潜在意識




 いつどこで誰と何を何のために、5W1Hしっかりと覚えている訳ではないけれど。その光景が一枚の写真のように鮮明に記憶に残っている、というようなことがある。当事者である筈の自分が記憶の中では第三者、もしくは空から見下ろしている神からでも見たような目線だとか、事実とは少しだけ違う残り方であったりはするが。その光景としては全くの事実だということは分かる。大抵の記憶というものは、すぐに思い出せなくなってしまうものだ。しかし、その光景だけは覚えている筈もないような幼少の記憶であったりするのだから驚く。つまり、情報として記憶に留めることは出来なくとも映像として印象に焼き付けることは出来るのだ。さて、では如何にして焼き付けることが一番効果的だろうか。やはり条件付けをしてしまうのがより印象に残りやすいのではないかと思う。そして条件としては負の感情の方が意識しやすいと思うのだ。嫌いだとか苦手だとか怒りだとか悲しみだとか。



 そんなことを長々と涼しい顔で並べ始めた赤司の話は、半分程しか頭に入ってこない。きっと頭に入れた所で理解出来ないのだから。


「つまり何が言いたいの」

「僕を君に焼き付けようと思って」

「いや、あんたが言うと冗談にならな――


 なんてお決まりなことをしてくれるのだろうか。私の言葉を遮って押し当てられた唇は決して嫌ではない。割り込んできて総てを絡め取ろうとする舌もキライじゃない。しかし、いかんせん唐突だったため心の準備というか呼吸の準備とやらが出来ていない。正直言って苦しい。少しの空気すら漏らさない、とでも言うかのような彼は私を殺す気に違いない。

 やっと離された唇の距離は近い。久し振りの空気に噎せそうだった。

「しかし君は僕がすきだろう」


 どうやら話の続きらしかった。自意識過剰だと、文句ついでに噛み付いてやろうとして再び空気から隔離される。

 頭がくらくらする。どう考えても酸欠で、だ。キスで腰が砕けるだなんて言うが、いやいや只の立ち眩みと同じだろう。握りしめる指の感覚が遠くなっていく。


 また小さく離された唇。苦しくて泣きたい。


「君を怒らせるのも悲しませるのもきらいじゃないけど」

 やはり話の続きのようだ。既に声を耳で受け止めることに精一杯の私は、ぼうっとそれを聞き流す。

 また塞がれる。もういやだと思える程度には苦しかった。体の中心が酷く暑いようで寒い。


 離れる、唇。いい加減学習してもいい筈だというのに、やはり私は上手く息が吸えない。


「一番危機的状況に陥ったときが一番印象に残ると思うんだ」


 まさか、本気で殺りに来てたとは思わなかった。


 酸素が薄くて頭の中が白んでくる。どうやら私は命の危機に曝されているらしい。しかもあろうことか自らの恋人の手によって。それなんてヤンデレ。


 口の端からだらしなく唾液が垂れるのが分かった。それを舌で舐め取った彼はやっと私から離れていった。

 自由な呼吸万歳。酸素最高。


「お前は空気を吸う度に俺を思い出せばいいよ」


 絶対に思い出してなんかやるもんか、そう意識してしまったことで、否応なしに忘れなくなってしまうということに馬鹿な私はまだ気付かないのだ。








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