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08



 唸る風の音の合間に、軽快なノック音が聞こえた。
 聞こえなかったふりをするのも面倒で、比較的素直に『開いてる』と声をあげる。チリは朝から寝込んでいるから、ノックの相手はどう考えても俺の苦手なアイルランド人だったけれど。……まあ、ゲームのレベリングに飽きた俺は、要するに暇だった。
 現代の天気予報は本当に嫌になるほど優秀だ。
 冬かよって笑える程に激しい嵐は雨風の他に見事雷も連れてきた。そんでもって優秀じゃないこの街の配電は馬鹿みたいに貧弱で、夕方あたりに停電したまま、復旧の見込みもなく夜が来たわけだ。
「……失礼します。チャールズ、まだお休みにはなりませんか?」
「んー。別に、やることねーけど眠くもねーんだよなぁ……あんたは何、暗闇が怖いタイプ?」
「本音を申しますとあまり好きではありませんね。この部屋は明るくてうらやましい限りです」
 たぶんフラットのどの部屋も真っ暗だけど、俺の部屋だけはぼんやりとオレンジ色の明かりが灯っている。机の上のゆらゆらとした光源は、ノルの土産のアラビックランプだ。アイツが得意そうな顔で押し付けてきた時にはこんなもん俺がもらってどうすんだよって思ったけど、人生何が起きるかわからない。綺麗な色のガラクタだと思っていたランプは、今日一番の救世主だ。
 タイルというかステンドグラスみたいに柄が入っているせいで、壁を照らすキャンドルの明かりは無駄にムード満点で困るけど。
 別に俺はアイルランド人と迎える停電の夜にムードとか求めてないから余計なお世話感しかない。まあ、外の豪雨の音がムードとか雰囲気なんてものぶち壊してくれているから良いとする。
「アブダビの夜は、街灯のお陰さまで思いの外明るかった、という事に初めて気が付きました。そういえば部屋の明かりを消しても真っ暗にはなりませんでしたね。うっすらとオレンジ色が零れるといいますか……暗闇は落ち着きませんよ。まだお休みにならないのならば、夜が恐ろしい私の為に、少々お茶にお付き合いいただいてもよろしいですか?」
「……別にいいけど」
 男二人で停電の夜にお茶飲みながら話すことなんかなくない? と思ったものの、イーハが持ち込んだトレイの上のカップを見つけて言葉を飲み込んだ。
 淡いオレンジの明かりの中に、影のように湯気が立つ。二つのマグカップをなみなみと満たしているのは、甘い匂いのミルクティーらしき液体だ。それと、おまけみたいに添えられたスコーンの皿。そのどちらも信じられない程うまい。今朝己の舌で体感したから間違いない。
 ベッドに転がっていた俺は、とりあえずサイドテーブルにトレイを置くように促す。イーハはしばらく迷ってから、いつもノルが勝手に座っている一人掛けのソファーにスッと腰を下ろした。
 一々動作が綺麗な男で嫌になる。知れば知る程、完璧な男で、なんというか本当に嫌だ。
 新品の適当な部屋着とラフに下ろした髪型はいつものきっちりとした秘書とはかけ離れているのに、やっぱり完璧に見える。なんでだほんと。あとなんでそのダサい黒いティーシャツ選んだんだホント。
 完璧な秘書はミルクティーのマグカップを綺麗な姿勢で持ちつつ、しばらくカーテンの外を眺めるように目を眇めていた。
「……イギリスの天候不順は、いつもこのように実害を伴うものなのですか?」
 どうやら、外の雨と風の音を聴いていたらしい。
 風が唸る。それに煽られ街路樹がバキバキ揺れて、看板やら植木鉢やらとにかくそこらへんに転がってるものがお互いハチャメチャにぶつかり合う。壁が軋むし屋根も軋む。大粒の雨が建物全体に打ち付けられる音で、囁き声くらいならかき消されてしまいそうだ。
「実害ってーか、まー天気はあんまよくねーよ。霧の街って言うじゃん? なんとなくどんよりしてて、なんとなく灰色ってイメージない?」
「さあ、私は……ノルの住居がある場所、という認識しかありませんでした。あまり海外の事情には興味がないのかもしれません。というか自発的に興味を抱く物が基本的に少な――、」
 その時、薄暗い部屋の中に閃光が走った。
 うわ、と思う間もなくかなりの早さで爆音が轟く。家ごと揺らす雷の音だ。かなり近い。結構煩い。
「っ、ひっ!?」
 そして俺は、雷の音が鳴り響いた瞬間に若干尻を浮かせるイーハを見てしまった。
 背筋が嫌に伸びている。視線が定まっていない。その上若干マグカップが震えている。
「…………え。あんたもしかして雷ダメなの?」
 マジで? と畳みかける前にもう一度閃光が走り、どーんとデカい音を立てて部屋が振動した。そしてそれに合わせるようにイーハが椅子から若干浮く。うっすらと暗いランプの明かりの中でも明確にわかる程、イーハの顔は青い。
 え、なに、まじで? まじで言ってんの? うそだろ完璧アイルランド人、お前そんな雷が怖くてリビングから逃げてきたとかそんな、やめろちょっと、にやにやしちまうだろうが。
 勿論なにそれおもしれー的な意味で。
 可愛いなんてちっとも思っていない。これっぽっちも思っていない。思ってないけどにやにやしちまって、イーハにものすげー軽蔑してますみたいな視線を食らった。
 勝手に人の部屋に逃げ込んだくせに、失礼な奴だ。
「貴方のその大変楽しそうなお顔が腹立たしいので少々反論させていただきますが……誰にでも苦手なものは存在する、と私は信じております。一見非の打ち所の無い我が主人ですら、辛みのある香辛料を大変毛嫌いしております。ノルは足の多い虫が苦手ですね? 何故か昆虫は平気らしいのですが何が違うのか私にはよく理解でき――、っ!」
 ピカッ、ドーン。と光と轟音が襲う度にイーハはびくりと身体を硬直させる。
「うっわ。どっか落ちたかなこれ。……アブダビって雷落ちたりすんの?」
「ない、とは、言いません……まあ、嵐や雨自体が非常にまれではありますが、昨今は地球のどこをとっても異常気象ですから……砂漠に雪も降れば空を割くような雷も、多少は…………申し訳ありませんチャールズ、重ね重ねお願いばかりで恐縮なのですがそちらに行っても構いませんか?」
「は? そちらって、あ、ベッドの上か? いや別にいいけど……え。そんなに? そんなに雷怖いの? うそだろ?」
「嘘を吐くのならばもう少し私の尊厳が傷つかない方法を選択いたしますよ。月明かりもない暗闇だけでも心許ない。その上あの目を潰す程の光と轟音を一人で感受できるわけがありません。無理です。駄目です。認めます、そして告白します。私は雷が怖い」
 素直にそう言われると揶揄う気も失せてしまう。しかたねーな、というスタンスをあくまでも貫きながら、俺はベッドの上に十歳上の男を招いた。
 そそくさと移動してきた背の高い男は、自分のマグカップをテーブルに避難させてから俺の隣に――座ると思いきや何故か俺の足元の床に座った。……俺の部屋は基本土足じゃないから別にいいけど。別にいいけどなんでソコなんだと思わなくもない。いやまあ、でかい男に隣に座られるよりはマシかもしれないけども。
「チャールズ、何か話してください」
「なんでだよ……今日アンタやたら口数多いな」
「私は心細いと口から言葉を吐き出して理性を保つ人種のようですね。本日気が付きました。リトル・ヒューストンは私に新しい発見ばかりもたらします。例えばロイヤルミルクティーを作る際の香りの麗しさだとか。焼き菓子が膨らんだ時の喜びだとか。ラティーフが帰ってくる頃にはちょっとしたケーキくらいは焼けるようになっているかもしれません。料理の楽しさなど、今までの私は知らなかった」
「……スコーン作ったことなかったの……? うそだろつかあんた料理すげーうまいじゃん普段しねーの……?」
「特別キッチンに立ち腕を振るうような趣味は持ち合わせておりませんでしたので。己が口にするカロリーと栄養を量産している、という認識で調理をしていましたね」
「なんだそれもったいな……つかアンタ、割と何でもできるのに、もしかして自覚ないのか?」
「私なんぞただの目ざといだけの凡人ですよ。貴方の方が何でも出来るじゃないですか、チャールズ。貴方は天才だ」
「いや。いやいやいや。まー俺がある種の分野に関してはやたら頭が回るってのはさ、そりゃ否定しないけどさ。……なんでもできるのはアンタの方だろーが。俺はスコーンなんて焼けないし、サンドイッチすら作れないし、紅茶なんてどんなに良い葉っぱ使ってもクソ不味くなるからいつもインスタントの珈琲飲むしかねーし、眠いと凡ミスぶちかますからアレキサンダーとイーハの綴り間違えて仕事のメール誤送信しちまうとんでも凡ミス野郎だし」
 だからアンタの方が、と口にする前にまた光る。そんでもってまた轟音。どっかででっかいビル爆破でもしてんじゃねーのって感じのデカい音が響く。家がビリビリする。またイーハが硬直しているのが後頭部見てるだけでもわかる。
「とりあえずこの上来たらいいじゃん……おら、こえーんでしょカミナリ。しかたねーから、あー……一分一ポンドで手ぇ握ってやってもいい」
「……一ポンドは五ディルハム程度でしたか……十分五十ディルハム……なんというかリアリティのあるお値段ですね。金銭で貴方の身体の一部を買うようでかなり背徳的な気持ちになります」
「じゃあやめとく――」
「払いましょう」
「……決断はえーなほんと……」
 なんかもう呆れるのも面倒で、薄暗いしバレないだろうと思って普通に笑ってしまった。
 普段だったら絶対にコイツと手ぇ繋いだりなんかしない。ていうか男と手なんか繋ぎたくない。ノルがぎりぎりだし、グレッグに至っては普通に嫌だ。別にグレッグの事が嫌いとかじゃないし結構好きだけど、それとこれとは別だと思う。何なら俺は女に触るのも嫌だし、チリやオフェリア相手でも握手やボディタッチはごめんだ。
 雷のせい。馬鹿でかい轟音のせい。煩くて腹が立つ嵐のせい。そんでもって薄暗い停電と、夜と雷に怯える男があまりにも顔面蒼白だったせいだ。
 俺の横にやっと這いあがって来た男は、特に躊躇もなく俺の手を握った。思いもよらず熱い体温に、若干だけど身構えてしまう。俺の体温は大体どんな奴よりも低いから、そりゃ相手の体温は高く感じてしまう。仕方ない。そういうもんだ。人間なんだからそりゃ体温があって当たり前だ。
 そんな風にどうにか言い聞かせ、バレないようにゆっくりと息を吸って吐いた。
 大丈夫、いけるいける。俺はまだ、他人に触る事が出来る。大丈夫。……たぶんコイツは、俺の事が好きだろうが嫌いだろうが、きっと、俺の嫌がる事はしないと思う。急に切れたりするからちょっとまあ、断言はできないけど。それだって、ちゃんと俺が対応できればきちんと意思の疎通はできる、だろうから、大丈夫。イーハには、言葉が通じる。
 しばらくすると呼吸が随分楽になる。
 俺が俺に言い聞かせて暴れたいような気持を押さえている間、イーハはイーハで相変わらずガンガン光ってる雷の恐怖と戦っていたようだ。音が鳴るたびにつないだ手をぎゅっと握られてちょっと痛い。痛いけど、その度に俺はにやにやと笑う余裕を取り戻した。
「なんでもできる癖に雷怖いとかさーそういうのアレだろ、モテんだろ。つかあんたモテんだろ」
「同じ事を昨日チリにも言われましたが私は女性にちやほやともてはやされた経験はありませんよ」
「いやそれ環境が原因じゃねーの? だってアブダビって基本はアラビアの人間がメインだろうし自由恋愛ワーイってとこじゃないんだろ? そんでもって仕事大好きなアンタは大概いつも真面目な秘書をこなしてて、隣にはいつもアラブ人のイケメンがいる」
「……ああ、まあ……そうですね。大概は皆、ラティーフに目を奪われる事でしょう。髭を伸ばしていただければ今よりももっと好意的にもてはやされるでしょうがいえ髭の話は今はどうでも良いのです、はい、ああ、確かに、私は一人で行動しませんね。けれど私よりも貴方の方が恐らくは女性に好まれる容姿でしょう。貴方こそ、一人で歩けば道行く女性が放っておかない筈だ」
「…………あー……まあ、ちやほやされたっちゃーされたけど」
「でしょうね。貴方はとても麗しい外見をしているのですから、仕方のないことでしょう。艶やかな花にはあまたの虫が群れるのでしょうね。己も虫ではありますが、私は見た目の華やかさに惹かれたのではないと細やかな言い訳を添えたくなりますね」
「何の話、それ」
「どうぞお構いなく聞き流してください。独り言です。……一応、こんな場所まで乗り込んでおいてこんなことを言うのもどうかと思いますが、アルコールを摂取していない常時の私は非常に理性的だと自負しております。貴方がもし、年上の得体のしれない男に怯えるような事がなければそれでいいと思っておりますので、もし不快に思う事があれば遠慮なく手を振りほどいてください。とだけお伝えしておきます」
 しばらくコイツ何言ってんだと思った。が、これはあれか、『ベッドの上に上がり込んどいてアレだけど襲うつもりとかないから安心しやがれ』という事かと気が付き、なんとも反応しがたい沈黙を作ってしまった。
 ……なんだそれ。いや、馬鹿正直にそう言ってもらえるのは確かに、すげーありがたい事なのかもしれないけど。二人きりで、ムード満点のランプの明かりの中で、ベッドの上で手を繋いで並んで座ってんのに、そんな固い事を言われたのがじわじわ、おかしくなってきた。
 つかやっぱり俺の事好きなんじゃん。なんだよ、まあ、そうだよな、チリの事が好きなら今ごろひっついて看病してる筈だ。チリが寝るまでは結構真剣に看病してたみたいだけど。怖いから一緒に居てくれなんて、わざわざミルクティー持ってノックするこの男が、なんだか急に。ほら、そのー……可愛く思えてしまう。
 襲わないから隣に居させてくれって事でしょ。なにそれ。ばっかじゃねーの、本当に。何でもできるくせに、なんでアンタ俺に対してはそんなに不器用丸出しなの。
 俺がなんか妙な気持ちでそわそわしてしまって黙ったら、イーハに手をぎゅっぎゅと握られた。
「……何だよ」
「いえ。黙ってしまうと風と雨の音が非常に耳障りでよろしくないな、と思いまして。貴方の声を聞いていたいので何かお話をしていてください」
「わっがままだなオイ。なにか喋れってそれ結構ハードル高いお願いだろ。じゃあチェスでもする?」
「いたしません。私はもうあなたにチェスで勝負を挑む事は金輪際しない、と心に誓っております。私の勝敗結果は五連敗で止めておきたい」
「ちゃんと実物の板と駒がありゃもうちょいいいとこ行くんじゃないの」
「私は貴方の隣に居たい。向かい合うゲームは却下です」
「……わがままかよ……」
 なんかもう普通に隣に居たいとか言われてるけどどうでもいいような気分になった。元々そうかな、と思っていた事が、やっぱそうなんじゃん、と腑に落ちただけだ。
「あー。じゃあ、『Never have I ever』は?」
「……私はしたことがない?」
「本当はドリンクゲームだけどな。一度もしたことがない事を言うゲーム。海外に行ったことがない、とか、ピアノを弾いたことがない、とか。そんでそれを聞いている方は『それしたことある!』って時は一ポイント加算。ポイントがたまったら罰ゲーム」
「つまり、『自分は経験した事がなく、かつ相手が経験していそうな事』を言い合うゲームという事ですか?」
「そ。イギリスのど真ん中で引きこもってる王様と、アブダビで仕事ばっかしてるプラスチック男と、どっちが『なんでもできる男』なのか競い合うゲーム」
 まあ、絶対にアンタの方が圧勝だけど。そう言おうとしたのに、同じ言葉がイーハからかえってきて眉を寄せた。つか、なんでコイツこんなに俺の事崇拝してんのかよくわからない。俺なんて本当にただのダメな引きこもりだって事、思い知らせないといけないのかもしんない。
 俺は駄目な引きこもりだ。数か月に一回わりと本気で死にたくなるし、本当に一歩もフラットから出れないし、それを改善しようだなんて努力もしていない。ただちょっとゲームとかプログラムとか、そっち方面で脳みその出来がいいだけで、人間としては屑すぎる。
 なんでも出来る秘書が手なんか繋いでいるべきじゃない、と思うから。
「じゃあ俺からいく?」
「ちょっと待って。……何ポイント先取で罰ゲームですか?」
「あー。考えてなかったしなんかだらだらやってもあれだよな。とりあえず五点で罰ゲームにすっか。罰ゲームってか、負けた方は従者な。勝った方は王様」
「王様のお願いは絶対、の日本の王様ゲーム方式ですね?」
「そ。無理とか駄目とかはナシ。そんじゃいくぞ。まずはお手本ってやつ。『俺は、アブダビに住んだことがない』」
 これは本当によくあるわかりやすい手本だ。まあ最初の一点くらいはハンデでもらってくれという気持ちを込めた手本だったし、イーハはすぐにこのゲームのルールを理解した。
「なるほど、私はアブダビに住んだことがありますから、私は一点加算、ということですね。しかしながら貴方が必ず経験していて、私が経験していない事を的確に言い当てても面白くありませんね。では、そうですね……『私は、男性とキスをしたことがない』」
「……いや待て攻めすぎだろ。もっとこう、ジャブから行こうぜまじで。それセクハラじゃね? アンタアルコール飲んでないんじゃないの?」
「飲んでおりませんよ。些かセクハラじみている自覚はありますが、貴方は私よりも何もかも経験が豊富な気がしまして他に思い浮かびません。キスの経験は?」
「…………ある、けど……」
「……………」
「自分でけしかけといてへこむなよマジなんなんだよ……別に、恋人がいたわけじゃないからな。男の。女と付き合った経験は割とあるけど。男はないからな。俺ゲイじゃねーし」
 なんかこう、やたらへこんでるからつい言い訳のように言いつのってしまう。思い出すのも吐き気がするような経験だったのに、そんな事は置いといてイーハがアホすぎてヤバい。
 セクハラ男かと思いきやマジで純愛なんじゃん。馬鹿かよ。そう思うとやっぱりつないだままの手がどうも、こう、むず痒い。
「もーまじでなんなんだよー……次いくぞおら、『俺は同性に恋した事がない』」
「…………私、負けませんか? これ」
「いや今んとこ同点コースだろ。つかこんなゲーム本気で二人でやったらどっちも負けるもんだろ。適当に喋る口実見つけるゲームだよ。ほら次アンタだっての」
「『私は同性と性行為をしたことがない』」
「………………へこみてーの?」
「十歳も年下の男性が過去にどのような恋愛をしていたのか気になるなど、自分でもどうかしていると思いますよ。どうかしている。……いや、今のはナシで。別の発言にしましょう、流石にデリカシーの無さが酷い」
「恋愛はしてない。さっきも言ったじゃん。俺は同性に恋はしたことがない。……でも、囲まれて犯された事はある」
「……は?」
 さらり、と口にしたのは、世界で四人にしか告白していない事実だ。
 別に同情してほしいとかイーハのセクハラに腹が立ったとかではない。ただなんつーか、俺なんかのことがマジで好きそうなコイツに、ちょっと同情した。
 俺なんか屑なのにさ。なんか、本当に好きそうなんだもん。だから言っちゃえ、と思っただけだ。今ならなんとなく言えるような気もした。
 俺がリトル・ヒューストンから出れなくなった時。俺が同居人を募集した時、嫌でも頼むから聞いてくれって話した事だ。まずはノルに。次はオフェリアに。そしてチリに、グレッグに。みんな割と静かに聞いてくれて、各々そう言うよなって感じの友愛満ちた反応をくれた。繰り返すけど同情してほしかったわけでもないし、全部さらけ出すのが友情なんて言うつもりもない。
 ただ俺はこういう理由で外に出れないという事実を正確に伝えるべきだと思っただけだ。そして今も、こういう理由で俺は屑だという事を、目の前の男に伝えるべきなんじゃねーのと思っただけだ。
「……俺の話、聞く? わりと、えぐいけど」
 多分楽しくもなんともない。それでも今なら吐かずに話せるような気がしたのは、イーハの無駄にあっつい手のせいか、どうなのか。
 俺は視線を上げられなかったけど、ちょっとだけ上の方から、上ずったような、緊張したような声で『きかせてください』と声がした。


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