※切島くん視点




「この手はだーれだ!」


いつも通りの朝。1-Aの教室のバリアフリーの大きな扉を開けた途端、耳に飛び込んできたのは何とも明るい声。この声は麗日だ。その声にフッと顔を上げながら教室に足を踏み入れれば、常闇とか砂藤とかが「おはよう」と声を掛けてくれたからこっちも「はよ」と声を返す。しかし返事を返してすぐ、俺の視線は麗日の声の聞こえた方に釘付けになった。


『うーん…声はお茶子ちゃんだけど…うーむ…悩むなぁ…』

「ぷくく…擽ってぇ…」

『あ!瀬呂くんだ!』

「もー、瀬呂ったらー」

「だって苗字が手ェ揉むから擽ってぇんだもん」


ボーッとその光景を見つめながら辿り着いた自分の席に教科書の詰まった鞄を置く。何とも奇妙な光景だ。席に座ったままの苗字が向かい側に立ってる瀬呂の手を握っている。それを囲むように麗日と芦戸、上鳴や峰田がその様子を面白そうに見守っている。
とても楽しそうだが…一体何をやっているんだか。机に鞄を置き、フと席が意外と近い位置にある爆豪が視界に入った。いつものように机の上に足を投げ出し、明らかに不機嫌そうな顔をしているが特に気にもせずに声を掛けた。


「…なぁなぁ爆豪、何やってんだ?アイツ等」

「あぁ゛?!知るか!!」


嗚呼、今日は本当に機嫌が悪いようだ。まあ大凡返事の予想はついていたが。ギリギリと歯を噛みしめている爆豪の表情は先ほどよりもさらに悪化している。これ以上触れない方がよさそうだ。


「あら、切島くん。おはよう」

「お、梅雨ちゃん。はよっす。ねぇねぇ、アイツ等何してんの?」


来てたのね。と俺に気づいてくれた梅雨ちゃんが声を掛けて来てくれたのをチャンスとばかりに挨拶ついでに苗字たちの方に目をやりながら問いかける。すると梅雨ちゃんはチラリとそっちに目を向けて、ああアレね。と短く言った後サラリと衝撃的な事を言った。


「今ね、なまえちゃん。眼が見えてないの」

「…え?」

「何でも登校途中に視力を奪う個性の人と運悪くぶつかってしまったらしくてな」

「え、」


おはよう切島くん!とこちらの話を聞いていたらしい飯田がシュッシュッと相変わらずキレの良い動きで梅雨ちゃんの言葉に驚く俺に、更に詳しい説明を加える。ぶつかるだけで個性発動とか怖っ。…ってか、苗字大丈夫かよ。


「おいおいマジかよ!こんな学校普通に来てて大丈夫なんか?」

「既に先生たちには報告済みで、リカバリーガールの治療済みですわ。数時間で元に戻るらしいので今は様子見のようですわよ」

「おお…そ、そうか」


のんびり何だかワイワイやってる本人たちとは裏腹、慌てる俺に今度は静かに読書をしていた八百万が説明してくれる。だよな。じゃなきゃ今頃病院だよな。少し安心して、未だワイワイやってる苗字の方に視線をやる。今度は(恐らく芦戸辺りに巻き込まれたのであろう)尾白の手を取って「うーん…」と唸っている。


「ははーん。見えてないから手だけ触って誰か当てて遊んでんだな。よくもまぁ…あれだな。不幸な目に合ってんのにさ、明るいな」

「本人も楽しんでるから良いんじゃない?」


ケロケロ。と梅雨ちゃんは鳴いた。それもそうか。本人が気にして無ければそれでいいか。ってか本当楽しそうだな。とか思いつつ離れた俺の席から苗字達を眺めていると不意に上鳴と芦戸と目があった。
あ、と思う暇もなく2人とも俺の顔を見るなりニヤリと笑ってちょいちょいと手招きしている。…取り敢えず目が合っているのは俺だけのようだが、一応確認の為俺?と自分自身を指差すと、うんうんと2人して頷く。シーっと口元に人差し指を当ててこっちこっちと更に手招きするものだから行かない訳には…いかない。


「はい!この手だーれだ!」


そのまま流れるように苗字の向かいに立たされるや否や、何とも明るい声で芦戸が言う。そしてそのまま手を苗字の前に出すと、少し辺りを探すようにしながら控えめに苗字の手が俺の手に触れた。


『むっ!この逞しい感じ…今までの経験から男子と見た!』

「おお!で?で?」

『ちょっと待って…』


何とも不思議な感覚。苗字の目は薄く開いているのに見えていないというのだから本当に視力だけを持って行かれているんだろう。むむむ…と俺の手を握るや否や、どうにか少しでも誰だか分かる特徴を掴もうと握ったり、撫でたり…嗚呼、瀬呂が言っていた通りこれはくすぐったい…ってか…


「(や、やわらかい…)」


女子ってヤツは皆こんな柔らけぇもんなのだろうか。フニフニと俺の手を握る苗字の手の感触が必然的に伝わってくる。女子の手なんて滅多に触る事ねぇし、寧ろ触れる事自体が無いし、仮に触れる事があったとしても此処までハッキリと気にした事も無かった。いつでも女子追っ駆けてる峰田じゃねぇし…。


『…切島、くん…?』

「え」


思わず声が出て口を紡ぐが、「あ。やっぱり切島くんだ」なんてその見えてない筈の目を向けて笑うもんだから思わず肩の力が抜けた。


「よ、良く分かったな…」

「凄い!なまえちゃん!今日初めて当たった!!」

『え、さっきの瀬呂くんのはノーカンなの?』


俺の手を包んでいた柔らかい感触が離れていく。人に触れていた温かみが消えて少しスースーした。しかし俺は今の今まで瀬呂みたいに声を発していないしこれと言って何もしていない筈。…何故、バレた?


「ねぇねぇ!何でわかったの?!今までの人分かんなかったのに!」


芦戸が身を乗り出して俺が聞きたかった事を苗字に問いかける。まだ目ぇ見えてないよね?!なんて言いながら苗字の目の前で手を翳したりしているけど、苗字は何の反応も示さない。まだ本当に見えていないのだ。


『だって……ふくくくっ…』

「…へ?」

『ぷくく……切島くん、個性出てるよ』


控えめに笑う苗字の言葉にようやく俺が自分の手に目をやる。あ、と思わず声が出た。無意識の内に硬化してしまったらしい。通りで自棄に苗字の手が柔らかく感じる訳だ。カチカチに硬化された俺の手。無意識で発動してしまったとはいえ、苗字が怪我しなくてよかった。


「えー、なまえちゃんそれズルい!」

『唯でさえ情報限られてるのにこれがズルって私に公平じゃない!』


私がズルした訳じゃないし!と言い張る苗字は普段と何ら変わらないように見える。けど、何か今日は自棄にキラキラして見える…ような気がする。あれ?何考えてんだ、俺。


『あ、そういえば…』


柄に無く考え事なんてしてたら不意に苗字がこっちを向いた。何だってコイツは見えてない癖にこうも真っ直ぐこっちと目を合わせてくるのだろうか。椅子に座る形の苗字と立っている俺の位置関係からでは必然的に上目づかいになる苗字。…あれ?


『おはよう、切島くん』

「お、おはよっす…」


そう言えば言って無かったね。なんて笑う苗字。ホントお前見えてねぇんだよな?と思いつつ、返事を返しながら苗字見てたら後ろから何か明らかにぐさりぐさりと刺さってくる視線を感じる。嗚呼、この視線を感じるの方向からして"アイツ"だ。さっきよりもめっちゃ不機嫌になってる。ってか敵意すら感じるんだけど…。

……俺、今日生きてられっかな?

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