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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -




触れたい病と口づけ話。



とにかく時間が無い。
そんな出だしの歌をこの前どこかで聴いたなぁ新年会だったか忘年会だったか、もう忘れてしまったけれど。なんてことをぼんやり考えてたら、うつらうつらと船をこいでいた。

がくん、と頭が揺れて、隣の肩にぶつかってしまう。
珍しくノートパソコンを開いてカタカタ作業していた唯川さんが、手を止めてふにゃりと笑ったのがわかる。

あー、邪魔しちゃった。
そう思うけど甘い顔と声が気持ち良くて、本当に恋って我儘な感情だと実感した。

「ごめん……」
「いーえー。壱さん、眠いなら先に寝ていいのに。ていうかおれこそもー作業ばっかりしててごめんー」
「え、いやそれは別に……終わりそう?」
「全然ー終わりそうじゃないー。チーフもさー、わっかんないなら手を出すなって話ですよー。HTMLなんて縁無かったしもううふふ全然わっかんない。タブ開きすぎててどれが本来の調べ物かわっかんない」
「あー……俺もそっちはちょっと詳しくない……エクセルならちょっとはわかるけど、ホームページとかネット関係は部署違うから……」
「そーだよねー。ていうかおれなんかハサミと櫛がお仕事道具なわけであってなんでブログ管理任されたし〜しんどい〜」

ぐだぐだと文句を言う唯川さんは可哀想だと思ったけど、俺は眠気の残る重い瞼でずっと唯川さんの眼鏡を見ていて可哀想だけどかわいいなーなんて失礼なことばっかり考えていた。

部屋着で前髪ピンでとめて、その上眼鏡の唯川さんなんて、きっとすごいレアだ。
いや俺一応恋人だからレアも何もないんだけど、唯川さんってすごく格好つけでいつもきっちりお洒落だし、部屋に居てもあんまり変な格好しないから。

眼鏡も似合わないから嫌だって言って、あんまりしない。
俺は結構好きだけど、たしかに一気に雰囲気が硬くなる気はする。普段から自分の顔が怖いから嫌い、と公言しているから、やっぱり気になっちゃうんだろう。

でもやっぱり眼鏡可愛いと思うけれど。
なんだかここ最近本当に時間がなくて忙しくてゆっくり隣に居る事も稀だったから、スキとかかわいいとかかっこいいとかそういう気持ちが三割増しくらいになっているような気がしないでもない。

すごく眠い。瞼が落ちてきそう。
それでも隣にべったりと寄り添ってしまうのは、時間が勿体無いからだ。

ぬくぬくと寄り添うと、唯川さんがくすぐったそうにするのもちょっと好きだし。
邪魔してるのかもしれないけどまだ寝れなくて、一生懸命専門用語調べながらブログデザインしている唯川さんの眼鏡を眺めた。

「もーさー、こういうのほんと業者さんにやってもらいましょうよって言ったんだけどさー、全店自力でやれとか言われてしかも秀逸なブログデザインと内容の店には賞与でるとか本店はアホですかってお話よね? そら、集客も大事ですけど、日々の業務に支障出そうで今からちょう憂鬱よね。これ毎日更新とかしなきゃなんでしょ? やだやだ眩暈する。おれそんな時間あったら壱さんとご飯とかつくっていちゃいちゃしたいもんー」
「唯川さん野菜切るくらいしかしないのに」
「うへへ。だって不器用なの髪の毛切る以外はね。でも台所でご飯作る壱さんを後ろからぎゅっとして『動けないからあとにして』って困ったみたいに言われるの好きだからー」
「……来月からちょっと暇になるよ。そしたら俺はご飯作れるけど、唯川さんそれ暇になる、の、かな……?」
「わっかんなーい。暇になりたいねー。ていうかもう今すぐやめたい。これ有賀ッサーンとかに持って行ったらナイスアドバイスとかくれないかね〜。あ、シナシナかな。シナシナいま起きてるかな。シナシナに訊いてみようかな」

最近急に仲良くなったらしい友達さんの名前が出てきて、ちょっとだけ肩に乗せた顎に力が入ってしまった。
シナさんというその人に俺は会ったことないけど、話を聞いているだけですごく出来た人っぽい。

別に、嫉妬とか、そういうんじゃないけれど。――……いや、嫉妬かも。
だって唯川さんすんごい楽しそうに話するから。基本的に俺と唯川さんは働いてる時間帯がずれているから仕方ないし、友達付き合いまで管理したいとかそんなことは思っていない。
でも、やっぱり、ずるいなー俺だって唯川さんとご飯食べたいのにって思う。
思うからちょっと腰のところを引っ掻いた。

「ひぅ!? え、ちょ、何なになに壱さん何すごくかわいいけどくすぐったいし地味に痛い何……!?」
「……冬って寒いし忙しいし心狭くなる気がするんですよね……『シナシナ』っていう単語禁止用語にしたい……」
「え。え? なに? うそ、嫉妬? なにそれかわいい……! でもイタ痒い骨引っ掻くのだめっ! やめて!」
「いやです。……恋人っぽいことしてくれたらやめます」

我儘だなって思うけど、こういう感情をため込むのはよくないって知ってた。鬱々とため込んで爆発させるより、きちんとこまめに伝えた方がいい。

唯川さんがまさにそれで、全部言葉にしてくれる。寂しいとか構ってとか、そういうマイナスっぽい感情も言われた俺は嬉しくて、すぐにきゅんとしてしまう。
恋愛って不思議だ。気持ちなんてモノ、すごくあやふやなのに、それが身体を振りまわす。
今だって真っ赤になった唯川さんを見てるだけで熱が上がって眠気も飛んだし顔熱いし、指先がじわじわとしてくる。恥ずかしいのにどきどきする。

唯川さんのふわっとした笑顔がびっくりした顔になって、その後じわっと赤くなって、一回息吐いて眼鏡を取ってから急に目を細めて甘くてどろっとしたかっこいい顔になる。

背もたれにしていたビーズクッションに押し倒される勢いで近づかれてちょっとびっくりした。びっくりしたし、どきどきした。

そういえば最近忙しくて会って無かったし、会ってても近状を喋る事ばかりで、あんまりこういうことをしていない。
もしかしたら俺の体質を配慮してくれているのかもしれない。別に、喋ってるだけでも楽しいしかわいいんだけど、たまには特別なことをしたいと思ってしまう。

唯川さんはいつも大丈夫? って不安そうに聞いてくるけど、俺は唯川さんのキスが好きだ。
他の人としたことないから、比べてどうこうは言えないけど、気持ちいいし、うわーうわーってあっつくなる。優しく腰を抱かれて、最後にいつもぎゅっと抱きしめてくれるのも好きだ。おんなじように、うわーってなってるのがわかって、熱が上がって茹りそうになる。

「そういうこと言うと、キスしちゃうんだからね?」
「……あ、俺、邪魔、した…………?」
「まあ、確かにもうお作業する気なんかゼロになったけど、そんなことより壱さんがめっちゃくちゃかわいいからどうでもいい。壱さんとちゅーしたい」
「…………俺もしたい」

ちょっと笑ってそう言ったら、唯川さんは一回俺の胸の上に沈んでしまった。
そして気を取り直したように顔をあげて、俺の腰を抱き寄せた。

顔が熱いし指先まで熱い。眠いのか興奮してるのかもうよくわからない。
唇が触れると反射で口を開くようになったのは、絶対に唯川さんのせいだ。でもそういえば最近キスもしていなかったから、この後どうするんだっけとぼんやりしているうちに舌が絡め取られた。

ぬるりと動く舌がきもちいいなんて不思議だ。
昔の俺からしたら、絶対に考えられないだろう。

「……っ、…ふ………ゆいかわさん、なんか、……シトラス……?」
「んー。……んー? んーそういえばそんなもの食べたかも。気になっちゃう感じ?」
「嫌いじゃない、ですけど、……いつもと違う匂いでちょっとびっくりした」
「わぁ、いつもの匂いとか、うへへちょっとうれしいねー。壱さんは今日もかわいい。だいすき」
「……俺もすき」

もう一度軽く唇を合わせて、唯川さんは身体を引こうとするから、思わず咄嗟に洋服の端を掴んでしまった。
ぐっ、と動きを止めた唯川さんは反動でこっちに倒れてきちゃって、ビーズクッションに押し倒されるみたいになってしまう。

近い。さっきキスしといて、近いも何もないんだけど。
そしてその近さにびっくりしているのは押し倒している方の唯川さんだ。目をでっかく開いてあわあわしているのがかわいい。

「え。なに、え?」
「…………あの、ちょっと疑問だったんですけど」
「うん? うん、はい、何かしら。ていうかこの体制ちょっとあの、うん! いやいいんだけど、ハイ、壱さんの疑問って?」
「唯川さんって、その、俺のからだじゃ駄目ですか……?」
「…………………は?」

思いっきり不審な声を出されてしまった。訊き方が悪かったとは思うけど他にどう言っていいのかわからなくて、えーとえーとと言葉を探して視線をうろうろさせているうちに、俺が何を言いたいのか悟ったらしい唯川さんはみるみるうちに真っ赤になっていて死にそうだった。

「……………………しんじゃう…………」
「だって、その、ええと、そういうの、キス以外しないから……! 俺はその、女の人ともお付き合いしたことないからわかんないし、唯川さんも別に男の人とそういうのしたことないだろうし、あの、すごい好きだし好きって思ってもらってるのわかるんですけど、なんかこう、触るのとかそういうのとは別なのかな、とか。そうじゃないなら、遠慮してるのかな、と、か……」
「遠慮するでしょだって壱さん去年まではおれが触るたびに大嘔吐だったのよ!? ぶっちゃけ怖いし遠慮もしますって話よ! だって触って気持ち悪くなったら申し訳ないし可哀想だしいやこれおれの勝手なエゴかなまあいいやでもえっちなことしないと死にそうとかそういう感情なくて好きだからしたいっていうアレでああもうおれ何言ってんだしにたい……」
「死んだら困るから落ち着いてください……」
「誰のせいだよもーもー落ち着いていられますかって話ですよーばかー壱さんのばかー……ちょっと想像とかしちゃったらそんな気分になってきちゃったじゃんあーもう恥ずかしい……ていうか壱さんはこれ以上触られるの平気なの?」

見下ろされて、その熱さに息を飲んだ。

そう言う気分になっちゃった、という唯川さんの目は確かにとろんとしていて、いつもとちょっと違う。それがすごく格好良くて、俺も変な気分になってきた。
これが欲情っていう感情なのかわからないけれど、なんだか腰のあたりがそわそわする。

「正直なところ、どこまで平気かっていうの、わかんないんで……ええと、なんかこう、いきなり吐いたりする可能性なくはないというか……」
「わお、何それ超怖い。あ、でも別に触られたくないとかそういうんじゃないんだ……?」
「うん。コワイとかも、別に……むしろ、ええと、どちらかといえば触ってほしい、かな……?」
「………………………」
「ゆいかわさん?」
「…………だめ。いまちょっと心頭滅却してるの。理性ぶっ飛んで襲いそうなオオカミさんと格闘してんの壱さんその上目遣い最高にエロいからこっちみちゃ駄目」

そんな事言うけれど熱いどろりとした視線を送ってくる唯川さんだって、その、……えっちだ。俺がそわそわしてしまう。
自分で招いてしまった体制だけど、今更抜け出せなくて、ちょっとだけ迷ってから覚悟を決めた。

明日は休みだ。唯川さんは多分普通に出勤だけど、きっと遅番だし。俺が最悪気持ち悪くなって失神とかしても、会社を休む事態だけは避けられる。

「……ちょっとだけ、試してみませんか」
「…………やっばいいまリアルに生唾飲んじゃったくっそ恥ずかしい……ちょっとだけって、具体的にはどこらへんのことをさすの壱さん」
「ええと、その、いやわかんないんですけど……唯川さんがしたいこと?」
「おれがしたいこと、していいの?」

甘い声と一緒に、目を細められて、息が詰まる。
普段はおれってかっこわるいねなんて笑うくせに、こういう時にそんな顔するんだから、唯川さんはずるい。
格好良くてもうだめだ。

ずるずると首に抱きついて、お願いしますと呟いたらそのまま一緒に倒れちゃったけど。

「げきちんした……いまのやばいーしんじゃうー壱さんのえっち……」

かっこいいのか可愛いのか、どっちかにしてほしいと思う。どっちも好きだけれど、俺の心臓が持たないから。こっちだって死にそうだ。

「えっちなのかな……よくわかんないんですけど、でも、唯川さんとキスすると、背中がそわそわするし、きもちいし、もっとしたいって思うし。……嫌だったらいいんですけど」
「嫌なわけないでしょちょっと覚悟決まってなくてあわあわしてるだけです駄目な男でごめんなさい。でも好き大好きすごく好き触りたい大好きだよ壱さん」

ぎゅって抱きしめられて、耳元で少しだけ掠れた声で『かっこうわるくてもきらいにならないでね』って呟かれてまた熱くなった。

嫌いになんてなるはずないのに馬鹿だなもう、なんて。
眠くて熱くてどろりと甘い頭で考えて、どきどきする感情を誤魔化そうとした。

この後俺は、唯川さんの『ちょっと』がこれなら『全部』されちゃったら俺どうなっちゃうんだろうって思うことになるんだけど。
吐かなかったけどなんかそれどころじゃないアレソレで、思い出すのも恥ずかしいのでしばらく唯川さんの目が見れなくて泣かれてしまった事だけ付け加えておこうと思う。

格好良いのに可愛くて、本当に好きだなって思うよ。



End