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シュガー・アフター

シガー×シュガーの二人がくっついた後の話。くっつくまでは同人誌にて発行してます。







「日本人の我慢強さは異常だ」

慣れ親しんだワンルームの扉を開けた雨宮は、寒そうに肩を竦めるニールの小言に苦笑を返した。

日本のアパートは、NYのそれとは違い建物自体に暖房が付いているわけではない。寒い道を歩いて帰ってきても、部屋が暖まるまでには多少の時間がかかるものだ。

「それでも、このアパートは比較的断熱がしっかりしてる方ですよ。古い一軒家なんかはほとんど外と変わらない室温だったしするし……実家なんか隙間風がすごくて、基本的には暖房入れても五度くらいかな?」
「……そこまで行くともう修行だな。想像しただけで震える」
「でも、ほら、炬燵があるから」
「あー。あの、布団かぶった机か……中に炭がはいってるんだっけ? センセイも持ってるのか?」
「うん。うちのは電気製だけど」
「机に入れる炭を電気にするよりも、部屋全体を暖めるシステムを作った方がいいんじゃないかと思うけどな……」

NYの冬だって寒いだろうに、ニールは本当に寒さに対して弱いらしい。
鍵を開けながらその疑問を零すと、NYだって本当は嫌だったと眉を寄せた。元々あまり明るい顔をしている男ではない為、剣呑な表情は非常に板につく。

初見なら怖いと思うだろうその不機嫌な顔も、雨宮は格好いいし可愛いし好きだと思った。まったく、とんでもなく惚れているしとんでもなく浮かれている。

「あれだけNYは嫌だと言っていたのに、ミス・メイスンがごり押ししたんだ。横暴な上司で困る。人混みも凍る道も地下鉄も最悪だ。ファーストフードも好きじゃない。田舎くさいダイナーでパンケーキ食ってる方がマシだったのに。まあ、売上は確かに伸びたけどな。頭が軽い金持ちが多いところだけは評価するよ」
「でも、ニールがNYに移転にならなければ、今ここに居ないでしょう」
「……それもそうだ。アンタが近所の薬局ではたいている真面目でエロい店員だったことは感謝しようか」

きちんと靴を脱いでくれたニールは、部屋の扉を閉めた途端に甘く笑って柔らかく抱きしめてくれる。
囁く声の温度がわかる程の至近距離で『キスしても?』と甘く零され、寒い部屋など忘れそうな程熱が上がった。

触れるキスから、徐々に柔らかく舌が絡む。
湿った熱い息が暖かく、雨宮はたまらなくなって、キスの終わりにニールの首筋に顔を埋めた。

「寒いけどアンタがいる、ってことは重要だな……俺の暑いくらい暖房が効いた部屋でも、センセイが居ないだけで随分と殺風景に見える」
「……あなたの口説き文句は思っていたよりもストレートだ。くらくらする」
「本望だね。態度だけで分かれよって程、俺はハードボイルドじゃないよ。言った方が早い。それとセンセイは、俺の言葉に弱い。すぐに照れるのが良い。……ちょっと、調子に乗りそうになる程可愛い」
「もーやめてください本当に恥ずかしくて死にそうだ……」
「応戦してくれてもいいけど?」
「無理。恥ずかしい。僕はあなた程度胸も語彙力もない。好きだというのとかっこいいというのと、あなたと居ると茹りそうだということしか伝えられない」
「……十分口説かれている気になるよ。センセイは照れている時は床を見るな。目を伏せるのがセクシーでいい」

炬燵の電源を入れ、暖房を入れ、まだ寒い部屋で着替えようとしたのに、甘い言葉がどんどんと耳に入ってきて一々どきどきしてしまう。
久しぶりのニールの声に、少し浮足立っている。自分の部屋にこのハンサムな外国人が居て、しかも甘い英語をどんどんと紡いでいるという事実がまだ信じられず、夢のような気分だった。

ふわふわと、意識が頭の上に浮いているような気がする。
落ち着いて向き合って色々話したいことはあるのに、顔を見ようとすると慣れない頬笑みが返ってくる。
普段の不機嫌そうな顔ですら見つめていると胸が高鳴ってしまうのに、そんな顔をされてはどうしていいのかわからない。

結局雨宮は着替え終わった後も、うまく顔が見れず、ひたすら床を見ながら隣にそっと座った。斜向かいに座るよりもこちらの方がまだマシだ、と判断したのに、すぐに長い腕につかまって膝の間に座らされてしまう。

後ろから抱きこまれて、肩の上にニールの顎が乗る。
少しにやにやしているのがわかって癪だ。けれど、反撃する余裕が無い。

「……そんなに好き?」

主語が無いその問いかけにも、視線をそらせることくらいしかできない。

「好きですよ。悪いですか。あのね、恋なんか久しぶりで自分でも笑える程暴走してるんです。流石に落ち着けよって自分でも思う」
「落ち着かなくてもいいけどな。一々赤くなりセンセイはかわいくてとんでもない」
「……耳が溶けそうだからあなたも落ち着いてください」
「無理な相談だな。俺だって浮かれているんだ。浮かれてる時は理性なんかくそくらえって気持ちになる。残り少ない理性でどうにか押し倒すのを堪えているくらいだよ」
「…………幸せで死ぬかもしれない……」

身体の向きを少しだけ変えて、雨宮から首に腕をまわしてキスをねだる。
すぐに唇を塞いでくれるニールのキスは相変わらず柔らかく、気持ちよく、その上恋情が混ざって頭がぼんやりする。

「……いつまで日本に?」
「明後日。一応ホテル押さえてきたがキャンセルしていいならそうするよ」
「ホテルになんか帰すもんか、って思ってるけど、この狭い寒い部屋よりはホテルの方があったかいんじゃないかな……」
「でもここにはセンセイがいる」
「……キャンセルの電話、僕がする」

首に抱きついたまま頬をすり寄せると、楽しそうな笑い声が聞こえた。

寒い寒いと仏頂面になるニールも格好いいが、甘く笑う恋人の顔もたまらない。
抱きついていると暖房が効いてきた部屋は少し熱いくらいで、けれどここから動こうなどとは全く思えなかった。

夕飯はどうしよう。明日は出勤だけれど明後日はうまくどうにかすれば午前休くらいは取れるかもしれない。空港までは行けなくても、ぎりぎりまで甘い恋人を堪能できる。

そんな事を考えながらも、腰が抜けたようにそこから動けなくなった。

恋というものは恐ろしい。
それだけを実感した。


End