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06




「ちょ、テンテンなにしてんの……」

最高に呆れてるぜって感じの声は、オレの後ろ、つまり自室の入り口の引き戸あたりから聞こえてきた。

まあ、そりゃそうだ。ここはオレが寝起きしている個室で、かつ入り口はひとつしかない。部屋の中に人が降って沸く訳はないのだから、誰かがオレに声をかけるとしたら引き戸からだ。

なんて、ひどくどうでもいいことを考えてしまうのはあれだよ、疲れてんだよオレたぶん。
いや体はわりと元気なんだけど。てか元気すぎて困るんだけど。

「何って見りゃわかんでしょーよ。ユユキチたんはオレが何してるように見えんのよ」
「大音量でゲイビ見てオナってる」
「ピンポーンブー。半分正解。ゲイビ見てるけどオナニーはしてません」
「他人の自慰事情なんて知りたくないけどテンテン勃たないんじゃなかったの……なんかの取材……? ついにそっち系に手をだすわけ? いまジェンダー論語るとわりと面倒なの沸くよ? さらされるよ?」
「なんだよ心配してくれんのゆゆキチやっさしー。しかしながら残念なことにこいつはプライベートな事案デス。つか今日休みかよはよ言えよ」
「なんであたしがテンテンに休み報告しなきゃいけないんだよ」
「駅前に新オープーンなクレープ屋に一緒に行ってもらおうと思いましただけですがあの店三時までらしいのでもう無理だわな。また今度つきあって」
「そういうのはーちゃんと連絡ボードに書いとけよー。テンテン取材関係の連絡は死ぬほどマメなのになんでうちに帰るとくずなんだよぅ……」

クレープ、と恨めしそうに呟いて、今時珍しいような金髪に近い茶髪をなびかせながら、ゆゆは特に断りもなくオレの部屋に入ってくる。
ぼんやり眺めていた男が男のアナルにつっこんであえぎまくる動画を閉じて、ガンガン痛む頭を労るようにこめかみを指で押さえた。

今日もいい天気らしい。頭が痛いのは寝てないからだろう。寝てないのにエロビとか延々と眺めていたかもしれない。

開いたPC画面の下の時刻は二時を指している。そろそろ、同居人達が起き出してテンテンご飯また食べてないんでしょーなんて世話を焼き始める時間だった。
一人暮らしが当たり前のご時世だが、オレは言ってみれば下宿のような生活をしている。なんでこうなったのかいまいち詳細は覚えてない。誰だったかが風俗嬢ばっかで不用心だからとか女の子に手をつけない男手がほしいとか……なんかそんな事言われて別に死んでも一人暮らしがシタイ、なんて思っていなかったオレはほいほいとこの宿に移ってきた、ような記憶がある。

別にどうでもいい経緯だったのであんま覚えてない。感動的なやりとりがあったわけでも、印象に残る事件があったわけではない。
普通に紹介されて、普通にいいですよーって引っ越してきて、普通に女四人との同居が始まった。

下町然としているあばら屋は遙か昔は銭湯だったらしい。それがちゃんとした一般向けの風呂だったのか、なんかこう嫌らしいそれだったのかは知らんけど、一階は確かに風呂の跡がある。今はもう使っていないからまるで廃墟だ。

木造の二階部分は住居になっていて、部屋が三つと台所と風呂とトイレがある。わりと広い家ではあるが、五人も住んでりゃ手狭だし、確かにボロでセキュリティ? なにそれうまいの? みたいな外観だし実際壊れそうな鍵が木の扉についているくらいの状態だし、確かに男一人くらい住まわせとかないとこりゃ心配だろうなという感じだった。

実際オレが住んでる事によって防犯になってんのかは知らんけど。
過去三回くらいはストーカーらしきおっさんを警察につきだしているので、まー役立たずではないんだろう。

物書きが仕事だけども、上背があるのでひ弱って訳でもないはずだ。最近は『テンテンがいてくれると踏み台がいらない』とか言われるけど。オレは梯子扱いか。まーまー、でもさ、嫌われるとかぎすぎすするとかトラブルもないから、それなりに楽しくオレは生活できているんだと思う。

チンコ勃たないオレは、彼女達を襲う心配もない。
うっかり、みたいな過ちも90%くらいはない筈だ。惚れた腫れたがなくても、たとえば流れでうっかりやっちゃう……みたいな事もない。だって勃たないし。興奮しないし。おっぱいいじっても尻揉んでもぜんぜん楽しくないし。そんなんやるより、カードゲームとかマリカーしてた方が楽しい。

……と、思っていた三十年の人生だったのだけれど。

「で、なんで急にゲイビなんか見てんのテンテン。結局ゲイだって結論に至ったの?」

よく見りゃゆゆは棒アイスを片手にぺろぺろ舐めている。普通の男は欲情しちまう場面なのかもしれない。なんつってもこの小娘はマニアの間ではささやかな人気のAV女優だ。

「んーあー……オレやっぱゲイなのか? と思ってゲイビ見てたんだけど全然楽しくないんだよなぁ……」
「今更なんだよ、テンテンずっとそうじゃん」
「それがさ、昨日さ、オレってば人生はじめての射精経験しちゃったわけなんですよ」
「え」
「え?」
「……え? え? テンテンが? え? チンコ勃ったの? テンテンが?」
「いやわかるわそういう反応になるわオレもものすげーパニクったわ……」

昨日の夕方、ヨルコさんに呼び出されて、オレはお不動さんこと石堂セツに出会った。
セツの事情は面倒くせーし割愛する。あとそこまでつっこんで聞いていない。想像まじりに要約すると、あいつは性行為にトラウマがあり、それを望まれると拒否できない上にその間の記憶をなくす。そんでもって『浅沼キコ』が現在生きているのか死んでいるのか、死んでいたとしたら犯人は誰か。……自分が犯人か否かを知りたがっている。

調べものは得意だ。そういう職業だし、アングラ系にはツテも多い。素人のオレでも、それなりの探偵のまねごとはできるはずだと踏んだ。

そしてオレはあぼみたいな取引を持ちかけた。

情報と引き替えに、オレとセックスをしましょう、なんてお日様の下で思い返せばバカじゃん? とは、まあ、思わなくもない。

でもオレは興味があった。
記憶が飛んで無表情になるセツに、ではなく、超絶テクニックでどんな女も天国にぶっ飛ばすというお不動さんのセックスに。

それって男でもいけんの?
それって不感症っぽいオレでもいけんの?

そんな下世話というかくだらない興味。でもさ、経験してみたいじゃん。みんな気持ちいいって言うじゃん。
夜の街のいざこざの半分は金と薬と酒で、あと半分は男女のもつれだ。風俗店も山ほどある。誰もがセックスに踊らされている。
そういうの見てるとさ、そんなに気持ちいいもんなのかなって単純に疑問に思う。

一回でいいから経験してみたい。これは欲望とかそんなんじゃなくてもう完全にただの興味だ。
事あるごとに友人知人の風俗嬢様方に協力してもらって、勃起チャレンジしている。最近一番それっぽい感じにうまいこと行きそうになったのはヨルコさん相手だけど、これ勃起してる? どう? まあフニャチンじゃねーだろうけど自立はしてなくね? みたいな中途半端な状態がせいぜいだった。

そもそもオレが興奮してないんだから仕方ない。

さわってりゃそのうち気持ちよくなってくる、というわけでもないし、女の子見てもイケメンみてもはぁはぁしない。そういう感覚がいっさいわからない。

まー性欲なくても死ぬわけじゃない。家庭もって子供作って親子で楽しく生きるのが目標ってわけでもない。普通に死ぬまで働けたらありがたいわなーみたいな感じで生きているぼんくらなオレは、精子がチンコから出てこなくたって困らない。そんな風にある程度は納得しつつ放置しつつも、興味がないわけじゃないから、お不動さんとちょっとそういうことしてみてもいいんじゃない? なんて思ったわけだ。

オレのチンコが勃つのかっていう興味と同時に、セックスしてる最中のセツの様子も興味あったし。つかそんな怖い男とやりたがる女そんなにいるのかよーって思っていたわけだけど。

あれは、いるわ。
あれは、すごいわ。

だってオレ、はじめて欲情ってやつを知ったもの。

「え、相手誰。なに、ヨルコさん? ついにヨルコチャレンジ成功? 結局マシュマロおっぱいの勝利? あのマシュマロおっぱいを白く汚したの? なにそれうらやましいしねテンテン」
「落ち着けアイスこぼれてんぞ。おまえのない胸が白い液体で汚れてんぞ。ヨルコさんじゃないから。マシュマロおっぱいは敗北したのだよゆゆ君」
「誰に」
「……お不動さんって知ってる?」
「知って……え、うそ、お不動さんとヤったのかよ!?」
「声がでかーい。オレの下事情叫ぶのやめてくださいやがれゆゆキチー」
「えー……うっそ、お不動さんって男も有りなのか……うっそ。テンテンが。うっそ。てかテンテン男有りなのか。ゲイなの?」
「いやオレももしかしてオレがマシュマロおっぱいに欲情しなかったのってゲイだからか? と思ってまあこんなもん昼間っから見てたんだけど、別にエロい気分にもならんしつっこみたいともつっこまれたいとも思わんからなー。ゲイとかストレートとかじゃなくて単に行為自体のうまさだったのでは疑惑」
「えー気になる。なんだよそのおもしろすぎる話。混じりたい。超混じりたい」
「いやーだよゆゆキチと3Pとかオレの勃ったチンコが萎えるわー」

わははと笑えば、ゆゆはアイスを舐めとり終わった棒で容赦なくオレの頭を刺した。いてえ。暴力的な小娘で腹立たしいがオレはゆゆが好きだから棒を没収してデコピンを返した。

話してたらちょっとだけ眠くなってきた。
人生はじめての射精経験の興奮がハンパなくて、つか一度意識ぶっとばしたセツはまじで話とかいっさい通じなくて、オレの意識が途切れるまで延々とヤられ続けた。あいつ四十八手全部できんじゃねーのと思う。つか言葉が通じないセツとのセックスを終わらせるには、こっちがぶっ倒れるしかないらしい。
女子ならまあ、二三回で気絶すんのかもしんないけど。こちとらそれなりの男だ。筋肉むきむきじゃなくても、身長分の体力は持ち合わせている。

セックスは全身運動だ。一回で何カロリーとかそういうの、真に受けるわけじゃないけど確かに楽できもちいいだけのもんじゃない、というのを実感した。
結局オレが倒れないもんだから、一晩中ヤり続けることになった。射精したっつっても、三十年間ほとんど使ってこなかっただめなチンコだ。そうそう易々、びくんびくん大放出状態にはならない。要するにオレも出し切ってぶっ倒れる事ができない。

最終的には拷問かよって感じだったけど、確かに死ぬほど気持ちよかった。あれが性的快感ってやつなら、確かに人生棒にふるバカが出てきても、おかしくはない。

もう一度シタイ、と思う。でも一回ヤり出すとセツはとまんねーし、オレもしんどい。
いっそ全然関係ない男とヤってみて、というのも手だ。とりあえずゲイビでオナニーはできなかった。オレのチンコは疲れているのかお不動さんの超絶テク以外では反応しないのか、ぴくりとも動かなかった。

……そういや、セツはちゃんと仕事してんだろうか。

一応正気に戻ったのは確認した。風呂から上がってきた時はなんかぼんやりしてたけど、時間大丈夫なのかと聞いてほっぺた三回くらい叩いたら、意識が戻ったらしい。

意識が戻ったらしいセツは、急に全裸のオレを三回くらい眺めて、ぶわっと頬を赤くした。
おまえさっきまで死ぬほど鬼畜なエッチしてたくせになんだその純情な反応は、と思ったがそういや記憶飛ぶんだもんなーと思えば仕方ない。

時計を見たセツは赤い顔を今度はサッと青くして、慌ててパンツを穿いた。ラブホから仕事場に直行するらしい。
字面にするとずいぶんお盛んでーって感じだけど、本人はそれどころじゃないだろうし、オレ的にもこいつ大変だなーと思うし、つか一晩一睡もさせずにヤらせちゃったのオレだし、なんかごめんの気持ちを込めて一緒にラブホ出た後におすすめの栄養ドリンクとカロリーブロック買ってやった。
あとコンビニで適当な髪ゴムも買った。オレ用じゃない。セツにだ。

別に長髪ってほどじゃないけど、襟足はかなり長い。前髪も長いが、毛量は少な目だからそんなには気にならない。
まあでも、もうちょっとさっぱりしたほうがイケメンだってことには変わりない。

コンビニ袋をまるまる渡されたセツは、妙に驚いた顔をしていた。こういう交流とか、他人になにかもらうってことがないんだろうなぁという察しはついた。
あんま深入りしたくないような人間だ。深入りするなら、こっちは覚悟が必要な部類だ。安易な気持ちで踏み込むと、人生一緒に背負い込む事になりそうだから。こういう人間は、手をさしのべてくれる人間に容易に依存する。
だからオレは、セツの人生の話を適当に流していたのに。

もう一度セックスしたいなんて思ってるんだから、オレの方が依存しちゃいそうで笑えた。

まあ、今後会わないということもない。連絡先も交換したし。あいつまさかのガラケー使いで、久しぶりに自分のメルアドってなんだっけと探した。仕事はフリーメールだしそういうものの管理はパソコンだし、個人のメールアドレスなんかほとんど死んでいる状態だ。
スマホにしろよと勝手な事を言って、なんかわかったら連絡するしそっちもなんかあったらすぐに電話しろオレたいがい暇だからと言って分かれた。

セツは仕事。オレは一回寝るつもりだったんだけど、結局興奮状態がとれなくて寝れないままゲイビ見だして今に至る。

何件か得意先と友人と、出版社から連絡があった。
オレの怪し企画は採用とのことで、個人的にも浅沼キコを追いかける理由ができた。

まずは噂をまとめる。その後でSM界隈の店の取材。セツが見つけた写真も気になる。浅沼名義の例のアパートの場所から、管轄の所轄警察はわかるはずだ。コネがある署だとありがたい。
ゲイビ飽きたし仕事すっか、と、背伸びをして、まずは手持ちぶさたにオレのパソコンをいじっているゆゆの首根っこを引っ張った。

「こらこら人様のパソコンでアダルティなサイト開くのよしなさいなんかウィルスソフトがぴこぴこいってんじゃないの」
「だってー自分のパソコンから見て感染したらイヤじゃん」
「確信犯かよ仕事道具壊すなっつの。ところでゆゆキチ先生は、浅沼キコって知ってる?」
「キコ? あさぬま……あー。あーあれか。従順どM女の噂。あったねそんなん。そういや最近急にそんな噂流れてたなー去年くらいからだっけ?」
「どの界隈? 撮影業界でも回ってんの?」
「んー……企画で浅沼キコに挑戦みたいなクソみたいなNGまみれもの持ってきた制作はあったな。フィストとかおまえがやられろよって話だっつの。なんかオカルト×エロみたいな……関連で八尺様とかひきこさんネタでAV出してたとこだから、ホラー扱いされてたんじゃないの? 妖怪幽霊になっても女扱いされんのってなんかなー。テンテン、お不動さんじゃなくて浅沼キコの方調べてんの?」
「そうそう。正確には、お不動さんに浅沼キコの事を調べてほしいと頼まれた、って感じ」
「なにそれすごい。『口裂け女が赤マントを追いかけてる』みたいなドキドキ感ある」
「うははわかるわかる。っつーわけでちょっと協力してよゆゆキチ。報酬は駅前のクレープ屋おごり放題」
「おっけ。暇な時に流しとくなー」

話が早い女子で助かる。

有能な助手を手に入れたオレは、さて次は誰に連絡を取ろうかなーと名詞ファイルを開いた。

「なーテンテン。お不動さんって、あの背の高いおにーさんでしょ?」

ふと、思い立ったようにゆゆが口を開く。目はファイルから話さずに、オレは曖昧に頷いた。

「背は高かったなーおれよりもちょっと。でかいっつーか長いって感じだったけど。あ、チンコは立派だった」
「いやその情報いらねーよ」
「じゃあどの情報がほしいのゆゆキチは」
「……一回、見かけたことがあるんだけどさ。なんか路上で女の子二人に絡まれてて、困ってるみたいだったから眺めてたんだけど、連れが放っておいたほうがいいっつうの。『あれ、お不動さんだから』って」
「……ふーん」

興味ないふりをしつつも、オレの意識は次第にファイルからゆゆの言葉に移っていく。

「噂は結構回ってたからさ。AV男優になってくれたら最高じゃん? みたいな話現場ででるくらいだし。でもなんかさーイメージ違ってびっくりしてさー。だからあたしさ、なんか病気とか、精神的にまずい感じの人なんかなぁって思ったんだけど」

鋭い、というか、間違ってはいない。
事実セツは自分の体質にひどく悩んでいる様子だった。本来なら、通院するべきなのだろう。それができないというのだから、セツは病む一方だ。

「テンテン、そんなのに関わって大丈夫なん?」

ゆゆの言葉が脳にきちんと届いているのに、オレの口からでるのは曖昧なうなり声だ。
大丈夫なのってそんなん大丈夫かどうかなんて知らん。つか、たぶん、だめだ。あいつは助けてくれる人を求めている。手をさしのべられたら一発でハマるだろうってわかる。かわいそうな男だ。かわいそうな人生だ。だから、同情だけで近づいたらまずい。オレにハマったらまずい。

まずいけど、体はセツを求めて今も若干うずいてるもんだから、人生まじでままならないよなーなんて適当に苦笑して問題棚上げにするしかない。

オレが生返事を繰り返していると、あきれたのかあきらめたのか、ゆゆは黙って携帯をいじりはじめた。

お不動さんと浅沼キコ。
オレの知らないところで勝手に交差したこの二人の事情を、どこまで引っ張り出せるのか。

あとオレのうっかり開花しちゃった性欲はどこに納めたらいいのか。
まあ、いまんとこ、セツを頼るしかないんだけど。

せめて次ヤる時は、早々に意識を手放したふりをしないと死ぬかもなーとは思った。




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