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蹴ったら蝶番が外れそうな古いドアを開けた向こうには、今週二度目の会いたくない顔が笑っていた。

「どうも。こんばんは。流石に申し訳ないと思っています」
「うん。そう思って頂かないと殴ります」

夜中という時間ではなかったが、営業時間内でもない午後九時過ぎに呼び出された桜介としては、本当に一発蹴ってもいいとは思っていた。先を見越したように有賀が謝ったため、その憤りは言葉に乗る。

「つか、なんなの有賀さんまじでなんなの。一昨日インターホンなおしたばっかりだと思うんですけど今度は給湯器? 機械音痴なの? ギャップ萌え狙ってんの? あの向こうに見えてるパソコンはハリボテか何かか」
「いやあのねぇ、デジタルは得意なんだけど、ほら、家電とそういうのって別モノでしょ。パソコン使う人と作る人は別だし、つまりはシャワーは使えても直すことはできないわけで、そのー、ごめんね?」
「かわいく謝るな。なんかムカつくから」
「え、今のかわいい? そうかー覚えておく」
「ムカつくって言ったのも出来れば覚えておいていただきたいんですけどね」

都合のいい事ばかり言うから尚腹立たしい。
腹立たしい勢いで見捨ててしまえばいいものの、基本スタンスは『申し訳ない助けてくれ』を貫いてくるから見捨ててもおけない。再会したあの日、大家の夫人に振り回され打ちひしがれていた姿を見てしまったせいかもしれない。

見た目通りの我儘美人ならもっと、他人行儀にできるのに。
桜介は有賀のことを悪い人間だと思えない。そんな風には全く見えないし、本人も否定するだろう。

恐らく、電車でこれ見よがしに席を譲るタイプではない。酔っぱらいに手を貸したり、揉め事の仲裁をしたりするタイプでもない。
それでも彼は『オバサンの気分を損ねることなく相槌を打ちながら立ち話に付き合ってあげる』くらいには良い人だった。何も、率先して道徳活動をするだけが善人の定義ではない。相手にどれだけ譲れるか、そういう気遣い的な善意を持ち合わせている人間が、桜介は好きだった。

だからどうにも断れない。
明日は休みでもう風呂も終えて、久しぶりにレンタルしてきたB級映画でも見て飲んで寝る気で、発泡酒ではなくビールも用意したのに、こうやって電話一本でついうっかり駆けつけてしまう。文句をびしばしと叩きつけつつも、結局は給湯器のスイッチを解体し老朽化で切れたコードを交換してしまう。

有賀にしてみれば、桜介の方が善人のカタマリに見えることだろう。
当の有賀は、コードを辿る桜介について回り、かなりの近さでひょいと後ろから覗きこんではぼんやりとした感嘆をあげていた。

「サクラちゃん、器用だねぇ。プラモデルとか得意そう」
「……まあ、嫌いじゃないっすけど。ていうかこれ、仕事なんで」
「でも今時間外でしょ。髪の毛さらさらだしお風呂入った後?」
「なんでアンタそうやって一々発言が変態くさいの……もっとこう、外見を守った発言できないんすか」
「外見を守った発言……それはあれかな、僕の見た目は好きだけど発言がちょっと駄目ってことか」
「別にどっちも好きじゃナイデス」
「そう? 残念。僕はサクラちゃんの見た目も声も性格も発言もかなりお気に入りです」

断りもなく髪の毛にさらりと触れられて、首筋がぞわりと泡立つ。
それが嫌悪感ではないのが桜介の悩みどころだった。

正直なところ、有賀の見た目はかなり好きだ。手足の長い長身で、長い指が特別奇麗に見える。ぼんやりと煙草を吸う仕草は、思わず見とれてしまった後に我に返る。
有賀は桜介の手が好きだと再三口にするが、骨ばった自分の手よりも、すらりと美しい有賀の手の方が女子には人気がありそうだ。

水道管をなおした日に胸ポケットに押し込まれた名刺には、有賀デザイン事務所代表の肩書があった。これだけ男前でしかもデザイナーなどという洒落た職業で、事務所持ちだなんてそれこと桜介の知らない世界だ。

真後ろの存在感溢れる男を肘で押しのけてから、できるだけ不機嫌な顔を意識して終わったから退けと言っても、笑ってかわされるだけだ。

「じゃ、部品交換したんでその分は後で請求出しときますわ。て言っても大した金額じゃないですけど。ぶっちゃけるとこの給湯器ごと交換した方がいいレベルの旧式なんですけど、まあ、その辺は大家さんに言っとくんで。勝手にまた交換入るかもしんないけど」
「どうも。まあ、そうね。今どき温度設定ができないばかりか急に水になったりするシャワーって斬新だしね」
「ていうか引っ越したらどうっすか。有賀さん、別に借金地獄とか貧困社会人って感じでもないんでしょ。むしろよくこれで耐えようと思いますね」
「あー。ねー。地方に突然出張とかになるとね、まーなかなか素晴らしいビジネスホテルさんは沢山あるから、湯が出ればいいかなと思うし。案外快適だよ、スワンハイツ」
「……デザイナーって出張とかあるんすね」
「ん? うん。そう、地方から呼びつけられたりするし。どうしてもクライアントと会わなきゃいけない時もあるし。案外対面商売だね」
「ふうん」

だからそんなに柔らかい喋り方なんだろうか。
声が単調な割に、有賀の言葉使いは少し驚く程優しい。淡々と単語を切るので最初はぶっきらぼうに聞こえるが、以外と相槌がうまい。喋りはじめるとずっと喋っていそうなくらいだらだらと言葉が続いていく。
桜介も無口な方ではないので、気がつけばどうでもいい雑談が続いてしまったりする。警戒している、などとはどの口が言ったものか。これでは普通に仲のいいご近所さんだ。

さっさと切り上げて帰って飲んで寝よう。夜風で体が冷えたし、もう一度風呂に入ってもいい。桜介のアパートも1Kとはいえ、きちんと追い炊き機能も付いている優れた風呂付だ。途中でシャワーが水になることもない。

帰る決意満々で有賀を押しのけ手を洗い玄関に向かうのに、靴を履こうとしたらシャツの裾を引っ張られて桜介の足が止まった。

桜介の部屋着のロングティーシャツが、適当に羽織って来たパーカーの下から覗いていた。その部分を器用につままれて、ちょっとと声を掛けられる。
お前は女子かそれともホモかと喉まで出かかりどうにか飲み込む。計算だとしてもそうじゃないとしてもタチが悪い事に、べたべたな仕草に桜介は弱い。

「時間外出勤のお礼。ラタトゥイユとワイン。バターライス付き。どう?」
「…………」
「蛸のサラダも付きますけども」
「……バイクで来てるんで酒以外で」
「うん。決まり。温め直すから座ってて」

そして更に悪いことに、有賀の料理は旨かった。

桜介は特に料理が嫌いというわけでもなかったが、特別人さまにおすそ分けできるレベルのレシピがあるわけでもない。ひとりで食べるには充分だと言い聞かせながら似たような丼ものを作り、飽きると外食や総菜に頼る。冬場は大体鍋かうどんだ。
里倉の奥さんには『早くお嫁さんをみつけないと、いつか栄養失調で倒れちゃうよ』と笑われることもしばしばだ。

裾から手を離した有賀は、煙草をくわえながら慣れた手つきで旧式コンロの火をつける。長身の男が立つと、ただでさえ狭い台所が更に窮屈に感じる。白い清潔なキッチンスペースが似合いそうなのに、当の有賀は前の住人が置いて行ったらしい旧式のガスコンロでも気にしないらしい。

有賀の横に並んで、手元を覗きこむと、蒸し蛸を器用にぶつ切りにしていた。有賀は桜介の指が器用だと言ったが、その台詞をそのまま返したい。

「座ってていいのに」
「……この前のシューマイめっちゃうまかったから。見てればパクれるかなって思って」
「レシピいる? アレは結構簡単だよ。包むのも面白いから、おススメする。お腹いっぱい食べるには、面倒くさいかもしれないけど、そうだね、つまみにはいいかもね。……あ、もしかして、餌付け作戦成功してるのかな、コレ」
「ドウデショウネ。料理うまい男とかずるくないっすかね」
「なんでも直しちゃう男の方が、カッコイイと思うけど。僕はね、うーん、インドア系だし。和食とかは苦手だし。分量測ったりするの苦手でね。けっこう全部適当にやっちゃうから」
「適当でラタトゥイユとかできるもんなの」
「できるねぇ。トマト缶とかコンソメとかソースとか、適当にポイポイ入れて、どんどん煮ちゃうだけだからね。はいサラダできた」
「……見て無かった。早い。ずるい」
「何、ずるいってさ。見てたじゃない」

見てない。ずっと煙草を銜える口元と鎖骨と喉仏を見ていて、サラダの手順なんてこれっぽちも見ていない。とは勿論言えず、そっと一歩有賀から距離を取った。
いつの間にか白い皿の上には、蛸と香草と思われる緑の葉が散らされ、ドレッシングと思われる液体がかかっている。適度に洒落ていて、その上食欲をそそる。桜介に蛸を渡せば、薄切りにして醤油をつけて食うくらいしかできない。

味見するかと言われたが、手でつまみそうだと思ったので辞退した。

「ホームパーティに出てきそうだなコレ……」
「あー。ね? 前のところじゃね、たまに料理作りすぎてそういうのやったりしてたけど。ここじゃ三人が限界だし、無理かな。だからたまーに、ご飯食べに来てもいいんだけど、どうかなサクラちゃん」
「結構堂々と誘ってきますね」
「胃袋が一番ガード弱そうだなーと思いまして。何ならとんこつラーメンと焼きとりも、研究しておきますけれど」
「いやそれは行きつけの店がありますんで。……まあ、検討しておきます」
「うん。よろしく。今結構本気で、料理嫌いじゃなくてよかったなーと思ってるから、前向きに検討してね」

言葉の端々が絶妙に甘い男だ。頭のいい人間はみんなこういう話し方をするのだろうか。
有賀の言葉を一日聞いていたら、耳から溶けてしまうかもしれない、と思う。桜介のような一般人には真似できない言葉の選び方だ。痒い。とても痒い。
友人になりたいと言っていた割に、有賀が選ぶ言葉は意中の人間を口説いているような雰囲気に満ちていて、つい、警戒心が増す。それと同時に若干浮かれてしまうのがどうにも悔しい。

早く帰るべきだ。しかし、夕飯は惜しい。パクチーと一緒に和えられた蛸は見るからに旨そうだし、鍋からは甘酸っぱいトマトの匂いがしている。気がつけばフライパンの上にはバターとニンニクが投入されていて、小さな台所は洋食屋のような香りで包まれていた。

本当に餌付けされてしまいそうだ。
手際良く出来上がっていく料理を眺めながら、なんでこんな良い男がこんな古アパートで、ゲイ相手に飯を作ってるんだろう、と思った。

「……有賀さんってどM?」
「なんだろう。違うけど、最近それよく訊かれるねぇ」

桜介の何気ない言葉に笑って答える有賀は、楽しそうで、ますます先程の疑問は深まるばかりだった。



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