本日スティーブン・A・スターフェイズは、カチャカチャという微かな金属がぶつかりい合うような音で目を覚ました。
覚醒しきっていない脳のまま、その音の方にぼんやりとした視界を向ける。徐々に色づいてきた世界は見慣れた自室の部屋ではない。いや、見慣れているし馴染みはあるが自宅でないことは確かだし、視線の先に居る1人の人物は絶対に自宅に居る筈のない人物だ。
眠りから徐々に感覚を取り戻していくと自分がレザー調の高級な柔らかいもの…おそらくベッドではなくソファに転がっているのだろうと冷静に思い始めた頃、不意に視線の先に居る人物がこちらに気付いて振り返った。


「おや、おはよう」

「…………?」

「日付変わる頃には終わるとかなんとか言ってたのは誰だっけ?スティーブ」

「……っ?!」


ニコリと笑った彼女のその言葉に微睡んでいた思考が一気に覚醒する。そう、ここライブラの事務所で自分は今までの資料の纏めや処理に勤しんでいた。が、いつの間にか寝てしまっていたらしい。窓の外からは微かに光が差し込み、点いているテレビが朝のニュースを伝えている。しまった…と飛び起きた自分を見て、彼女は更に笑った。


「はは、その様子じゃ途中で完全に意識失ったな」


事務所のテーブルの上に広げられたままの資料の紙たち。夜のお供にと淹れておいたコーヒーも愛用のマグカップの中で半分を残したまま冷たくなってしまっている。どこで意識が途切れてしまったのか記憶も無い。それぐらい、自分の身体は限界をとっくに超えてしまっていたらしい。


「参ったな…」

「幹部がそれじゃ、私ら下っ端は先が思いやられるよ」


まったく、と吐息しながら彼女が小さなトレーに載せてお洒落なティーカップをテーブルに運んでくる。薄っすらと立ち上る湯気に乗ってこれまたいい香りが鼻先を掠める。目の前に置かれたティーカップに呆然としていると、彼女は不機嫌そうに表情を歪ませる。


「なんだその顔。私だってお茶ぐらい淹れるし、朝に合う特性ブレンド茶だって作れる。そりゃぁ、ギルベルトさんの紅茶に比べれば全然だろうが…もしかして、毒でも入ってると思ってる?」


薬品の調合やってれば嫌でもお茶のブレンドも出来るようになるんだ、なんて果たしてそうなのだろうかと疑問に思うようなことを付け加えながら自分の分のお茶をズズズズ…と啜った。
いや、毒が入ってるとかそういう事じゃないのだが…テーブルの隅に置かれている冷たくなったコーヒーを飲むよりも全然良い。有り難いぐらいだ。でも、僕自身が驚いているのはそういう事じゃなくて。


「いや…いつも僕には冷たいくせに、今日はやけに優しいな…って思っただけだよ」


すると彼女は少し驚いたような表情をした。ピタリとその動きを止め、僕を見つめながら何度か瞬きをした。そうだ。彼女はいつだってクラウスには心を許しているくせに僕にはちっとも心を許してはくれない。まぁ、それをいう僕自身も彼女に対して疑念を抱いていないと言ったら嘘になる。彼女自身、それを感じているからこそ僕にも心を許していないのだろうが。


「安心しな。毒も入ってないし何か見返りを求めてるわけでも無いさ」


驚いたような表情を浮かべていた彼女だったが次第に静かに目を伏せ、再び自分のお茶に口をつけると少し困ったように表情を歪まなせながら口を開く。


「だから裏に控えさせてる連中に私を攻撃させないでくれよ」


ドキリ。いや、ヒヤリか。どちらにせよ、良い感覚ではない。僕自身が抱いている疑念を知っている"部下"たちの気配を彼女は感じ取ったのだ。決してライブラのメンバーにも知られることの無い僕の部下の殺意を感じ取っていて、それでも尚自然とふるまっているのだ。


「毎日お忙しい幹部殿に仕方ないからせめてお茶を、っとね」

「…すまないな」

「いえいえ」


敵意のない事をアピールするように彼女はお茶を飲み続ける。僕も部下たちに向けて"心配ない"と言う意味を込めて彼女の淹れてくれたお茶を飲んだ。美味しい。心が落ち着くし、不思議な味だ。でもとても飲みやすい。彼女の言う通り、毒は入っていないようだ。


「…君はいつもこの時間に?」

「いや?今日はたまたまさ」


いつも自室に籠っていて中々出てこないという彼女。朝も弱いようですといつだかギルベルトさんが言っていたような気がするが…本当にたまたまだろうか?もしかして、昨日から徹夜してる自分の事を気にして―…なんて、自意識過剰すぎるか。


「もうすぐクラウスが来るから少しは片づけておきなよ」

「分かってるさ」

「なら宜しい」


品も何もあったもんじゃないような飲み干し方で、自分のティーカップを空にするとそれを手慣れた手つきで洗って水分を拭き取るとそれを戸棚に戻す。そのまま事務室を出て行こうと扉に自室へとつながる鍵を差し込み、ドアノブを回す彼女に思わず口元が緩んだ。


「いつになっても食えないな。君は」


つい口から零れた言葉に、ちらりと彼女がこちらを振り返る。そしてニヤリと口端を吊り上げながらガチャリとドアノブを回し開け放つ。


「はは、どっちが」


そう言い残してドアの向こうに飛び込んでいく彼女の背が見えなくなる前にバタンと閉じたドアの向こうでガチャリと何かが組み変わる音が聞こえた。そして次の瞬間にはシン…と静まり返る室内。取り残された僕は彼女の気まぐれにあやかりながらテーブルの上の片づけに取り掛かる事にした。

Thank you 1st anniversary.2017(第5位)

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