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まほらばろうと。




その湖畔には赤い魔女が住んでいる。


じっとりと重く積もった雪を踏みしめて、道の様な道じゃないようなささやかな雪のけもの道を辿った先に、『垣根の上のカラス』はひっそりと佇んでいる。
その怪しい名前のレトロな一軒家はハーブを売る店兼お茶を振る舞ってくれる店兼占い屋だと聞いて、どう考えても用事はないなと思ったのは勤務一年目のことだったが、最近ではすっかりこの道を歩くことにも慣れてしまった。

積もった雪で取れかけている釣り看板も、去年俺が二度つけ直して補強したものだ。
いっそ取って屋根の上につけたらどうですかと提案したものの、垣根の主人は落ちたらまたつけ直してくれたらいいじゃないかと笑ったものだ。
そんな言葉の端々に混じる気安い雰囲気に、若干浮足立ってしまうのはバレている筈で、これだから魔女は嫌だと思った。

赤い魔女は、気難しくはないが、如何せん人使いが荒い。
そして荒い割にうまいから、俺は文句を零しつつも湖畔までのけもの道をせっせと通ってしまうわけだ。

「……丹羽サーン。にーわーさーんー! おはようございます開けてください今俺両手ふさがってんです。御所望のー薪一式ですー!」

『垣根の上のカラス』にはチャイムはない。一応ドアをノックする金具は付いているけれど、一般家庭にあるような押せば鳴るようなボタンはどこにも見当たらない。だから重い荷物担いでいる俺は、声を張り上げるしかない。

叔父が急に亡くなって、ペンションを経営する叔母が困っている、という話が回り回って俺のところに辿りついたのはおととしの事だ。
夏は良いけれど、冬は男手がどうしても必要となる。最近は冬の湖が小さな観光スポットとして注目されていて、冬でも観光客に需要がある。ペンションを閉めるのは勿体無い。けれど、叔母さんとその娘さんだけでは冬の営業は難しい。……実家の農業を継いでいる途中の見習い農家の俺に白羽の矢が立ったのは、まあ、わからないでもないけれど。

実際この雪深い小さな町に来て見れば、住んでるのは老人ばっかりだし、雪下ろしもままならないような家ばかりで、ペンションの手伝いに来た筈なのにすっかり何でも屋のような扱いをされている。
今年は特に町で唯一の配達員のおっさんが腰を痛めてしまった為、家から出れない人への資材やら食品やらの配達も手伝わされていた。俺は何屋だ。『垣根の上のカラス』以上によくわからない肩書きを背負わされている気がする。

今朝もペンション周りの雪かきを終えて、ガレージで薪を割って、暖炉周りの掃除を終えてからその薪を担いで雪道を歩いてきた。
魔女は魔女らしくというか時代錯誤なことに携帯電話的な機器を一切持っていない。どうにか動いている黒電話で、薪を分けてほしい旨を伝えてくる。

魔女のハーブがないと料理が出来ない、と豪語する叔母さんはいつも快くその願いを聞き入れる。ただし運ぶのは勿論俺だ。いや別にいいんだけどさ。山道と言っても高低差があるわけでもないし、ただひたすら雪道がしんどいだけだ。

「にーわーさーーーーん」

何度か叫んでいると、家の奥の方からがたがたと、物音がしてやっと扉が開いた。
暖かい空気と一緒に顔を出すのは、明るい茶色に髪を染めた人だ。

年齢不詳、性別も正直声を聞くまでどっちだって迷うような外見のその魔女は、丹羽さんという。

「はいはい……煩いね周りの鳥がびっくりして逃げちゃうじゃないか。おまえさんの声で雪崩でも起きそうだよ……」
「平地で雪崩が起きたら奇跡っすよ。ていうか寒いんで招いてくださいよ。凍えて死ぬ」
「人間早々死にゃあせんよ」

小さく笑いながら、丹羽さんは肩に掛けて居た厚手のショールを直しながら扉を大きく開けてくれた。
長靴の雪をざっくりと落としてから店の中に入る。小さなランプがともっているだけの室内は、雪が反射する光のせいでいつだってぼんやりと明るかった。

「ちょ、……グラオ、踏む、踏む!」

足元に白と茶色のものがひょこひょこ絡みついてきて、思わず固まってしまう。この家に居る獣は二匹で、犬のヴァルツは黒いし大人しいから、確実にミケ猫の方だった。どう見ても日本猫の癖にやたらとイケメンな名前の猫は、妙に人懐っこくていつでも視界の端でちらちらとアピールしてくる。
きっとこの店に通う女子高生やら主婦やらにちやほやされ慣れているんだろう。

荷物を適当におろして、ひょこひょこ邪魔なグラオを抱きあげると嬉しそうににゃーんと鳴いた。このかまってちゃんな猫め。嫌いじゃない。

「……グラオはユウヒがお気に入りだねぇ。普通猫は人じゃなくて家につくものだっていうのにね。普段おまえの尻尾なんかそんなに振らないだろうに。……面白いおもちゃ感覚なんじゃないかね」
「あ。今俺のこと馬鹿にしました? 馬鹿にしたでしょう。朝から丹羽さんの為に薪割って担いできた若人に言葉の仕打ちですか。泣くぞ」
「泣いたら放りだすよ、男の涙なんぞ嬉しくも無い。……ありがとう、とても助かるよ」

丹羽さんは淡々と喋る。
その割に声が気持ちいい不思議な人で、言葉の端々はきつくても、どうしてか冷たい人だとは思わなかった。言葉に感情を乗せるのがうまい人だ。そして言葉から感情を抜くのもうまい人だと思う。

その些細な緩急に翻弄される身としては、嬉しいような困るような、なんとも言い難い気分になるわけだけど。まあ、丹羽さんを構成するもののひとつなわけで、勿論嫌いではない。

丹羽さんは今日も性別不明なロングスカートをだらりと履いていて、おばあちゃんじみたショールを羽織っていた。
顎の下くらいまで髪の毛を伸ばしているせいで、本当に一見すると妙齢の女性だ。化粧っけのないキレイなおばさんってこういう顔してるよなーと思う。おばさんにしては背が高いし、声は男性だから、最初は混乱することになる。
だからと言って特別ニューハーフじみたシナを作るわけでもない。どうにも不思議な人で、でも慣れてしまえば、これが丹羽さんなんだよなーと納得してしまうからやっぱり不思議な人だった。

丹羽さんは一匹の犬と一匹の猫と一緒に、湖畔の近くで一人静かに住んでいる。
そこはハーブを売る店で、たまに町の女子高生とか主婦がやって来ては丹羽さんと喋ったりお茶を飲んだり占いをしたりしてハーブを買って、そして俺はたまに呼びつけられて生活の手助けをさせられる。

昔の怪我で、左足が少し不自由なのだという。確かにたまに引きずるようにしているけど、あんまり気にならない。ロングスカートのせいかもしれない。
それなら余計に町に住めばいいのにと言うと、この店を手放す気はないと笑われた。

「こんな怪しい人間が御老体まみれの町に降りたら、それこそ村八分さ。あたしは髪の毛を切る気もないし、性格を改めるつもりもないし、多分このままを貫くからね。赤い魔女なんて呼ばれて噂になっているくらいがちょうどいいんだよ」
「でも、不便でしょうに。ほとんど町にも降りれないし」
「その時はそれ、ユウヒがこうやって重い荷物を担いで来てくれる」
「…………なにそれずっる。今とんでもねータラシの笑顔ですよ鏡見てきてくださいよ……」
「自覚しているよ。おまえさんは本当にチョロいねぇ」

かわいいかわいいと笑われて、くっそまじでいつか見てろよとグラオの毛並みを撫でながら楽しそうな魔女を睨んだ。

「朝食は済ませてきたかい? お茶を入れるけれど、何か食べるなら作るけれど」
「……食べます。朝っぱらに珈琲飲んできただけなんで」
「パンケーキ? マフィン? スコーン?」
「全部うまいの知ってるけど俺丹羽さんのマフィン好き」
「知ってる。……まあ、あたしも人のこと笑えない程には、チョロいもんだよ」

ふふふと笑うその言葉の意味を問いただしたところではぐらかされることは知っていた。

丹羽さんは不思議な人で、多分ゲイなんだろうなって思う。
そんで俺はごく普通の二十三歳の男で、今現在彼女はいなくて、多分丹羽さんの事が気になってんだなって思う。

丹羽さんはとんでもなくガードが堅い人だ。
何度言っても町に降りてこないのと一緒で、何度見つめても、知ってるよという笑顔で流されてしまう。きっと、この人の感情に踏み込める人って、世界に三人くらいしかいないんだろうなーって思うような、そんな静かで寂しい笑顔を作る人だった。

(……いやまあ、でも、その三人に、なればいい話だし)

とりあえずは冬の間、俺はあしげく『垣根の上のカラス』に通い、雑用をこなし、丹羽さんの淹れてくれるお茶を飲んでそんで少し話をする。
夏の間は実家に帰って農業に励む。そしてまた、冬になると雪と一緒にこの町に戻ってきて、猫と犬と赤い魔女の家に通うのだ。

何年経ったら、この人は踏み込む事を許してくれるんだろう。
……何年でも、待つし、きっと来年になったら、また冬を恋しく思う気持ちが増すんだろう。

「ローゼルは嫌いじゃなかったね?」

ストーブの上のヤカンから出る蒸気の向こうで、丹羽さんがこちらも見ずに問いかけてくる。

「……赤くてすっぱいやつ」
「そう、それ」
「結構好きです。ていうか、丹羽さんの淹れてくれるお茶って、大概赤くね? 赤い魔女意識?」
「まあ、それもあるけれど。そうさね……おまえさんの名前も、夕日と緋色を連想させるじゃないか」

だからだよと笑われて、どういう顔をしていいかわからなくなって、猫の柔らかい毛並みに顔を埋めたら本格的にけらけらと笑われた。恥ずかしい。でもこんなに親に感謝したのも久しぶりだ。悠緋だなんて優雅な名前、けっこうぎりぎりな世代なんだけど。
……名前がかわいいねと、女性に褒められるよりも嬉しいと思ってしまって、あーだめだ紅茶飲む前に死ぬかもしれない。

「ちなみにね、丹羽の『丹』の字も赤の意味があるんだよ」
「……赤い紅茶飲めなくなる……」
「あははは。かわいい、かわいい」

いつか、俺がその言葉ぶつけてやんだからなって思いながら、グラオの毛並みもさもさ撫でてたら、うざくなったのか膝の猫がナーウと声をあげた。



赤い魔女の店に通って三年目。
さて、あと何年通ったら、この人は俺のことかわいいじゃなくてかっこいいって言ってくれるのかなぁなんて。あり得ないかもしれない未来に思いを馳せた。



End


同人誌でだしたいなーと思ってる人達こんなかんじかなーと思ってぼんやり雰囲気だけ書いたやつ。
ちゃんと出会いから書いて出したい。