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01





「腹立たしい、という表現はget on my nerves. で合っていますかね」
 広い上に閑散としている書斎に、私のどうしようもない言葉が響く。
 夕刻の祈りを終えたばかりの主人は、その端正すぎる顔にわかりやすい疑問符を浮かべながら、二度ほど瞬きを繰り返した。
「急にどうしたんだ、イーハ。……それは、癪に触る、みたいな表現じゃないか?」
 そう口にしながら、私の主人は自分のデスクに寄りかかる。先ほどオフィスから帰った途端に着替えた為に、本日もどうみても外国人観光客にしか見えないフランクかつ開放的なシャツとゆるいパンツをさらりと着こなしている。
 本格的な夏はまだ先とはいえ、アブダビの春はもう汗ばむほどに熱い。さっぱりとした夏服が似合っていない、とは言わないが、私はやはり他のアラブ人と同じように暑苦しいカンドゥーラを身につけていてほしいと今でも事あるごとに進言している。
 きっと本物の外国人観光客に『実は彼はアラブの石油産業に関わる由緒正しい貴族なんですよ』と言っても、誰も彼もがジョークだと思うに違いない。私だってそう思う。
 比較的むさ苦しくはないと自負しているアイルランド人の私と主人が並ぶ様は、控えめに表現してもゲイのカップルに見えることだろう。もちろん私達はただの主人と秘書だ。それ以外の関係性があるとすれば十年来の友人という清く正しい交友関係以外に特記することはない。
 ラティーフはこの国の神に背く、ゲイである。
 だが彼が愛を誓う恋人は生憎と私ではないので、私達は外出時の不躾な視線にも堂々と清廉潔白に無関心を貫いた。
 せめて私がアラビアの血を引いていれば他人の視線を不躾に集めることもない、ような気もする。しかしながら肌の白さと色素の薄さはもはやどうしようもない。
 今日もカンドゥーラが似合わなそうなつるりとした顎に美しい指を這わせたラティーフ・オマール・アブドゥッラーは、眺めているだけでため息が出そうな蠱惑的な瞳を眇め、甘い声で私の下らない言葉に応えてくれる。
 我が主人ながらどこもかしこも完璧な見た目だと惚れ惚れする。他の貴族のように立派な髭さえ生やしてくれればなにも言うことはないのだが、まぁ、今は髭の話は置いておこう。
「かなりきつい言い方じゃないかと思うぞ。たまに、オフェリアが嗜める時に使っているような……いや、私はあまり、イギリスのスラングには詳しくないから、的確ではないかもしれない」
「私もです。ここ最近は宇宙に詳しいよく喋るイギリス人のおかげ様で、滑らかな英会話に随分と慣れました。しかしながら生憎あの世界に友好的な青年は、負の感情を織り込んだスラングを一切使わないものですから」
「あー……まぁ、そうか。そうだな。ノルは、大体宇宙の話か、それとも前向きな言葉ばかりだな」
「ええ、まったく。まったくその通りで、最初はこの青年は私達にとても気を使っているかそれとも心から信頼していない故に全てを打ち明けてくれないのか、と少々自嘲気味に考えたこともありましたがアレですね。ノルは本当に基本的に他人が好きで寛容なだけですね。彼は怒ったりするんですか?」
「……記憶にないな。まぁ、拗ねたりはするが」
 今はフランスに出張中の愛しい顔を思い出したのか、少々恥じらいながらも頬を緩める主人に私もうっかり感慨深い気分をお裾分けしていただいたような気持ちになりかけ、いや違う私は腹立たしいのだと目の前のパソコン画面を睨み直した。主人の甘さのお裾分けをいただきほのぼのしている場合ではない。
 そう、私は腹立たしい。
 get on my nerves. この言葉が正解ではないのならば、どのような英文を綴ったら良いものか。
 私が懇意にしているイギリス人は、今の所主人の恋人であるノルこと、オリヴァー・グレイとその同居人達である。
 生まれてこのかた、ほとんどの時間をアラビア語に囲まれて生きてきた私は、実のところ英語が得意ではない。
 ラティーフの秘書として各国の言葉の壁を乗り越える窓口となるため、必要に応じて日常会話程度はこなせるように都度、語学を勉強している。故に会話はこなせるつもりだが、頭の中の辞書を参照せずとも滑らかに英会話をこなすことができるようになったのは、ひとえにノルの下宿先……リトル・ヒューストンという中々センスのある名前がついたあのイギリスのフラットに住む面々の、言葉の濁流のおかげだろう。
 リトル・ヒューストンの人間はとにかく言葉を愛している。コミュニケーションは言葉の連射だと信じて疑わないというように、顔を合わせればペラペラと滑らかなイギリス英語を連ねた。
 言葉を愛している面子の筆頭はオリヴァー・グレイなわけだが、ライター業で思慮深いオフェリア嬢も、なにかとフラットを騒がせるチリコ嬢も、中々によく喋る。私はあまり縁のないグレッグという男性だけは言葉よりもジェスチャーが多いような気がするが、それでもヒューストン会議と名付けられた彼ら流のディベートの場では、オフェリアに負けじと発言している姿も見受けられた。
 彼らの英語はとても気持ちよく耳に馴染むので、私は比較的楽にイギリス英語を取得することができたと思う。
 ただ、基本楽天家なノルや外国人のチリコ、あまり感情的にならないオフェリアやグレッグの言葉には、人を詰るような言葉は混じらない。
 唯一、あまり素行も口も良くない人間がいる。それは前途の四人と同じくリトル・ヒューストンで寝起きしている五人目のイギリス人だ。彼ならばおそらく、的確な口汚いスラングを教えてくれることだろう。
 チャールズ・ヘンストリッジは時折私の耳が理解できないほどに砕けすぎた言葉を使う。
 ただし、私がこの非常に腹立たしい気持ちを抱き口の悪い言葉にして叩きつけたい、と思っている人物こそ、このチャールズ・ヘンストリッジだったために、彼に暴言の教えを乞うわけにはいかなかった。
 苛々と人差し指で机を叩く。カツ、カツ、と耳に響く音は余計に苛立ちを募らせるが、私はどうしても苛立つと我慢ができないタチなのだ。
 寛大な主人には頭が上がらない。まったくこんな短気な男をよくぞ雇い続けてくれているものだ、と再度確認しラティーフに礼を言いたくなるほどに、私は大変腹が立っていた。
 私のパソコン画面を臆面なく覗き込んだラティーフは、息をこぼす様に少々笑ったようだ。
 どうやら私の心の狭さに、漸く気がついたらしい。
「何かと思えば、チャックとのゲームにまた負けたのか」
 事も無げにさらりと言葉にされ、私はジロリと主人を見上げた。
 怖いから睨むなとよく言われるが睨んでいるつもりはない。私の顔つきが少々硬いばかりに、そういう風に見えるだけだ……と普段ならば言い訳するところだが、この時はまさに正しく己の主人を睨んでいた。
 不敬だの不躾だの、そんな言葉はまったく私には響かない。私は有り余る愛情と気安さをもって、精一杯の不機嫌さでラティーフに顔をしかめてみせる。
「一昨日は勝ちましたよ。毎回私が負けているような言い方はよろしくない」
「その前は負けていたし、昨日だって負けていたじゃないか」
「…………勝率は五分に少し足りない程度です……たぶん。四捨五入すれば。おそらく」
「おまえが見栄を張るなんて珍しいな。いや、馬鹿にしている訳じゃない。素直な感想だ。素直な感想として、イーハでも負ける事なんてあるんだな、と思ってはいるよ。何度チェスの勝負をしても、私はおまえに勝てたことが無い」
「私は天才ではありませんので。ただの仕事に目ざとい秘書ですよ」
「チャックは天才だということか?」
「…………」
 認めたく無い。
 大変認めたく無いが、確かにラティーフの言葉は否定できないものだ。
 チャールズ・ヘンストリッジはおそらく天才と評していい頭腦を持ち合わせている。
 それを渋々ながらも認めることとなったのは、チャールズから送られてきた一通のメールがきっかけだった。というか、私が大して関わり合いのないイギリスの青年に対し『渋々』などという気持ちを持ち合わせるようになったのもまた、このメールがきっかけだ。
 私とチャールズは、ラティーフとノルをどうにか神から隠して二人を祝福できないものか、と画策していた次期があった。調度今から十ヶ月ほど前だ。
 あの頃はお互いに顔も知らぬ他人同士だった事に加え、個人的な無駄話を挟む事もなかった。私は業務的にチャールズと連絡を取り合い、仕事のように彼と情報の取引を行なった。それはチャールズも同じだ。
 普段からネット上で仕事をこなしているらしい彼のメールはひどく事務的で、攻撃的では無いが愛想に欠けるものだった。まぁ、そこはお互い様なので何の問題もない。私は少々どころかかなりデリカシーがない自覚があるので、フランクなジョークを求められるよりありがたい。
 ラティーフが見事、意中の人と愛を交わした後は、チャールズに連絡をすることはなかった。特別連絡すべき用事もない。用事がなければ、電子の中で言葉をやりとりする必要はない。何と言っても我々は、ジョークを言い合い機嫌を取り合う間柄ではない。
 リトル・ヒューストンの面々にかなり好意的に歓迎されているラティーフに付き添い、何度かイギリスを訪れる事はあった。
 しかし盛大な歓迎を表す面々の中に、いつもあの赤毛で猫背な青年はいなかった。彼の不在を詫びるオフェリアによると、特別嫌われている訳ではないがチャールズは夜行性で昼間は殆ど寝ている引きこもりなのだそうだ。というわけで、ろくに顔を合わせて会話をした記憶もない。
 そんな彼から先月急に送られてきたメールは、とても簡単に要約してしまえば間違いメールだった。
 どうやってイーハ・オコナーのメールアドレスを引っ張り出してしまったのかわからないが、とにかくメールは二通来ていた。
 一通目は長々とした英文に添付ファイルが添えられたもの。
 二通目は、先ほどのメールは貴方宛ではないすいません間違えました、見てもらっても問題は無いがとにかくただの間違いメールだ、という旨の簡素な謝罪文。
 私は業務の合間に一通目のメール文面をざっくりと要約し、彼が独自に開発したネット対戦式ボードゲームのシステムの提案と試作品である、ということを理解した。
 なるほど、チャールズは確かプログラムやなにやらを生業にしていると聞いていた。エンジニアという類の職人だろう。
 生憎と私はアナログな人間なので、必要最低限のシステムにしか触れない。故にチャールズがどれほど素晴らしいエンジニアなのか、まったくピンと来ないがしかし、添付されていたゲームアプリはまるで製品のように見事で何もわからないながらも感心してしまった。
 試作品故に詳しい対戦システムの説明などは盛り込まれておらず、ゲームルールはメール本文で説明されていた。どうやら、ルール自体もチャールズのオリジナルらしい。文面を丁寧に読み込めば、クライアントの要望は『とにかく難しいゲームを』という難題だったのではないかと察することができる。
 テストプレイはこれからなのですがよければ感想をお聞かせください。
 そんな風に丁寧に締められた英文を閉じ、私は小一時間、世界のどこにも無い新しいルールを噛み砕きつつパソコンと向かい合い、それから添付ファイルとメールを削除した上でチャールズに返信をした。勿論、私が全力で遊んだ一時間の感想も添えて。
 返事はいらないと付け加えたものの、彼からの返信は翌日の深夜一時近くに届いていた。アブダビとイギリスの時差は四時間ほど。こちらで深夜一時といえば、イギリスでは夜の始まりくらいの時間だろう。夜行性だという彼が目を覚ます時間なのかもしれない。
 メールには本文がなかった。なんならタイトルすらなかった。
 また間違いメールかと訝しんだものの、タイトルも本文もない空のメールには、ひとつのURLが添えられていた。
 大変怪しかったので人として一応警戒をした私は、それを仕事用のパソコンでは開かず、個人のサブPCに転送して開いた。流れ出て困るようなものはなにひとつ登録していない、ワープロがわりのようなPCだ。
 URLは、昨日の試作品ゲームの画面に飛んだ。パスワードを入力する画面が現れ、入力欄の上には『愛すべき火星の信者の名前(愛称不可)』と書かれた文字が並んでいた。
 思わず笑いを零した私は、すっかり書き慣れたおかげでまったく間違えることなどなくなった名前をさっさと入力した。オリヴァー・グレイ。彼宛のメールはすっかり見慣れているし、綴りを間違えることもない。
 ゲーム画面へ入室する。昨日はなかった少々陽気なBGMが聞こえてきた。そして昨日はなかった左端のチャット画面に、ようこそ生贄、と文字が浮かんだ。
 どうやら私は、彼のプログラムのテスターに選ばれたようだ、ということを理解しながらも、しれっと『もっと落ち着いたBGMにならないか』とだけ打ち込んだ。
 この日から私とチャールズの、なんとも言い難いオリジナル陣取りゲームの対戦が始まったのだ。
 ボードゲームの難しい部分を全てぶちこんだかのようなチャールズのゲームにはまだ名前がない。というか笑える程に難しすぎて、製品として完成できるのかどうかも謎だった。クリアできないゲームは、どんなにやりごたえがあっても意味がないだろう。
 チャールズは頭が良い。おそらく本当に天才と言うべき人物だ。けれど天才は天才すぎて、一般人の頭脳レベルがわからないに違いない。
 一日に三度はキーボードを叩き割りたくなる難易度のゲームに私は忌憚なく暴言という名の意見をぶつけ、翌日には私の暴言に出来うる限り配慮したシステムに改良される。だが何故か私はチャールズに勝てない。ほとんど勝てない。これはもう認めざるを得ないが、私は凡人で彼が天才である故の差だ。
 チャールズ・ヘンストリッジに対する私の知識は非常に少ない。元々大して他人に興味を持つタイプではないので、彼について知っていることと言えばメールアドレスと住所と、そしてすらりと背の高いわりに猫背な体格と少しだらしない赤い髪と、不健康そうではあるがそれなりに目を惹く麗しい顔面くらいのものだった。
 ラティーフは彫りの深い美丈夫だ。ハンサムと表現するのが的確ではないかと思う。
 ノルは中性的な美人で、顔立ちがとても整っている。喋らなければ男女共に彼の美貌に見惚れることだろう。喋らなければ、という枕詞が大切だが。
 そしてチャールズは、なんというか。……不思議な甘ったるい美貌を湛えている、と思う。それなりの衣服を纏い、髪を切りそろえてセットし、ふわりと意図的に笑えばお金持ちなマダムを垂らしこむまで三秒もかからないだろう。
 実際の彼は、リトル・ヒューストンから一歩も出かけることのない引きこもりだという。甘く笑うべき顔は私が見かける際は大概不機嫌そうに歪んでいるし、目の下のクマもひどい。
 チャールズが私の主人だったならば、私はまずあのひどいクマを取るべく彼に栄養を取らせ運動を強要し、たっぷりの睡眠を無理やり押し付ける事だろう。現状オフェリアあたりがチャールズに健康を押し付けているのかもしれない。まずは昼夜逆転をどうにかしないと健康は指の間をすり抜けていきそうだが。
 ……いや別に彼の健康と顔面の美醜などどうでもいいのだけれど。
 まぁ、健康の方はなるべく良好に保って欲しい、とは思う。何と言っても私は彼に5戦も負けている。不養生で倒れるならば、私が勝ち逃げした後にしてほしい。
 などという取り留めのない雑談を口から垂れ流してしまった私に対し、今日も寛容な主人は苦笑いの代わりに柔らかく息を吐き、目を細めた。
「まったくおまえは本当に勝負事が好きだな」
「大人気ないとは思っておりますよ。己の性格の難は重々承知しております。故に私はギャンブルには絶対に手を出さないと決めていますよ。勝つまで納得できない性分ですから、無謀な賭けとは無縁の場所でささやかなゲームに腹を立てているくらいがちょうどいい」
「他人をなじる言葉を探す程はまっているじゃないか。そんなにチャックは腹立たしい男か? 私には随分と気安く声をかけてくれるが……」
「貴方は親友の大事な恋人だからでしょう。私なんて他人ですからね。他人だというのに彼は私に容赦がない。まぁ、手加減されるよりはマシですが。それにしても勝ち方がこう、なんというか、」
「腹立たしい?」
「……まったく、他人に対する自分を見ているかのようです」
「なるほど、大人気ない、ということか」
 珍しく軽やかに笑う主人は機嫌が良いようだ。
 私は相変わらず腹立たしさを燻らせているが、ラティーフが心から笑えるひとときは大変素晴らしいものだと思う。
 さてノルから電話でもあったのかと思いを巡らせ、いや違うこれはきっと一ヶ月後の旅行が楽しみで仕方ないのだな、と思い当たりなんとも暖かなくすぐったいような気持ちを私まで共有してしまった。まったく私の主人は素直すぎて困る。そして私はそんな彼の幸福を大いに歓迎している為にいつ何時でもラティーフが幸福を噛みしめるたびに釣られて暖かな想いを抱いてしまう。
 来月、久しぶりの連休だというノルを攫い、お二人は旅に出かける。旅行の宿を手配したのは私だ。細かいプランを練ったところでどうせホテルに引きこもって天体の話をしているのだろう、と思ったので、ツアーなどには一切申し込みはしていない。ただゆっくりと星を見上げることができるホテルを手配しただけだ。
 三度ほど二人に『イーハも同行したらいい』と誘われた。しかしながら私は主人の幸福を邪魔したいなどとは微塵も思わない従順な秘書なので、きっぱりと辞退させていただいた。
「来月だが、本当におまえはここに残るのか?」
 ふと四度目の誘いをかけてきたラティーフに、私は相変わらずの無表情で答える。
「勿論。貴方の居ない寂しい日々を存分に堪能する予定です」
「まぁ、おまえが羽を伸ばせるのならばかまわんが……リトル・ヒューストンまで同行するのは無しか?」
「貴方がご所望ならば送り届けてもいいですが。一人で飛行機にも乗れない体になりましたか?」
「私が心細いわけじゃない。先日イギリスに顔を出した時、チリが会いたがっていたんだよ。おまえは優しいから好きなんだそうだ」
「……優しいですかね? そんな事を言うのは貴方とノルとチリ嬢くらいのものですよ」
 とにかく私は、お二人のバカンスに水を差すつもりはない。
 たっぷりと一週間、特に何事もない休暇をアブダビの自室で過ごすつもりだ。
「どうぞごゆっくり楽しんできてください。土産などはいりませんよと言ったところで貴方がたは山ほど贈り物を見繕ってくるでしょうから、そうですね、香辛料か飲み物がいいです。タペストリーはもうお腹いっぱいですとノルにお伝えください。私は優雅に孤独を満喫いたします」
 私はラティーフの自宅の離れを借りている身だ。しかし物静かな主人は、プライベートをベタベタと侵食する方ではなく、毎日それなりに孤独を満喫してはいる。だが、一週間顔を見ないという事はない。たまには私の顔を忘れてついでに神様も忘れてきたらいい。そう言うと主人は困ったように息を吐いた。
 一ヶ月後に迫った一週間の孤独な休暇を、私は本を開き映画を流し、ゆったりと過ごすだろう。
 この時は、確かにそう思って居たのだった。


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