらかの判断を、つけようと思い、バスに揺られてきた。

花に囲まれた一軒家だった。
坂の上にあって、周りには何もない。隣の家ともかなり離れている。如何にも、孤高の画家が住んでいそうな雰囲気ではあったけれど、中から出てきたのは彼と、そして身重の女性だった。

僕はその足で引き返し、花屋を見つけると丘の上の友人に会いに行くのに手ごろな花をと頼んだ。僕は人間に見えているらしいから、できるだけおどおどとしないように微笑んだ。花屋の主人はとても気さくな人で、丘の上の夫婦は来月結婚式だものね、と笑った。

そして僕はその花を持ったままバスに乗り、帰宅し、花を食べてそれから吐いて、散漫しそうになる自分をどうにか繋ぎとめる為にルールと目標を作った。
僕は今まで神さまがいたから生きてこれた。
けれど神さまは愚かなアダムだった。身重のイブは、彼と混じり合い罪を宿した。許さない。許されない。裁かなくてはいけない。僕はそれまで僕を保たなければならない。

目標は、まずは彼を断罪することだと思った。
けれど断罪と言っても、どれが正解なのかわからない。殺すことか。苦しめることか。奪うことか。どれが、彼の罪に対する罰なのか。

その答えはその日から二年後に明確になった。
僕はある病気に感染していた。――ああ、神さまは本当に居るらしい。なんて素晴らしい運命。なんて素晴らしい結末までの物語。
僕はやっと本物の神さまに感謝し、聖書を買って、彼らの子供が育つのを待った。

愚かなアダム。愚かなエヴァ。そして可哀想な子供。

「さあ、罪を悔いてねアダムとエヴァ。僕はとても身勝手だと、キミたちは思っているかもしれない。でも、人間なんてみんなみんな身勝手さ。神さまと人間は、きっと薄い紙一枚くらいの差しかないんだね。ねえアダム。――僕のブルーが君には見える?」

君がよく奇麗だと言ってくれた秘色の瞳は十年前のあの日に片方潰れてしまったけれど。
君のせいで、僕の秘色は深く濁って藍に落ちた筈だった。


地下室のアダムの髪の毛は、もうオリーブには見えなかった。



end



sodom読んだ人はちょっとにやりとできるかも。読んでない人はこういうもんだという雰囲気をお楽しみくださいわりとこういう一線向こう飛びぬけてる雰囲気の話好きです。