ねぇこっちに来てよ




 合宿所に向かうバスは選手だけがぎゅうぎゅう詰めで、むさ苦しくて仕方なかった。マネージャーは先に電車で準備をしているらしい。御苦労なことだ。

 到着してからはまず今晩の寝床の文句とも言える感想を垂れて、あいつの姿を探した。

 いた。でも監督と話をしてて声を掛けることなく通りすぎた。


 部活前はボトルやらビブスやらの準備のため忙しなく動き回っていたかと思えば、主将とメニューやら体調管理やら小難しく相談していてまたスルー。

 休憩に入ったとき一番にボトルとタオルを受け取ったけど、すぐに宮地さんに拐われた(と俺は思った)。
 宮地さんはあいつをからかって楽しんでいるようだけど。あいつとしてはたまったモンじゃないんだろうな。

 あーあ、髪ぼっさぼさにされてるよ。つか抵抗すればいいのに。

 ボトルを傾けるとよく冷えたスポドリが喉にやさしい。一気に訪れた冷たさに、頭がきーんと痛んだ。

 そういえば礼も言ってない。


 練習がやっと終わったかと思えば姿が見当たらない。真ちゃん曰く「テーピングが切れたので買いに行っているのだよ」らしい。
 なんなのだよ。


 宿に戻ってからもミーティングの準備だったり、同じ宿に泊まってる誠凛さんとの打ち合わせだったり、飯の準備だったり、本当にいつ休んでるのあいつ。


「鬱陶しいのだよ高尾」

「真ちゃん酷ぇ!」

 合宿中、マネージャー兼俺の恋人であるゆずきと殆ど会話すらしていない。そんな悩みというか不満を同室の真ちゃんに漏らしていた訳だが。案の定というかなんというか、ばっさりと斬り捨てられた。


「では言い直そう。気持ち悪いのだよ高尾」

「なんで言い直した!」


 一応彼氏彼女なのだから、こういった宿泊系のイベントはテンション上がるのが男の性だろ。
 しかし肝心の相方が全く捕まらない。分かっていたことだけど。マネージャー少ないし、ある意味選手の俺たちより重労働だったりするし。


 翌日になると午後から誠凛さんの提案で、合同練習をすることになった。人数が増えたことや、誠凛にマネージャーがいないこともあって、ゆずきたちは昨日より更に忙しなく働いている。
 因みに今日はまだ朝の挨拶しか会話してない。例のごとく宮地さんやらに邪魔された。

 そして練習試合の最中、視界に入った。背筋がひやりとしてその刹那に思考と呼吸が止まった。その一瞬で黒子のパスをスティールしそこねた。
 刹那的だというのに、スローモーションのように倒れ込む彼女を視界だけが捉えた。


「マネージャー!」
 宮地さんが駆け寄る。宮地さんは丁度交代でベンチにいたのだから当たり前か。


 俺は一人だけ金縛りにでもあったかのように動けなかった。心音だけが自棄に響いて頭が痛い。


 宮地さんがあいつ腕を掴む。なんだくそ、いつ休憩してるのかだなんて。ずっと俺は見てたのに。ずっと俺が見てたのに。


「触らないでください!」

 脚は自然と走っていた。あいつに駆け寄っていた。
 ゆずきを抱き上げると風通しの良い場所に移動させる。想像よりもはるかに軽くて恐ろしくなる。
 疲れで火照っているはずなのに、体の中が妙に冷えてて気分が悪かった。


「ばか」

 呟くようにそう漏らすと虚ろな瞳がふにゃりと笑う。笑い事じゃないが、どうしようもなく安堵した。

「かず」

「お前何やってんの」

「ごめんね」

「ちがう」

 謝って欲しいんじゃない。こうしてゆずきをかっさらってきたのだって独占欲以外の何物でもない。
 俺は結局自分のことしか考えてない。こいつのことを気に掛けていても、自分の感情に手一杯だ。

 他のマネの子かベンチの人に頼んで練習に戻ろう。俺にはそれくらいしか出来ない。

 意を決して片膝を立てると、ゆるりと伸びてきた細い指にシャツの裾が捕まった。


「かず、ごめ」

「ゆずき?」

 軽い熱中症なのだろうか。頬がほんのりと赤らんでいる。

 ゆずきは躊躇うように視線を伏せると、またゆるりと小さく口を開いた。

「も、ちょっと」

「……うん」


 このささやかな我が儘を、なんとしても叶えることが俺の役目だ。俺が決めた、今決めた。





高尾100%様に提出

わけがわからないのだよ!
殆ど高尾独白
忙しいのはお互い様だから文句なんて言わないんだけど
嫉妬やら心配やらがごっちゃになってうだうだしてる高尾


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