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プロローグ



乾いた銃声が響いた。

Duck! という叫び声が上がる中、体格の良い白人警官が銃を掲げていた。威嚇射撃だ、とすぐにわかる。いくら犯罪の温床と言われるNYでも、ミッドタウンのど真ん中で日常的に銃撃戦が繰り広げられるわけではない。

伏せろという声は市民のものが大半だったが、その中でひときわ響いた男の声があった。

威嚇射撃をした白人警官の相棒らしき若い警官は、張りのある声で動くなと叫ぶ。そして見事なまでの俊足で、今しがた盗難に入った店から飛び出して来た男に追いつき地面になぎ倒した。

一瞬の出来事だった。
天に向かって銃を向けたままの警官は震えた腕をやっと下ろし息を吐いたようだった。その後ろに控える女性は、泣きそうに歪んだ顔を緩めた。居合わせた人間のほとんどが、同じような反応を見せた。

地面に手を付き身体を低くしていた青年は、他の住人と同じように立ち上がると何事もなかったかのように雑踏に紛れた。ブルーブラックに染めた髪が風を受ける。同じ風が、窃盗犯を取り押さえた若い警官のアッシュブロンドも攫っていった。

この場に居合わせた人びとは、一大ニュースとしてこの出来事をいち早く家族や友人に報告することだろう。しかし、その興奮が彼らの人生に影響を及ぼすことはほとんどない。
所詮日常の一コマだった。
窃盗犯を捕まえた警官にしても、日々の業務の内だろう。ギャラリーの顔など、覚えることなどない筈だ。

それを知っている青年は、ブルーブラックの髪の隙間から一度だけその男を盗み見た。

ただ、それだけの出来事だった。