陽が高い。久々に明るい昼間に表を歩いた気がする。行き交う人の波を掻き分け、馴染みのある商店街まで足を進める。今日は隣に今剣も岩融も居ない。2人には別の方向からの聞き込みを頼んで別行動だ。…つまり、独り。どれだけ岩融に気を付けよと念を押されたことか…。岩融の心配性からやっと解放され歩き始めたのがつい先刻。やれ、どこから手を付けようかと足を動かしていたその時、
フとドタドタと何やら暴れ回っているような音が聞こえて来て、そちらの方に足を進めるとそこはこれまた馴染みのある呉服屋だった。店内から騒がしい音が聞こえてくる中、店先で店の者たちが綺麗な反物などを軒先にせっせと並べているのが見えた。


「何だ何だ?やけに騒がしいな」

「あ、藤乃」


反物を軒先に避難していた1人の背にぼんやりと問いかけると、声を掛けた青年―"大和守安定"は此方を振り返るや否やそう驚いた様子も無く私の名を呼ぶ。と、店内からドドドドド…と此方に駆けてくる音がして次の瞬間にはバッと店の入り口からこれまた見覚えのある顔が飛び出してきた。


「あああああーッ!!藤乃ったらまたそんな男の子みたいな格好して!!」


店から出てきたもう一人の青年―"加州清光"は私の恰好を見るなり良く分からない怒鳴り声を上げた。逢う度に彼にはいつも身形の事を言われるのだ。


「可愛いんだからちゃんとした物着なきゃ駄目っていってるでしょ!」

「色々と楽なんだよ、この格好」

「まぁたそんな事言って!」


一見藤乃の身形は書生のようなモノで、傍からフと見れば青年に見えなくもない。顔立ちも中性的で身形まで男のような格好なので見事に性別の真ん中みたいに見える。…まぁ一応言っておけば、藤乃はれっきとした女なのだが。こういった職業には向いていると言っても過言では無い。男が女の恰好をしてお祓いをしたりする場合もあるぐらいだ。何より動きやすいし。


「で?何だ?この騒ぎは」

「嗚呼、最近"家鳴り(やなり)"が凄くってさ。獅子王と鳴狐に見て貰ってるトコ」

「へぇ…家鳴りか。久々に聞くな」

「でしょー?今まで此処まで騒ぐことなかったんだけど…」


風もないのに、家や家具がミシミシと軋むような音を立てて揺れる時がある。それが"家鳴り"だ。家鳴りと呼ばれている小鬼が家や家具を揺すっているのだ。なるほど。それで獅子王たちが祓いにきた…と。で、こんなに店の中が騒がしいのか。
そして、安定と清光は店の中に並べていたのであろう反物まで汚されては困ると軒下に商品を逃がしていたらしい。これだけ暴れ回ってたらまぁ、店の中は滅茶苦茶だろうな。そんな事を思いながら暖簾を上げ店内を覗き込むようにぼんやりと眺めていると、ドタドタと走り回っている音が近くまで来たとき、不意に見慣れた顔が此方を見た。


「あっ!藤乃じゃねぇか!丁度良いトコに!!手伝ってくれよ!!」

「久方の挨拶も無しに随分と唐突だな」


金色の綺麗な髪をフワリと揺らしながらこちらを見た彼―…先ほどから名が挙がっている"獅子王"が此方を見つけるなり助けを求めてきた。此方を見つめながら床に倒れ込んだ彼の手には小さな小鬼が握られており、小鬼は彼の手の中で逃げ出そうと必死にもがいているのが見えた。
するとスルリと獅子王の横を駆けて行く黄金色の毛を靡かせながら「待ちなさい!」と声を上げながら獣が現れる。使役されている"管狐"だ。そしてそのすぐ後に口元に頬面を嵌めた青年、管狐を使役している"鳴狐"がこれまた小鬼を追い駆けて走り回っている。


「我らではご覧の通り上手く捕まえられませぬ〜!!」

「…この子たち、すばやくてね」

「そりゃぁ随分と難儀してるなぁ」


そりゃそうだ。相手はあちこち素早く動き回る小鬼だもの。それを原始的…追い駆けて捕まえるなんて無謀にも程がある。まぁ、彼らは術式を得意としない一派だし、仕方ないか。どちらかといえば彼らは妖怪を使役し、その力を駆使する事に長けている者達なのだ。私のように術がいくらか使える者を雇えばいいのに。


「はぁ…手間賃は弾めよ」


捕まえては逃げられてを繰り返す彼らに、これでは日が暮れてしまうと呆れながらも仕方なしに袖口から数枚の小さな札を折り畳み、結んだ物を取り出す。冗談半分で言った一言に獅子王が「げぇ、金とんのかよ」なんて嫌そうな顔をしているのを横目に幾つか手に取った札を放った。


―――…


それから数刻もしない内に、呉服屋の中で暴れ回っていた家鳴り達全ての捕獲が完了。本来居るべきところへと強制送還した。ドタドタと騒がしかった呉服屋があっという間に静まり返り、安定と清光がせっせと軒先に避難していた反物を店内に戻していく。
呉服屋の2人がせっせと片付けているのを背に、私と獅子王と鳴狐は呉服屋の軒先の長椅子に腰かけて清光が「お疲れ様」と出してくれたお茶を啜った。


「…あー、確かに。此処最近は妙な妖ばっかだな」

「普段は大人しい子とか…最近、とっても凶暴」

「やっぱりそっちもか」


ズズズ…温かいお茶で喉が潤う。嗚呼美味しい。無事に小鬼たちを成敗し終え、獅子王や鳴狐の方の近況を聞けばやはり此方と同じく、最近の怪異に違和感を覚えているようだ。普段大人しく現世で生きている妖たちも急変し凶暴化したりも此処最近は多いらしい。此方で言う川赤子の一件と同じようなだろう。


「思った以上にこの一件は大事かもな」

「え、」

「唯の怨念やら瘴気の塊じゃないかもしれないってことだよ」

「ん?どういう事だ?お前は此処最近の怪異は別の何かのせいって言いたいのか?」

「…ま、結果的にそう言う事なるだろうな」


文明開化に伴う人の念というだけでは無い。全てとは言い切れないが、そんな気がするのだ。水面下で私たちの気づいて居ない何かが蠢いているような、気持ち悪い感覚。自分の店のあの膨大な資料の中にすら無かったのだ。今までにない怪異となれば、新種の妖怪かあるいはまったくの別物…人為的に何かが行われているという可能性も捨てきれない。


「なら…藤乃は原因は何だと思う?」

「…さぁね」

「えぇ〜」

「分かんないからこうして聞き込みに出歩いてんだ。察しろ獅子王」


静かに問う鳴狐に対し、獅子王は結論を急ぎ過ぎていて更に声が大きい。正体が分かっていればこんな態々街の中を歩き回らないし、こうして獅子王と鳴狐と噺を交わす事も無いだろう。


「…成程。鬼と天狗が居ないのはその為だね」

「流石、鳴狐。察しが良いね。アイツ等は妖専門に聞き回ってる。私は同業者巡りさ」


いつも付き添いで一緒に居る筈の岩融と今剣が居ない理由。今日は別行動を取ったのも逸早く数多くの情報を手に入れる為だ。2人には妖方面から、私は先ほど言った通り同業者…つまり"視える上"に"我らの事を知っている"連中からの聞き込みに回っているのだ。獅子王と鳴狐は勿論、清光と安定も例外では無い。2人も見えるし、私たちの事を知ってる限られた者たちだから。


「しっかし、"黒い珠"ねぇ?」

「藤乃はそれが妖に影響していると仮定している訳だね」

「嗚呼。でも、本当に泥団子かもしれねぇし、何とも言えないのが事実」

「文献もねぇんだろ?お手上げじゃねぇか」

「ホントその通り」


獅子王の言葉に思わず苦笑が零れる。黒い珠の噺も上げてはみたが、2人ともそればっかりは聞いた事も無いという事らしい。そもそも凶暴化した妖が以前の記憶がポッカリと穴が開いてしまったかのように覚えてないと口をそろえて言っていたらしい。本当にお手上げだ。


「まぁそんだけ大事ならその内、"おかみ"に呼ばれんじゃね?」

「確かに」

「…それは確実、か」


少し冷めたお茶をもう一口啜る。獅子王の言う"おかみ"というのは、世間で言う貴族とか主君の事ではない。本当の本当に天上の空間に身を置く我らの頂点に立つ者達…"御上(おかみ)"だ。恐らく遅かれ早かれこの怪異の事は上の連中の耳にも入るだろう。放っておけない一件だと御上が判断すれば、情報報告に我々が呼び出されるのは目に見えている。


「深く考えんのは上に呼ばれたらで良いんじゃね」

「それじゃぁ遅いんだよ」


こうして話している内にもその怪異は静かにこの地を侵食しているかもしれない。そんな事が起きてからでは大問題だ。取り返しのつかない事になったらどうしてくれるというのだ。…この獅子王という青年、力はあるが少し呑気な点があるのが彼の弱点である。まぁ、彼の言う通り何とかなってしまうのも彼の強運のお陰なのかもしれないが。


「あー、ヤダヤダ」


不意に飛んできた声に私を始め、獅子王と鳴狐が振り返るとコトリと長椅子の真ん中あたりに置かれる皿の上には綺麗な三色団子。清光が何とも不満げな顔をしながら団子を置いたのを横目に、おかわりどうぞなんて安定が中身の減った湯呑にお茶を注いでくれた。


「久々に顔合わせたと思えばみんなで、物騒な噺ばぁっかり」

「仕方ないだろォ。俺達だってこんな噺、出来りゃしたくねぇよ」

「…仕事、だから」


生業としている以上避けられない話題だ。更に言えば、この世の問題になりかねない問題かもしれないのだ。久々に顔を合わせたからこそ、こうした情報交換が重要になってくるのは仕方ない事だ。それを清光は知っているのだ。不満げな顔をしてはいるが、仕方の無い事と理解はしてくれている。でも、出来るだけ皆と居る時ぐらいは暗い話なんてしたくないのだ。


「はぁーあ。藤乃が普通にお洒落して、普通の女の子として生きられる日はいつになるんだかー」

「こら、清光。今だって十分藤乃は女の子でしょ」

「ブフッ…女の子ォ?!ブフフッ」

「…獅子王、我慢。失礼だよ」

「お前もな」


出された団子を手に取り、口に運ぼうとすれば清光と安定の言葉に必死に笑いを堪えようとして更に変な笑い声に成りつつある獅子王とそれをどうにか止めさせようとする鳴狐の一言に思わず手が止まる。本当失礼な奴らだな。
未だに口元を押さえてブフフッなんて笑っている獅子王をキッと睨みながら団子を一口頬張る。笑い転げそうな勢いの獅子王を見て、藤乃は可愛いでしょ!!なんていう清光と安定にこっちまで恥ずかしくなる。止めてくれ。


「まぁ…当分は無理だろうな」


モグモグと口を動かせば口いっぱいに団子特有の美味しい甘さが広がる。獅子王が笑い転げそうになるのもまぁ分かる気がする。今の今まで女らしい事なんてした事無い。寧ろ彼らの前では男顔負けと言われた動きで幾つもの妖を祓って来たのだ。獅子王なんてそんな私しか知らないのだから、想像など出来ないのだろう。
清光の言葉は嬉しい。が、実際にそんな日が来るのか。いつかは着てやるなんて受け流していても正直な所、そんな日が来るとは思えないのだ。自分が普通の人間のように、普通に生きて普通に結婚して子供産んで老いて死ぬという想像がまるで出来ない。…それが今の私の現実だった。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -