ばたり、私は落下した。いや違うな。落下と言うほど大袈裟なものではない。どちらかと言えば倒れ込んだという表現が正しくて、けれどもそこは自室のベッドの上で、見慣れた天井を否応なしに眺める状態にある。
衝撃はスプリングが吸収した。ぎしり、そしてそれが唸る。私の視界から天井を遮って彼の瞳が見下ろしていた。私を落としたのも彼だった。軽く肩を押されれば、私はいとも簡単に後ろに倒れた。
その意味が分からない程子供ではなかったけれど、混乱と困惑で訳が分からなくなる程度には子供だった。思考が追い付かない。彼の瞳がいつものそれと余りに違いすぎて、酷く恐ろしいと感じた。
それから随分と長い時間、黙ったまま見詰めあった。普段彼といて緊張や気まずさというものは皆無の筈なのだけれど、なんだか胸がいっぱいいっぱいで息がしずらかった。
いつもの明るい彼ではなくて、彼本人ではあるのに、別人のような大人びた顔をしていた。
瞬きさえ躊躇わせる空間を撃ち破ったのは彼からだった。彼がゆっくりと近付いてくる。私は自然と瞼を閉じた。
心音が頭の中に木霊して目眩がする程くらくらした。ああ、でも私はもう寝転んでいるから問題ないのか。
遠慮がちに、次第に深くなっていくそれを私はひたすらに甘受した。
彼とこうすることは好きだ。心地好くて、ひどくあまやかで安心する。
しかし、言い知れぬ高揚感というのか、私はなんだかとても落ち着かない心地だった。
ああ、私は不安なのだな。と気付くのにも時間が掛かった。体が妙に強張って、息の仕方が分からない。いや、息はできるのだ。只息継ぎの度に漏れる声が、まるで自分ではないような気がして。不安で、怖くて、こわくて
彼のやわらかさが遠退いて行ったのが分かった。驚くくらい静かに瞼を上げれば水滴が零れた。
飛び込んできたのはやはり彼だった。私のよく知る彼に違いなかった。安堵でぽろぽろと涙があふれた。
私を安心させる笑みはぎこちなかったけれど、彼らしいと思った。
「意気地無し」
止まらない涙をそのままに私がそう漏らせば、彼は苦笑いを浮かべて見せた。
人魚様よりお題拝借