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13



 無茶をしたあとは、一応人並みに後悔と反省をする。
 心底反省してモウシマセンと頭を下げるおれに、朝から爽やかに笑った人は『してくれないんですか?』といたずらに目を細めたりしたからもうだめ好きだ。
 しかも結構やりたい放題した……筈なのに、シャオフーはおれよりも元気だった。
「快楽に耐性はないのでやられたい放題でしたが、基本的な体力はありますからね。あなたは基礎体力というよりは気力ですべてカバーしてしまう人でしょうけど」
「仰るとおりだけど、ほんと、無理してない……?」
「筋肉痛はひどいです。久しぶりに筋力トレーニングを開始した翌日の痛みという感じですね。走りたくはないですが、朝食づくりのお手伝いくらいはできますよ」
「わぁーかっこいいねほんと、おれセックスの翌日に恋人と一緒に朝食とか作ったことない、かも」
「……それは、あなたのセックスが激しくて、という意味?」
「え、まさか、違う違う。なんかわりと、そういう一緒になにかやったりとか、べたべたしたの嫌いな人が多かったって話。おれはべったべたなの好きなんだけどさ、どうも見た目とテンションのせいで、さらっとしてる人だと思われるっぽくてさー。鬱陶しいの、嫌いでしょ? みたいな」
「ああ……まあ、確かに、一見淡泊というか、恋愛に重きを置く人には見えませんからね。実際あなたほど甘くてかわいい人は、NYの隅から隅まで探しても数人も見つからないと思いますけどね」
「シャオフーは朝からおれに甘いねぇ」
 うへへと笑ってしなだれかかると、耳にキスを落としてくれる。はー甘い。かわいい。もう五秒おきに好きって言っていいならずっと言い続けられると思う。うざいって言われたらいやだからやらないだけだ。
 卵をきれいに落としてかき混ぜるシャオフーの隣で、久しぶりに買ったオレンジの皮を剥く。細かく切ったサンザシのドライフルーツは、ヨーグルトの中にぶちこんだ。
 くたくたになるまでセックスしたせいか、泥のように眠って早朝目が覚めた。
 いつでもどこでも眠れるというシャオフーも、しっかり睡眠をとったらしい。流石に朝から筋トレはしていなかったけど、バスルームに押し込もうとしたら『あなたは入らないの?』と引きずり込まれてしまった。
 朝から存分に戯れ、もうほんと夢なんじゃないのかなーと頬を叩いてしまう。
 嫌な思い出ばかりの家だ。そう思っていたのに、どんどんシャオフーの思い出が上塗りされていく。
 飽きるほどキスをして、火を使っているときは駄目だとちょっと怒られて、トーストとオムレツと果物の朝食を取って、珈琲を淹れる。
 買ってみたはいいけどそんなに味わかんないなぁ、なんて思っていたちょっといい珈琲が、今日は妙に味わい深く感じた。
 まずい。幸せすぎて明日死ぬのか? みたいに思ってきた。だいたいこういう『人生って素晴らしいと気が付いた』みたいなモノローグは死亡フラグだ。
 もしかしたら死にはしなくっても、何かよくないことが起こるのかも。
 例えば自称生き別れの兄とかがいきなり出てきて、親の遺産を寄越せと喚いたりとか(いやー別に家くらいなら好きにもらってくれていいけど)。
 逃げた豚ことボスが舞い戻ってきて、あることないことタブロイド紙に売ってサイラス・シモンズ絶体絶命の危機とか(あの人のタレコミを信じる会社があるかどうかはともかく)。
 あとは、えーと……やっぱりあなたとの恋愛は気の迷いでした、なんてシャオフーが正気に返っちゃうとか。
 あ、いや、最後のは駄目だな、ちょっと洒落にならないくらい悲しい気分になる。
 おれが勝手に悲しい妄想していることがなんでかバレて、あなたはもっとポジティブになったほうがいいと苦笑される。
「いやーでも、人生ってほら、プラマイゼロっていうか、良いことがあったら嫌なことが襲ってくるっていうか……ほらおれさぁ、昨日からずーっといいこと続きだから、この辺でガツンと人生狂わすような不幸がさぁ、落ちてくるんじゃないかって、ね?」
「どうしてそう悲観的なんですか。幸不幸なんて運ですよ。幸福の後に幸福がダメ押しで押し寄せるときだってあるでしょう」
「シャオフー案外楽観的だよねぇその芯の強さって言うか前向きなとこも好き」
「あれもこれも好きだとばかり言われて、いい加減調子に乗ってしまいそうです。あなたは私の爪の先まで褒めそうだ」
「爪の先もキレイで好きだよ?」
「……ぜひとも、他の人間に惚れないようにしてほしいと心底思います」
「うはは、大丈夫こんなに好きな人、もう出てこないよー。はーシャオフーと話してると元気になるからいいな。えーと、昨日はまったりしちゃったけど、今日はどうしようか。どっか行く? って言っても、ミズーリって見どころないわけじゃないけど、基本広すぎて車がないと観光きっついけど」
「運転はできますが、車がないですね。もしご所望ならレンタカーを手配して――」
 シャオフーの話の途中で鳴ったのはおれの携帯だ。なんか聞き覚えのない音は、通話でもメッセージチャットでもない。
「……着信ですか?」
「え、いや違う、なんだろう。ミレーヌから、えーと……動画? 届いたみたいなんだけど」
 早急に確認すること、と添えられたメッセージに心臓が嫌な音を立てる。だめだ、おれはほらすごくネガティブだから、こういう『大事なおしらせ』みたいなやつは基本嫌なニュースなんじゃないの? と身構えてしまう。
 おれが早くも顔面蒼白気味なのを察して、シャオフーが背中をさすってくれる。
 再生ボタンを押す勇気を奮い立たせてたら何時間経ってもたぶん押せない。から、勇気なんかないけどとりあえずノリで押した。緊急事態だったら大変だ。なんだかんだハプニングとトラブルまみれだった仕事のせいで、覚悟はないけどまず現状把握しよう、みたいな癖がついてしまった。
 パッと映ったのはミレーヌだ。
 幸いなことに怪我してたりとか、具合悪そうだったりとか、背景が病室だったり墓場だったり、ってわけじゃなさそうだ。
 ミレーヌは機嫌がよくたってクールを装っているから、めったなことでは笑わない。にこにこもしない。でもこの動画の中の彼女は、笑っていなくてもまあまあ上機嫌なのが分かる。……まあね、長い付き合いだからね。
『ハァイ、引きこもりどう? 生きてる? 心配したって損するだけだからしないわよ、満喫しなさいよ田舎バカンス。私は一足先にNYに戻って来たわ。こんなゴミゴミした街最低最悪って通ぶってたけどさ、やっぱNYが好きだわって実感しちゃって死にそうよ。クソ男から逃れられない馬鹿女の気分』
『ミレーヌー! そういうのダメー! 性差別ー! 燃えちゃうー!』
『え、ああ? 内輪の動画だから大丈夫よサイラスがユーチューブに乗っけたら知らんけどそしたらこっちも頻尿野郎って動画アップしたるわ』
 なんか後ろの方からシンディの声聞こえたけど、これ一体どこなんだろう。と訝しんでいると、別の部分が引っかかっちゃったらしいシャオフーが隣で眉を寄せていた。
「……サイラス、頻尿なんですか?」
「いや違うから。違います。誤解と言いがかりだよ。おれまだ何もやってないのに報復されそうなの解せない……てかこれ、何?」
 おれの問いかけに、シャオフーは肩を寄せて苦笑する。まあわからないよね。おれもさっぱりわからない。
 まさかの近状報告? あのミレーヌが? どうしたの? 実家帰ってホームシックになっちゃったの? だなんてぼんやり眺めていたおれだったけど、続く彼女の言葉にどんどん、目を見開くことになる。
『えーと……動画苦手なのよね、やっぱ文字がいいわ。でも顔見て話す方が好きでしょあんた。つーわけでこっからが本題だけど、物件契約してきたからよろしく、必要な書類は全部集めたからそっちに郵送したわ。超厳重に送ったからちゃんと受け取んなさいよ。サインするとこに蛍光ペンはしてないから自分で読んで各所名前書いちゃって頂戴。私の名前書いたら殺す。いい? あんたの名前書くんだからね。送り返さなくっていいわ、自分で持ってきて。シンディ、なんか言うことある?』
『えええ今のでいいのー!? もっとちゃんと、ほらぁ! 説明とかぁ! お願いとかぁ!』
『いいのよ見たらわかるわよあいつ馬鹿だけど頭はいい馬鹿だから。っつーわけでよろしくサイラス。あ、名前考えといて。私そういうセンスないのよ、ウィズメディアよりイカした奴にして頂戴。そんじゃよろしくボス。従業員はあんた含めて六人。ま、いままでとほとんど変わんないから問題ないでしょ。嫌だなんて言わせないわよ、言わせたくないから通話じゃなくてビデオレターなんだけどね、あはは。はー……久しぶりに笑ったら疲れたわシンディ、珈琲ちょう――』
 プツン、と中途半端に動画は切れる。
 三十秒くらい一生懸命考えて、ゆっくりとこめかみを親指で押して、それから息を吸って吐いたけど。
「………………え?」
 だめだ全然わからない。意味がわからない。いやなんとなくわかるんだけどわかりたくないっていうか、わかったら駄目っていうか。
 ミレーヌの悪いところは、照れると説明が雑になるところだと思うよ、ほんと。
「……サイラス、今のはつまり――」
「いやだめ、口にしたらだめ、わからないふりができなくなる」
「新しい会社の、立ち上げの話では?」
「もーだめだってばぁ……あー…………なにそれ。え? なに……え? だってミレーヌ、仕事のあてはあるとか言ってたんだけど……」
「私は彼女が、あなたを手放すとは思いません」
「熱烈じゃんかーいや熱烈嬉しいし求めてくれるのは、そりゃうれしいけど、順番とか説明とか相談とかそういうの……ないの……?」
「ミレーヌ・フローレスですからね」
「……それで納得しちゃえるからずるいんだよ。はーずるい」
 だってそうだ、ミレーヌだから仕方ない。あの熱い女に『じゃあよろしく』と言われたら、誰だってやる気になっちゃうから、仕方ないんだよね。本当に。
 さっきの一方的すぎるビデオレターの内容をまとめると要するに、『新しい会社あんたの名前で立ち上げるからよろしくねもう住所は確保したよ逃げんなよ』ってことだ。
 嬉しい、と、わけがわからない、と、なんで相談してくれないの、がごちゃ混ぜになってなんだか泣きそうだ。泣きそう。てかちょっと涙出てる。
 でもおれの涙の九割は嬉しいが理由だからだめだ。ほんと甘いよおれは、ミレーヌに、シンディに、マッドに、トリクシーに、ダニエルに。
「……良かったですね。なんというか……私も、感動してしまいました。あなたは本当に愛されている」
 シャオフ―がなんかじんわりした感じのいいコメントしてくるけど、おれは素直に喜んでいいのかわからない。
「愛されてんのは嬉しいけど、横暴が過ぎない? ……ちょっとミレーヌ着信拒否してんだけど信じらんない……シャオフーあとで携帯貸して、後でいいけど、っあー……ええー……?」
 感動、憤り、パニック、ええと後何だろう……とにかくあまりにも感情がぐちゃぐちゃでよくわからない。隣のシャオフーが手を握ってくれたからどうにかちょっと落ち着いたけど、一人でこの事実に直面していたらちょっと三時間くらい放心していたかもしれない。
 なんて勝手なんだろう。どうして、おれのことがそんなに好きなんだろう。愛すべきサイラス、なんてネタで言われていたけど、本当に愛されてるんだって実感しちゃってよくないよ。おれもまた、面倒な人たちに愛されちゃったもんだ、と思う。
「でも、どうせNYで就活する予定だったのでしょう? 自社のスキャンダルを容赦なく暴いたあなたは、同職で採用されるには少々ハードルが高かったのではないですか?」
「……言われてみればそうかも……。自分ちのボスのネタをパーッと売りさばいちゃう社員、そりゃ採りたくないよねぇ……あーじゃあ、これでよかったのかなぁ。それにしても相談くらいしてくれたっていいのに」
「彼女たちは、本気で嫌だと言えば引き下がるとは思いますが。……嫌なんですか?」
「え。ううん? 嫌じゃないけど――」
 おれがうだうだと文句を連ねそうになった時、玄関先のベルが鳴った。
 錆びた鐘の音の後に、お届け物ですと声がかかる。
 おれの代わりにサインをしてくれたシャオフーが差し出したのは、やっぱりミレーヌが言ってた書類で、無駄な仕事の速さとタイミングの良さにほとほと呆れた。
 やっぱりそれは、新規事業の書類だった。
「おえー……あったまいたぁい。おれこういう書類関係ダメなんだよね見てるだけで吐きそう……」
「今日はこれを捌くだけで一日が終わりそうですね」
「……シャオフー、一緒に頑張ってくれるの?」
「書類整理は得意ですよ。契約書も仕事柄必ず扱うものなので、多少はお役に立てると思います。勿論、サインをするのでしょう?」
「うん、だって、ほら……どうせ、仕事は見つけなきゃいけなかったしさ」
 まあ、正直言うとちょっと重い。
 責任を負う勇気って奴も半分くらいしかない。ホントにおれで大丈夫? っていう不安の方が大きいくらいだ。
 でも、ボスがいなくても結局なんとかなったし、会社作るってのはやる気と実力だけじゃどうにもならないことは山ほどあるだろうけど、幸いおれは気心の知れた仲間に恵まれている。
 やろうか、うん。新しい会社、作っちゃおうか。
 本当は自分できちんと腹を決めてみんなに連絡して……ってやらなきゃいけなかったんだろうけど、ありがたいことに(そして大変迷惑なことに)おれの尻を蹴っ飛ばして背中をぐいぐい押してくれるミレーヌが、勝手に走り出しちゃったから。
「ミレーヌ放っておいたら、勝手に暴走しちゃいそうだしなぁ。彼女、ほんとにタイトルとか名前のセンスが無いんだよ。飼ってる猫の名前『パスタ』だよ?」
「それは……それで、可愛いとは思いますが。あ、サイラス、これが新しい会社の住所、ですかね?」
「うん? どれ、ああ、うーんそうだね、たぶん。うわーまたなんか不思議なところを押さえたなぁ。治安いいような悪いような」
「よくはないですよ。特に夜は、女性一人で歩かないことをお勧めします」
「……シャオフー、このあたり詳しいの」
「私の現在の住居の近所ですから」
「……えっ、そうなの?」
「おそらくは偶然でしょう。特に友人を招いたりもしませんので、ケントも私がどこに住んでいるのか知らない筈ですし。でも、そうですね、こんなに近いならいっそ、一緒に住みますか?」
「……………………うん?」
 ちょっと何を言われたかわからなくって、さっきのミレーヌレターよりもわけがわからなくって、その言葉の意味をちゃんと理解したあとはもうなんかいろいろな感情がまたせりあがってきて、おれはシャオフーの肩に崩れ落ちてしまった。
「…………流れるようなプロポーズびっくりするからやめてー……」
「結婚しましょうと言っているわけでは……いえ、してもいいならゆくゆくはぜひお願いしたいですが」
「はやいはやい。展開がね、はやい」
「でもどうせ私はあなたの部屋に入り浸りますよ。あなたは忙しくてほとんど引きこもると思いますし、そうしたら訪ねるほかない。私も仕事が始まってしまえば、オフの時間は限られますし、一緒に住んでしまった方が楽でしょう」
「きみ、ほんとうにびっくりするくらい思い切りがいいよね……?」
「三週間と二日で随分と反省しましたから。あたなが嫌だと言うまで、手放す気はありません」
 なんかすごく格好いいことをサラッと言われた。そういうのおれが言いたいのに、おれの口はあわあわしてあーとかうーとかそんな言葉しか出てこない。
 昨日は結構頑張って素直になれたのに、やっぱりおれには素直になれる呪文が必要なのかもしれない。ホーカス・ポーカスでも、アブラカタブラでも、ビビディ・バビディ・ブーでも、なんでもいいけれど。
「……現実向き合いたくないなぁ……シャオフーと一日中ベッドの中でイチャイチャしてたいなぁ……」
「私はそれでもかまいませんが、先に書類を片付けてしまわないと、キスの合間にミレーヌの顔がちらつくと思いますよ」
「ごもっとも……」
 仕方ない。やろうか。だって、やるって決めたしさ。
 気合を入れる為に一回だけキスして、背伸びして、煙草を探していやでも今日は吸わなくていいやと思い直して、おれは現実を机の上に並べた。
 現実に向き合うのはちょっと大変だ。
 でも、みんながいるし、きみもいるから、まあ、なんとかなるかなと思う。
 さようなら、臆病だった自分。ようこそ、責任なんてものを背負っちゃったおれ。まだちょっとビビってるけど、うん、きっと大丈夫、今までだって壁を……迂回してきたけど、今度は乗り越えられるはずだ。
 おれの人生の転機は三回あった。
 一度目はゲイだと気が付いた時(本当に死ぬほど悩んで泣いたけど今はもう元気だ)、二度目は母親が死んだとき(今でも思い出したくない、割愛)、三度めはウィズメディアに入社したとき(出会いをありがとう、でもボスまわりのごたごたはもうたくさん)。
 そして新しい責任と恋人を得たこのときが、四度目の転機だった。



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