※鶴丸 視点
※天晴連載夢主イメージ




「難儀だなぁ」


小さな背中に吐いたその言葉は彼女の足を止める。振り返ったその顔を見るといい、やってきた方向から察するところ、やはり先ほどまで彼女は三日月の爺さんの所に居たと見える。


『何が?』

「ん?人間って生き物ってやつはさ」


少し不機嫌そうに吐き捨てるなまえに俺は微笑みながら続けた。いつの時代だってそうだ。人間っていう生き物は難儀で仕方ない。この身を得てから更にそう思うようになった。


「辛ければ止めちまえばいいじゃないか」

『…辛くなんてない』

「またまた」


意思さえ示せば止められる事をやる。続けても決して自分の利益にも喜びにもならない事を延々と続ける、そういう生き物なのだ。人間は。だから俺は難儀だと言った。素直にそこで止めちまえばいいものを頑なに拒み続けるなまえを俺は微かに笑う。


「君は昔から嘘を吐くのが下手だな」

『それは…普段から正直者ってことだろ』

「おお、そうきたか」


兄貴と言い、言葉巧みにこの明らかに人間なんかよりも長生きしてる仮にも神様相手に挑んでくるのだからその度胸の強さと言ったら。屁理屈も何もかも、この兄妹は得意だ。誰も彼女と彼女の兄には言葉で挑んでいく者などいない。だれが好き好んでいくものか。


「なぁ、何の為にお前さんは奴を追う?」

『………』

「…前にも言ったが復讐ならやめておけ」

『復讐じゃない』

「なら何だ」


正直、これ以上彼女が傷を負うのを俺は耐えきれなかった。そう素直に言ってやれればどれだけ楽だろう。嗚呼だから難儀なんだ人間の身体ってやつは。どうにかヤツを追うのを止めさせたくて。きっと周りの誰も言わないけれど、それを望んでいる刀も少なからずいる筈だ。
そして何より彼女が復讐を考えているのならそれだけは絶対に阻止しなければならないと思っていた。その結末を俺達は誰よりも知っているから。その感情の果てにある人間のなれの果てを知っているから。たとえ自分が当事者なくても、色んな人間を見てきた。長い、長い間。
そう思って警告してやってるのに、このなまえという少女は俺の言葉を全て否定する。だったらなんだというのだ。奴に復讐を望まず、会ってどうするつもりなのだ。少しこちらも自棄になって問いただせば、こちらから目を逸らした彼女は更に目を伏せ首を小さく振った。


『分からない』


その一言に俺は思わず呆然とした。否、彼女の表情にハッと我に返った。


『分からないから、奴に会う』

「………」

『会わなきゃ、ならないんだよ…鶴』


本当に、彼女自身奴に会った後の事なんて考えてないんだろう。否、分からないのだろう。自分がどうしたいのか。ただただ、奴に会って…会ってみないと分からないのだ。奴を死ぬほど憎んでいる筈なのに、復讐にまで手を染められないこの人間の少女は声を震わせ、俺の名を呟いた。


「ああ、もう分かった。俺もいじわるが過ぎた」


小さく震えるその体をそっと引き寄せて、自分の懐に収める。いつもの自分に戻る感覚。彼女を見守る一振りの刀へと戻る感覚を憶えながら、彼女のその小さな頭をポンポンと軽く撫でてやる。彼女のやりたいようにやらせる。彼女を支える。見守る。そう決めたではないか。なのにどうしてこうも過保護になり過ぎてしまうのか。


「全く、君たち兄妹ってやつは…どうしてこうも茨の道を突き進むのかね」


もっと楽な道があるだろうに。遠回りだろうとその道の先に山や谷があろうと突き進んでいく。自分の懐にすっぽり収まってしまう彼女も、そんな彼女を素直に守ってやれない自分の主も険しい道ばかりを進んでいく。嗚呼、やっぱり人間というこの生き物は難儀な生き物でしかないのだ。

Thank you 1st anniversary.2017(第9位)

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