※一期一振 視点
※天晴連載夢主イメージ






『一期みたいな兄貴が良かった』


ぽつりと呟かれた言葉が午後の穏やかな空気に包まれて消えていく。思わず私は取り込んだ洗濯物を畳む手を止めてその声の方に視線を向ける。


「…どうされました?藪から棒に」


視線の先にはごろりと畳の上に横たわったまま私を見上げるなまえ殿。薄っすらと不機嫌さが伺えるその表情に、私は戸惑いながらも返事を返す。となまえ殿は頬杖をつき直して更に不満げな顔をして此方を再度見上げる。


『否、どうしてこうも同じ兄貴なのに一期とウチの兄貴は違うんだろって考えてたらつい』


成程。彼女はどうやら私と主の事を比べていたらしい。確かに主はなまえ殿の兄だし、私も数多い短刀…藤四郎たちの兄だ。しかし私は刀であり、主は人の子。人の気持ちを未だに理解しきれていない私など主と比べられるような存在ではないと思うのだが。


「お言葉は嬉しいですが、どうして私なのでしょう?」

『え、だって優しいし。面倒見良いし、怒鳴らないし。弟たちに好かれてるだろ?』

「まぁ、慕ってくれては要るとは思いますが」

『そういう例えアニメや漫画の世界だけだったとしても理想の兄貴が良かったって言ってんだ私は』


あー!優しい兄貴が欲しい!とぼやきながらゴロゴロと畳の上を転がる彼女の姿を見て思わず微笑む。嗚呼、彼女は知らないのだ。兄であろうと姉であろうと上に生まれた存在が自身のきょうだいを叱る事はそう珍しいことではないだろう。そして、その叱られる理由を当の妹や弟たちは理解している事が多い。けれど、彼女は知らない。主が彼女を叱る"本当の理由"を。


「言わせて頂きますが、私とて怒鳴りますよ」

『…え』

「弟たちが叱らねばならない事をした際はしっかりと叱って、いけない事だと教える事が兄としての役目ですので」

『マジ?…へェ、イメージないわ〜』

「ここでの生活は穏やかですからそう滅多にはありませんが」


手を上げてしまったこともありますよ、と微笑みながら洗濯を畳む手を再開させて言うとゲッというような引き攣った顔を向けるなまえ殿。そんなに私に対するイメージは穏やかなのでしょうか。否、彼女は穏やかな時の私しか見たことが無いからだ。きっと弟たちに私のイメージを聞けば怖いと答える子も居ないとは限らない。それほどの事をしたことがあるから。でも、それもすべて、


「兄がきょうだいを叱るのはそれほどに相手の事を想っていることだと私は思っております」


幾度となく本丸から居なくなった貴方を一番に心配しているのは主殿だ。どの刀たちよりも先に慌て出し、探しに行くぞ!と言って瞬時に別の本丸や戦場への道を開いて飛び込んでいく。そういえば、慌てすぎて誰も連れずに主だけで別の所に飛んでしまった事もあった。まぁ、周りが見えなくなるぐらいに主は貴方を心配している。それは間違いない。


「なまえ殿の事を本当に案じているからこそ、主も声を張り上げるし時には態度に出てしまうのではないかと私は思いますよ」


連れ戻しては怒鳴り散らしてしまった、と幾度となく陰でこっそり主が落ち込んでいる姿も私は知っている。自分ではこれぐらいで許してやろうと思っていてもつい熱が入って必要以上に叱りつけてしまうのだ、と。
そんな互いに互いの気持ちを理解しきれていないこの兄妹の面白いこと面白いこと…。あ、面白いなどとは失礼ですね。でも、互いの気持ちが伝わらない事の方が多いというのもこの人の身を持ったことで己自身も知ったから何ともいえないし、理解も出来る。


『…まったく自覚ないんだけど』

「想う気持ちというのはそう簡単に相手に届かないものです」

『そういうものかな?』

「そういうものです」


それが兄というものですよ、と付け加えつつ洗濯物を畳み続ける。そんな私を相変わらず畳に横たわったまま此方を見上げるなまえ殿は一度何か考えたかのように間を空けてから「…ふうん」と返事を零したあと、


『でもやっぱり一期みたいな兄貴が良いな』


なんていうものだから、人の話聞いてました?と思わず問いかけようと思ったけれどこれ以上私に言えることは無いだろうし、何せこういう兄妹関係は当の本人たちの問題だろうと思ったので素直に褒め言葉として受け取っておくことにした。

Thank you 1st anniversary.2017(第10位)

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