×
「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




馬鹿と青く鳴く何か。



「なんだよこれ」

よっこいせと鹿島が降ろした水槽のようなモノの中身を指さすと、きゅるきゅると不思議な音が響いた。
元々あまり評判の良くない目つきと眉間の皺がさらに深まった、と思う。僕のその様子をちらりと伺った鹿島はしかし、物怖じすることなく逆にキッと睨み返してきた。

「何って見りゃわかんだろ、わかんねーよ!!」

おまえのその度胸と啖呵、どうか別のことに使ってほしい。

「いや何言ってるかすらわかんねーよつまりどういう事だよバカかお前はあれか、馬鹿なのか、いやバカだったなごめんすまん謝るから捨てて来い」
「バカって言うのやめろっつってんだろ! 言った方がバカなんだぞ!!」
「わかった、僕がバカでいいからだから捨てて来い。なにこれこわい」

事の始まりなんてものは特にない。
いつも通りバイトをこなし、下宿に戻ってから今日の夕飯の支度を手伝っていたところに、いつも通りのタイミングでバイト上がりの鹿島が帰って来た。

海辺のボロい下宿先に残っているのは、今や僕と鹿島の二人きりだ。家主のばーちゃんはすっかり腰が曲がってしまって最近は耳も悪い。実質鹿島と二人暮らしみたいなもんだけど、別にそれに関しては特別な不満は無かった。

鹿島は今どき珍しい清く正しいヤンキーだし、アホだし、馬鹿だし、見上げなきゃいけないくらい背がでかいのはムカつくけど。態度はまあまあ普通だし、目立つ赤髪も一か月前の金髪よりはマシだし、僕が料理全般仕切る様になってからは掃除全般を率先してこなしてくれる心優しき純情ボーイだった。
同居人としては悪くない。悪くは無いが、その心優しさを向ける先が無節操なのはいかがなものかと思うわけだ。

鹿島が海の家のバイト帰りに浜辺で拾って来たというソレは、どう見ても、どう理性的に解釈しようと試みても、紛うこと無き地球外生命体だった。

正確に描写するのは気が引ける。なんかこう……青くて、つるつるしてて、虹色の膜が貼ってるみたいな変な光り方をしていて、その上きゅるきゅると断続的に音が上がる。形的にはクラゲに近い、のかもしれない。水槽の中にみっちりとつまったクラゲを見た事がないので、どうにも断言しがたいけれど。

もう一度、なにこれこわいと呟いた僕に対し、また鹿島は眉間の皺を深めた。

「こわくねーよ。さっきそこで拾ったんだよ。なんかさ、生きてるみてーだしかわいそーじゃん」
「生きて……え、これ生きてるの? きゅるきゅる言ってるの鳴き声なの?」
「だって口から出てんだろ」
「口……おまえこの生物(仮)の口がどこかわかんのか……僕には全部つるつるした青い何かにしか見えないんだけどな……」

言われてみれば凹凸がある様にも見えるし、一部がもごもご動いているようにも見える。これがもしかして目かな……? と思わしきところがあるようなないような。
それにしてもヤンキーはどうしてこう、捨てられている生物に弱いんだろう、と思わずため息をついてしまう。
捨て猫も怪我をした鳥も、拾ってくるのはいつも鹿島だ。それで、毎回里親探しに精を出すのは僕の役目と決まっている。今まではそれで良かったものの、これは一体どうしたらいいのだろう。

きゅるきゅると上がる音はなるほど、鳴き声と言われればそう聞こえなくもない。
生き物だと認識すれば、そう見えなくもない。
ただ、これが何かと訊かれればやっぱり一番最初の鹿島の言葉通りなのである。

わからない。
なんだこれ。
そんでどうすんだこれ。

きらきらしたバカみたいな目で水槽を覗きこむヤンキーこと鹿島を小突き、馬鹿の目線をこちらに向けさせた。

「……ヨッチこええよ。睨むなよ」
「僕の名前は吉浦だ。そんで睨んでもいない鹿島は本当にバカだなと呆れているけど。で、これどうすんの。生きてるなら生きてるでいいけど、怪我とかしてないなら放っておくか返してきた方がいいんじゃないの?」
「やっぱそうだよなー……つい、うわーこれ宇宙人か!? って思ってテンションで拾ってきちゃったんだけど、飼うの無理だよなー。何食うかわかんないし」

というかそもそもその水槽みっちりの保管方法で正しいのかすら怪しい。何を食うかとかそういうこと以前の問題だ。

「そうだよな……NASAとかにつかまって解剖とかされたら超可哀想だもんなー……やっぱ元の世界? に返してやんなきゃだよなー……」
「クトゥルフ神話みたいな言い方すんのやめろよ」
「クト……新手の豆腐かなんかか?」
「なんでもない」
「…………今すぐ行った方がいい?」
「…………」

上目づかいをやめろヤンキーと言ったところで、きっと『なんでだよ』っていう言葉しか帰って来ない。こいつは自分で考えるということをしない。だからいつまでたってもバカだし、いつまでたっても僕はこいつに対する勇気と確信が持てない。
確証がないものに期待するのは怖い、だなんて我儘に、ひっそりと自嘲する羽目になる。

「もう暗いし。明日の朝、海に捨てて来いよ。まあ、一晩くらい水槽みっちりでも大丈夫だろ。多分」
「夜中に爆発したりとか、仲間よんだりとかしねーよな?」
「知るか。絶対なんてこの世にないからわかんないっての。明日世界が無くなるかもしれないし、ばーちゃんが美少女に代わってるかもしれないし、僕が消えて無くなってるかもしれない。99%は無いって事項だろうけど、絶対なんて言いきれないだろ」

きゅるきゅると鳴く声が耳に入り、狭いのかなとか思ってしまって困る。こんなよくわからん生命体かどうかも怪しいものに気を使いそうになってハッとなった。僕も相当、鹿島の思考に侵されている。
そんな気も知らずに、鹿島はヨッと立ち上がると、頭の悪そうな顔を少し傾けて眉を寄せた。怖いのか可愛いのかわからないからその顔はやめてほしい。

「んーあー、世界が無くなるのはまー……いつかそういうのありそうだし、ばーちゃんが美女ってのは漫画みたいでおもしれーけど、ヨッチがいなくなんのはやだわ」
「そうか。じゃあ大人しく風呂入って飯食って寝ろ」
「……いつもよりつめてー気がする」
「地球外生物の一晩同伴を認めたんだ。ゲロ甘だろ」

だから早く風呂入れとひざ裏を蹴ると、多少は痛かったのか赤髪の下の眉が歪んだ。

どうにも僕は、あのアホでバカなヤンキーに甘い。
その理由は、どうにも苦くて笑えなかった。



「……ところでお前、ホントに何者?」

鹿島の去った玄関前で。相変わらずきゅるきゅると煩い青い何かに問いかける。

映画なら明日の朝には世界を揺るがす大事態に発展して僕たちはきっとばーちゃん共々追われる立場になるんだろう。漫画とかアニメなら、多分、夜のうちに人間に変身して朝美少女になっててドタバタ三角関係だ。前者も後者も、ぜひとも御免被る。

逃げるのは嫌だ。僕はこの生活が気に入っている。
三角関係も嫌だ。唯でさえ面倒くさい感情を抱えているのにこれ以上胃に負担をかけたくない。

「ま。迷惑かけないうちに家に帰って静かに暮せよ。あとあの赤い髪のアホが気に入っても、駄目だぞ。あげないからな。僕のじゃないけど」

青い何かは、水槽みっちりに詰まった身体を少し揺らして、きゅるきゅると返事をしたように思えた。


この下宿に来てから色々な事を学んだ。
ヤンキーはバカで純情でアホで案外優しいと言う事。
青い色の地球外生命体はきゅるきゅると鳴くと言う事。
そして、片恋は甘いだけではなく大変苦いと言う事。

至極どうでもいいことばかりだが、僕の人生には結構大切な事だった。



End




文字リハビリにお題ちょーだいと喚いていたらあたりめの人から頂いた『ヤンキーと地球外生命体のほも』という無茶振りに応えてのコレです。今眺めたら吉浦くんきっと黒髪なんだろうなって思って「またかよ!」って思いました。