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「だめむりほんとむりマジ駄目なんなのアレやばいもうほんとだめ」

頭を抱えたオレは、ひんやりとした冷房が入った珈琲ショップのスツールの上で、カランと氷が溶ける音とヨルコ三のあきれたようなため息まがいの吐息を聞いていた。

オレの口からは前途のような頭の悪い学生みたいな言葉しか出てこない。人間テンパると言葉なんて高度なもんは使えなくなるらしい。いつでも素敵に冷静なヨルコさんにしてみれば今のオレなんてサルみたいなもんだろう。

サルだったらむしろマシだったと思う。人間ってなんでめんどうくせえ感情なんてもん授かっちゃったのよほんとって、神様とか世界とかそういうもんにたいして訳のわからない怒りがわいてくる有様だった。

「……テンちゃん、ただでさえアレな語彙力がいま最低よ。あなた、普段はわざと語彙力下げているみたいだけど、流石にネタでもなくその調子だと引くわ」
「いやほんと人間パニックになると二文字くらいの単語しか吐けなくなんのよって知った……まじむり。ほんと無理。なんなのアレ。なんなのアイツ」
「何と言われたら石堂セツね。あなたが追い求めてたおもしろいネタで、あなたが追い求めてた浅沼キコにつながるスキャンダラスでサディスティックでオカルティックなお話の鍵を握る青年だわよ」
「あーあーソウデスネーオレが勝手に首つっこんだんですよそうですよ再認識されなくてもわかってますよでもだってあんなん卑怯じゃんヨルコさん自分だけ早々に安全圏にしけこみやがってずっりーしさあああ」
「私は、錦織さん以外に、心を明け渡すわけにはいかないんだから、そういう風に言っただけ。簡単に落ちたのはテンちゃんじゃないの」

呆れたような言葉ががつがつ降ってきてオレの珍しく弱ったココロにグサグサ刺さる。自業自得よねーというヨルコさんの言葉はごもっともすぎて、あーあー唸る口からはもう言い訳も吐き出せなかった。

簡単に落ちた。まったくその通りだ。
まさか、オレが、年下の男にハマるなんて、それこそ一番笑いたいのはオレ自身だった。

「まさかね……テンちゃんがね、セツちゃんにほだされちゃうなんてね……逆ならまだしもね……ねえセツちゃんは、確かに良い子ではあるけれど、あんな見るからに面倒そうな男の子にテンちゃんなんで落とされちゃったの」

言葉にして報告するだけでも死ぬほどしんどいのに、ヨルコさんは容赦なんかしてくれない。まったくもって正論な疑問に答えるべく言葉を探すも、結局まとまらずに感情だけがだらだらと口からこぼれ落ちる始末だ。

「だってさーかわいそうじゃんセツさー。あんま優しくするとホイホイ依存されそうだなぁってさ、一応警戒はしてたんだよ初期のオレは。でもさ、あいつわりと理性的だし、つか感情死にすぎてて懐くとか心許すとかまずそのレベルに到達してなくて、朝オハヨっつっただけで『ここは俺の知っている日本?』みたいな反応すんのよ……。今までどんな生活してきたんだっつー話だし、もうオレの距離間もわけわかんなくなるし、ちょっかいだせばそれなりにだらだら会話続くし、そもそも良い奴だし、ちょっとどんくさいのもなんか可愛い気がしてきて、そしたらいつのまにかめっちゃアツい視線注がれまくるようになってるし」
「……テンちゃん落ち着いて。あなたいつからそんなに人情に流される良い人になっちゃったの?」
「いつからってそりゃセックス覚えちゃった時からじゃないんすかね……」

体の関係から始まる恋愛(笑)とかほんとねーわって指さして笑うような人間だったはずだ。昼ドラとかであるじゃん? 無理矢理ヤられてそんでそっから愛が〜とかさ。ハーレクインとかでもさ、あるでしょ。最初は乱暴だったけど今は恋してるの私〜とかさ。

ああいうのとはまた別なんだけどうけど確かにオレとセツの関係はセックスから始まった。

下半身に踊らされる世の中の人間を笑うことができなくなった。しかもまずいことに、セックスが気持ちよかったから好きになった訳じゃないんだろうよこれっていうのが、自覚としてあるから余計まずい。

オレは、オレがセツに感じる魅力を理解している。それはセックスの快感なんかではないことを理解している。

最低な気分だ。
人生三十年、こんなにくそみたいな気分になったのは、数える程しかないんじゃないかと遠い目になる。

「同情とか友情とかじゃなくて、それってちゃんと愛情なの?」

追撃。ヨルコさんは容赦がない。
勿論その問いはここ一週間自分の中で嫌と言うほど繰り返した。結果出た答えの上で、オレはおやつ時の珈琲ショップでアイスコーヒーすすりながら高級デリヘル嬢様相手に管を巻いている。くそすぎる現実だ。冷静に考えなくてもわりとやばい。

「ヨルコさん、同情でキスしたくなります?」
「……ハグまでは友情と同情でもありだけど」
「デスヨネーこれってオレの開花しちゃった性欲の一部? とか考えたんですけどねーセツ以外の人間には相変わらず性欲なんか感じないしちゅーしたいとかみじんも思わないんですよねーあとセツが女子ーズにちやほやされてんの見てると奪って監禁すんぞこんちくしょうって思う」
「末期ね。たぶん普通に恋いだわ」
「うははははやだー! うそだろ勘弁してくれよよりにもよってセッちゃんとかもう最悪じゃんかよー!」
「でも、セツちゃんだってテンちゃんに懐いているでしょ? あの子、きちんと理性があるときは本当に堅苦しいくらいに真面目だから、おいそれと気持ちがない人間とキスをしたりしない筈だし。両想いなんじゃないの?」
「いやもうそれはそれでやばいでしょ。ねーヨルコさんオレってば恋愛初心者で他人に対して欲情したのも嫉妬したのもほとんど初めてみたいなもんで、そんで相手は人間不信者でどう見たって依存体質じゃないっすかぁ、勘弁勘弁、両想いだねはっぴーだね☆ なんて未来一切見えないっすわよくて仲良く心中エンド。だめ。死ぬ。オレとセツがくっついたら面倒になって二人で死ぬ確率めっちゃ高いやばい」
「………………一生懸命考えたけれど洒落にならないわねぇ……リアルすぎてちょっと笑えちゃった」

二人でうふふあははと笑ってみたが、最後に残るのはやっぱりため息だった。

好きです、そうですか私も好きです、で見事大団円ならそうしている。でも、人生は常に幸福が待っているわけではないし、恋愛だけがすべてじゃない。

たぶんセツは、オレのことが結構好きだ。そうじゃなかったからヨルコさんの言うように、迂闊にキスさせたりはしないはずだ。
最初こそうやむやな感じに押し倒したりしたけど、同居が長引くうちにセツも環境に慣れてきたらしく、わりとガードが堅くなってきた。厳密には、オレ以外の女子たちに対するガードだ。

セツはわりと誰にでも一定の距離を保つ。精神的な距離ではなくガチで物理的な距離だ。
いつでも逃げられるように。いつでも身体を引けるように。いつでも拒否できるように。そうやって身についちまったものなのだろうけれど、どういう訳かその距離ガードがオレに対しては発揮されない。

別に強要してるわけでもないし、ノリで押し切っているわけでもないのに、セツはオレのキスを拒まない。
最近はあのど下手なちゅーも、それなりのテクニックに成長してきた。まあ、エッチがあんだけうまいんだから、そういう分野のセンスはあるんだろう。セツにとってもオレにとってもうれしくない成長だ。

しかけておいてなんだけど、最近はセツとちゅーするとオレの方がやばい。なんかこう、ぼやぼやってしてきて、うっかり抱きしめそうになる。さすがに無い。無いわーと想う理性でどうにか身体を引く、ような事が続くのに、やっぱりセツをみてるとホイホイと手を出して気がつくとちゅーしてるオレがいる。

最悪だ。なんつーか、この年になって色恋に踊らされるなんてダサいとか通り越して無い。もうなんていうか、無い。

だって相手セツだぞ。ふつうにあの性格の二十五歳ってだけでファンタジーなのに、エッチ最中の記憶がぶっとぶ能力持ちで事件に巻き込まれ家を焼かれるなんつー中二病も真っ青な主人公体質だ。
たとえオレとセツがなんやかんやお互いラブで、見事恋人とやらになったとしても、その先が想像もできない。

恋人ってなにすんの?
一緒に手つないでデートしたりとかすんの?
そんで夜はセックスして朝はパン焼いてマーマレード塗って食って行ってらっしゃいのちゅーすんの?

だめだめ、まったく笑えない。

笑えないからオレが唸る以外に出口のないこの話題はやめることにして、冷たい珈琲一気に飲み干して冷たい息を吐いたオレは、気持ちを改めヨルコさんに向き直った。

「あら、かわいいテンちゃんの恋愛相談はもういいの?」
「相談したところで何も始まらないでしょ知ってんのよ。でも誰かに言わないとオレが感情膨らみすぎて死ぬって想ったからサーセンまた叫びたくなったらヨルコさんを聞き手に一人で勝手にハッスルしますわ。つかヨルコさんなんか用事あったんでしょ?」

オレを呼び出したのはヨルコさんの方だった。
開口一番セツちゃんはどう? なんて聞いてくるもんだからうっかり言わなくていいことをべらべら喋っちゃったけど、本題はセツの話じゃないことくらいは察している。

鮮烈かつエロティックな口紅を纏った唇をストローから離し、ヨルコさんは憂いを含んだ視線を寄越した。

「……錦織さんから嫌な話を聞いたの。それで私、一応、耳に入れた方がいいかなって思ったから」
「なによ嫌な話ってさ。オレが関わってるもんっつったら怪しいエログロアンダーグランド雑談でしょ? つか錦織さんってあれじゃん名前を言ってはいけないあの人じゃん一条会のえらいオッサンじゃんそんな人がカストリめいた胡散臭い話題に関わることなんかあんの」
「テンちゃんあのね。……スナッフクラブの話、覚えてる? 私、ちょっとお客さんに訊いてみるねって言ったの、覚えてる?」
「……うっそ。ヨルコさん御用達のスナッフクラブの情報持ちって錦織さんかよ。それオレが手出すような話じゃないじゃんヤクザ絡んだ殺人ビデオサイトとかお触り禁止換券じゃん」
「聡い子は好きだけど、残念ながらもう巻き込まれちゃってるかもしれない」
「どういうことよ」
「テンちゃん、スナッフクラブ『e』について、どれだけ知ってる?」

オレが知っている情報なんざ、ネットのオカルトまとめに載っている程度のものだ。

ヨルコさんが言う『e』というものが、オレの知っているスナッフクラブと同じなら、それは会員制のインターネットサイトだ。実際は同好会やサークルのような団体らしいので、まあ、インターネットサークルとも言えるのかもしれない。

スナッフビデオというものがある。それは、平たく言うと殺人映像だ。
人が死ぬ場面。勿論、映画やドラマのような作りものの演技ではなく、本当に生きている人間が実際に死ぬ、ガチな映像のことをスナッフビデオと呼ぶ。

一部愛好家がいるというが、ぶっちゃけ心霊ビデオレベルの眉唾ものだ。実際にやばいやつはあるだろうが、ほとんどが作りものに違いない。
裏ビデオとして無修正AVと似たような流通で扱われることもあるが、大概がマジで偽物だ。しかしスナッフクラブでは、本物の映像を大量に扱っている、という噂がある。

勿論噂だ。見ると呪われるサイトレベルの都市伝説でしかない。

「なんだっけ、あー……ある一定の日時? 新月の夜? 満月の夜? にしかサイトは出てこないとか、あとパスワード取得には百万かかるとか……まーこの辺は尾ひれかなって感じだけど。ヤクザの彼氏様はなんだって?」
「錦織さんのシマの周辺で不振死が続いていて、その犯人がスナッフクラブじゃないかって睨んでいるってお話。組の関係の方が一人、スナッフクラブの映像の中で殺されているそうなの。インターネットとかは詳しくないし、もし何かわかることがあればってサイトのトップページの印刷したものを見せてもらったんだけど」
「うん。で?」
「……『浅沼キコ私刑特集』っていうバナーがあった」

うっわ。

って、声が出ちゃっていたかもしれない。

しばらくオレもヨルコさんも無言で、さてこれがいったいどういう展開かということを考えていた筈だ。

浅沼キコというものは、個人を指すのか。それともそういうレッテルなのか。もはや暗号や記号じみている都市伝説的存在だ。

浅沼キコとは個人名を指すのか。
そしてそれはセツが知っている女と同一人物なのか。
女は、スナッフビデオの素材のために殺されたのか。
セツが見つけた写真はその時のものなのか。
それならば、セツのところに来た男が、写真が足りないと言った意味は?
男は、スナッフクラブの者だったのか?

ヨルコさんはサイトまでは教えてもらえなかった。サイトを探すことも、オレの仕事に追加される。
ちょっと後回しにしていたけど、本格的にセツにも聞き取りしないと駄目だわこれ、と、憂鬱をため息にした。

「……あー……全部ほっぽりだして温泉とか行ってだらだらしたくなってきたこりゃなんだよあったまいてー……セツ何にまきこまれてんだよ……」
「仕方ないでしょう、あの子の存在がもう、火種なんだから。スナッフクラブに一条会がおいそれと手出しできないのは、その後ろにとある団体が絡んでいるからだって錦織さんは匂わせていたわ」
「団体……すげー訊きたくないけど、それってもしかしてセツを記憶ぶっ飛びセックス洗脳したクソカルト、だったり、する?」
「する」
「…………腹も痛くなってきた」

ぼんやりと棚上げにしていた問題が一気につながって泣きそうだ。知らない振りをして逃げるにしても、オレは関わりすぎたしセツを放り出す気がないのだからどうしようもない。

なにも知りませんとわめいて放り出せば、セツも放り出すことになる。残念ながらもうオレは、あの可愛そうな男と縁を切れる気がしない。放り出すくらいなら、仲良く心中エンドした方がマシだわこんしくしょうと思うので、腹を決めてヨルコさんに正面からメンチ切った。

「……あらこわい。テンちゃんが真面目な顔すると、怖いのね」
「よく言われる。だからへらへらしてんのよオレ。ヨルコさんあのさ、オレね、珍しく腹くくったんだわ。へらっへらして生きていきたいけどさぁ、自分から首つっこんだのにさ、やっぱやーめたって放り出すのは流石に人間としてどうよって思うじゃん。屑みたいな人生でもクソみたいな人間にはなりたくねーよなぁって思うわけよ。だからさー」

セツを紹介してもらったのはオレだ。
うちに招き入れたのもオレで、関係を持ったのもオレで、浅沼キコの情報を探る約束をしたのもオレだ。

そんでもってセツに勝手に落ちたのもオレだった。

ヨルコさんは最適だ。セツの事を慮っているし、そんでもってセツと一定の距離がある。優しいし容赦ない。だからオレはセツ本人ではなく、まず、ヨルコさんに声をかけた。

「セツのこと、教えて」

腹くくってオレは、セツの人生に土足で踏み入る覚悟を決めた。



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