jalousie



「福ちゃん!久しぶり」
「ああ。元気にしていたか」
「ン、それなり。福ちゃんは?」

特に変わったことはない、と返し、荒北を寮へ招き入れる。
今日は連休の頭だからか、寮の中には殆ど人気がない。残る、と言っていた新開も、急な誘いがあったとかなんとかで、朝早く出かけていくのを見かけた。靖友に宜しく、とだけ言って慌てて出て行ったから、きっと今日はもう帰らないのだろう。

「ここが福ちゃんの部屋?」

福富とプレートの掛けられた部屋を見て、荒北は随分と嬉しそうに言う。
何故かは知らないが、頷いて鍵を開ける間も、荒北は待ちきれないとでもいうようにソワソワと落ち着きがなかった。

「ヘェ…」

独り暮らしをしている荒北とは違い、大学でも寮生活をしている俺の部屋に然程珍しいものがあるとは思えないが、荒北は不思議そうに部屋中を見回した。

「思ってたよりか変わってねェな」
「まあ、そうだな」
「あ、でも、ちょっと小難しそうな本は増えてる」

言いながら、机に置いてあった教材をパラパラとめくる。時折眉を寄せては首を傾げ、最後には「お手上げ」と舌を出した。

「あ、そォだ。コレお土産」
「気にしなくても構わないと言ったのに」
「アー、まあそうなんだけど…一応初めて来るわけだし、手ぶらで来るのもなんかなちょっとなァって。それに福ちゃんが結構甘いモン食うって話したら、アイツらがここの買って行けってうるさくてヨォ」

来た時から気になっていた、荒北に似合わない可愛らしい紙袋は、どうやらケーキ屋のものらしかった。わざわざ一人で買いに行ったのかと想像すると、不釣合い過ぎて笑ってしまいそうになる。

「こないだ金城たちと見つけたんだけどサァ、ここのケーキすっげーうめぇの。」
「金城と…?」
「ソ。練習終わりだったから待宮もいたぜ。あとマネージャーの子な」

金城、待宮。近頃、荒北の口からよく聞く名前だった。
同じ大学で、同じ部活をしているのだから、当然といえば当然だ。だがその名前を聞く度、ちりつくような痛みと共に、言葉では上手く表せないモヤモヤとしたものが胸の辺りを襲う。

「土産なんだから静岡っぽいヤツがいいだろつったら、期間限定で富士山の形のケーキ焼いてるからって金城が」

笑いながら、俺の知らない話をする荒北。そういうことを積極的に話してくれていることを嬉しいと思う反面、どうしても拭えない感情が頭をもたげていく。
今までは、触れたいときに触れられることが当たり前だった。学校、部活、寮。四六時中一緒に居られた。けれど今は、俺の知らない荒北の日常がある。どうやっても、そこへ入り込むことはできない。その瞬間に、立ち会うことは不可能なのだ。

「福ちゃんのはりんごのシフォンにしたからァ」
「………荒北」
「へ?あ、ちょっ」

箱を開けようとした手を掴み、自分の方へ引き寄せた。突然のことにバランスを崩した荒北の身体を支え、胸元で受け止める。

「福ちゃん…?なに、どした」
「…俺の前で、他のヤツの話をするな」
「ンなこと言ったら俺話すこと何もなくなるって」
「構わない」
「ハァ?」
「お前の話を聞くのは楽しいが、今は聞きたくない」
「それ、すっげー矛盾してンだけどォ…」

顎を掬い、薄い唇を塞ぐ。自然に開かれたそこへ、舌先を捻じ込んだ。
上あごを擽るように舌を這わせ、歯列をなぞる。

「っ、ぅ」

少し鋭い荒北の犬歯が、舌に触れる。かと思うと、痛くない程度の力を込め、ちゅう、と吸い上げられた。ぞわぞわとした感覚が背筋を駆けあがる。
驚いて唇を離すと、勝ち誇ったような顔をして、荒北は俺を見上げていた。

「あ、らきた…っ」
「俺がこんなことすンのォ…福ちゃんだけだヨ?」
「……当たり前だ」

ほんと福ちゃんって甘えんぼだナァ、茶化すような荒北の声に、反論の言葉もでない。
きっと赤くなっているだろう顔を見られないよう、目を塞いでもう一度キスをした。





*桜島様/福ちゃんの嫉妬



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